第一話一括


第一回 ショッ〇ーVSライダー
 ショッ〇ー(諸事情により伏せ字になっております)になってしまった。悪の結社の一員下っ端、つーか。今日も強化タイツスーツを着込み、結社のマークである仮面を顔に張り付け、江口幸太は、働いている。
 何で俺、こんなことやってんだろ、と思いながら。
 答えはすぐに浮かぶ。貧乏がいけない。
(給料いいんだもなー、ココ。かわりに命はるけど。あ、違った。俺、もうちょっとやそっとのことじゃ死なねーんだった)
 本来の肉体を損なわない程度に、改造が施されている。幸太以外にも、ショッ〇ーとなった奴は、全員が全員そうだ。瀕死の重傷で病院に運ばれた奴だったり、貧乏を苦に自殺寸前の奴だったり、刑務所から出所したものの、行き場がない奴だったり。
 幸太の場合は、もともと貧乏だった上に、バイクで事故って死にかけた。
 お花畑もしっかと見た。しかし、目が覚めて……。
(生きてるじゃんって実感してー、身体の異常に気づきー? もうショッ〇ーだった、と)
 普通、こういうシチュエーションだと、せめてライダーとして復活するんじゃなかろうか、と思ったりもしてみたり。
「だいたい、実在すんなよなー、ショッ〇ー」
 悪の結社も正義の味方も。
 ぼやいてみた。ついこの間までは生々しい現実を生きていたのに、突然現実はテレビ世界になってしまったようなものだ。
「そこ! ショッ〇ーではない。白き刃の構成員だ」
「へーい」
 白き刃の構成員なんて、長くて言う気がしない。役割はショッ〇ーなんだから、幸太としてはショッ〇ーである。だいたい、構成員であるからには、普通はだ、十数人いるはずだ。幸太の小学生時代のテレビっ子知識によると、ショッ〇ーは常に群れで行動していた。ライダーに蹴散らされるやられ役。
 ところが、である。
 一応? 上司の、見た目完全サラリーマンの成瀬は、幸太一人をつれ、悪の計画を発動すべく、街並を偵察中だ。偵察なのに、構成員スーツ姿の幸太を連れているので目立ちまくりだ。
(いいのか? それで)
 幸太は、私服で連れていってくださいよ、とお願いしてみたのだが、上司は、ショッ○ーの意見になど聞く耳もたず。
 で、ショッ〇ー連れの変人たちを、正義の味方が見つける、というのも、セオリーなわけだ。幸太もわけわからん状態だが、悪の結社と正義の味方の行動範囲は近いらしい。
 んで、実は、さっきから正義の味方が長々と演説中なのだが。
「……というわけだ。覚悟するがいい! 白き狼よっ」
 やっと終わった。白き狼とは、成瀬の役職名、あだ名なのだが、知らない人間が聞いていたならば、何のこっちゃ、であろう。
 恥ずかしい。道の往来で、こんな格好をしている……すなわち全身真っ黒スーツ姿の幸太もこっぱずかしいが、こっちは面が割れていないだけマシというものだろう。
 しかし成瀬と正義の味方は、素顔をさらしてやり取りをしているのだ。
 恥ずかしくて悶えてしまいそうだ。いや、一般人たちはもともとあまり通っていなかったし、今時の現代人は変な人たちはスルーする方向で生きているようなので、見ている人間など、当事者たちしかいないのだが。
「ふははははっ。そうはゆくかっ。さあ、我が構成員よっ。相手をしてやるがいい!」
 成瀬は自前の眼鏡を押し上げると、指示を出した。自分だけさっと姿を消している。幸太はわかっている。成瀬は本当に帰りやがったのだ。
(俺もほどほどにしてかえろ)
「へーい」
「むっ」
 正義の味方は、熱血少年だ。赤いジャケットにジーンズ姿。構えをとっている。服のセンスをもうちょっとかえて、正義の味方でなければ、よいお友達になれそうだ。
 外見年齢は近いように思われる。幸太が高校三年生だから、そのぐらいだろう。
「君は、恥ずかしくないのかっ? 目を覚ますんだ。悪に力をかしてなどいけないっ」
「へーい」
「答えろっ」
「へーい」
 へーい、というのは構成員の言語、となっている。肯定も否定もへーい。別に普通に喋れるが、もう、へーい、でいい。へーい、と言っていれば、上司も正義の味方も勝手に解釈してくれる。
 今だってそう。
「骨の髄まで支配されてしまっているのか……。仕方ない」
 正義の味方、変身、のようだが。
 幸太はその瞬間に飛び掛かった。正義の味方も変身できなければタダの人。変身ツールで正義の味方は強くなっているのにすぎない。身体から強化されてしまっている幸太とは、出来が違う。
 適当にタコなぐり。
 ついでに変身ツールも取り上げてみる。自分がなってみてわかったが、ショッ〇ーは一般人より強い。テレビ番組は間違っている。ライダーがあんなに簡単にショッ〇ーを倒せたはずがない。
「かっ、かえせっ。それは」
「へーい?」
 変身ツールは腕時計だった。赤いので玩具のようだ。これを操作して、熱血少年はライダーとなるが、敵の手に渡ってしまったら元も子もない。
 ピラピラ、と振ってみる。
「へーい、へーい」
「……お前、馬鹿にしてるな?」
 熱血少年は身を起こし、幸太が殴ったせいで流れた口元からの血を拭うと、睨みつけてきた。怪我がこの程度、致命傷に至っていないのは、もちろん幸太が手を抜いたからだ。
「へーい?」
 ヒラヒラー。
「お前、ヘーイ、だけじゃなく、絶対、何か言えるだろっ」
「へーい」
 ヒラヒラー。
 もういいだろうか。このぐらいしておけば充分だろう。一応悪の結社の構成員だが、さすがに世界が滅んだら一高校生としては困る。正義の味方に死なれても困る。
 まあ、悪の結社『白き刃』のほうも、世界征服に時折本気なんだかそうじゃないのか、判断がつきかねる時もあるが、征服されてしまっては困るのだ。
 とにかく、幸太は、給料もいいしこんな身体になってしまったので白き刃の構成員だが、洗脳されているわけではない。構成員のほとんどがそうなのではあるまいか。仕方なく、なし崩しに、仲間入りを果たした、の流れ。
 現に成瀬含む五人の上司たちもチームワークは皆無だ。
 サッと幸太は背後に跳躍した。
「へーい」
 捨て台詞を吐き、傷ついたヒーローを残すと、幸太はその場を去った。そして正義の味方の時計を何げなく眺め、
「げ」
 と絶句する。これからコンビニバイトがあるのだ。このままでは遅刻してしまう。早々にアジトに戻って着替えをして、普通人に戻ったとしても、やはり遅刻だ。
「やっべー」
 店長に怒られる。
 白き刃の構成員が一人、江口幸太は勤労少年なのであった。
 
 
 案の定、バイトには遅刻した。二日続けての遅刻だったので、店長の幸太への評価はがた落ちだろう。構成員は、上司からの呼び出しがあれば、いついかなる時も出動せねばならない。そうしないと、給料から差っ引かれるのだ。
(くっそー。成瀬もだけど、五人の上司どもめ、好き勝手に招集かけやがって!)
 おかげで幸太の高校生ライフはボロボロだ。
「いらっしゃいませー」
 コンビニ店員たるもの、いかに内面に嵐が吹き荒れていようとも、接客においては微笑みを。脇に立つ店長が目を光らせているので、スマイルも気が抜けない。
 のだが。
 幸太は我が目を疑った。新たな客は、いかにも喧嘩してボロボロにされました、という状況の高校生、なのはヨシ。良くないがヨシとしても、だ。
「すみませんっ。オレ、今日から入るバイトです。遅れてすみませんでした!」
「いや……連絡は入れてもらってたから、遅刻のことはいいんだけどね、キミ。それ、その怪我」
 制服姿の男子高校生は、
「ちょっと事故っちゃいまして。大丈夫です」
 と、全然大丈夫に見えそうもないのに、平気の旨を主張している。
「治療はしてきましたんで。かすり傷です」
 店長と新人バイトは、あーだ、こーだ、と会話を続けているが、幸太は客が来ないのを良いことに、じーっと目を凝らしている。
 さて、ここで問題です。
 店内に、加害者と被害者が両方存在しています。誰と誰でしょう?
(……答え。俺と新人バイト君)
 ――狭すぎないか。世界が。どう考えてみても。
 ショッ〇ーと正義の味方がコンビニバイトって。絶対、間違ってるぞ。
 それに、正義の味方はこうして見てみるとまともそうだ。とても、正義の味方をしていたさっきの輩と同一人物だとは思えない。よく似た双子なのか?
 しかし、幸太がタコ殴りした痕跡は残っている。
 赤いジャケットという熱血風スタイルから一転、ブレザータイプの紺色制服のせいか、ものすごく痛々しい。絆創膏が貼ってあるのも。
(………。……しかも、同じ高校かよ)
 制服は、幸太の通う高校のものだ。正義の味方は高校生。面白いジョークだ。ついでに、悪の組織の下っ端も高校生。
「江口君、彼に詳しいこと教えてあげて」
 店長との交渉はすんだようだ。しかし幸太は素直に頷けなかった。
「いや、俺はレジのほうを」
「何言ってんの。年が近いのは君なんだから。同じ高校でしょ? ほら。まずは事務所で制服かしてあげて」
 不承不承、了解することにする。店長には逆らえない。
「こっち来て」
 店の奥へと手招きする。新人バイトならぬ正義の味方は、ショッ〇ーに素直に従った。


「いって」
 着替えをしながら、新人バイトは顔をしかめた。下唇をさすっている。幸太にやられた傷だろう。まさかこんな再会をするなんて思ってもみなかったわけだが、幸太としても罪悪感を抱いてしまう。
「その怪我……痛いか?」
 痛いに決まっている。馬鹿な質問だったが、新人君は気を悪くした風でもない。
「痛いですね」
「敬語使わなくていいよ、俺ら、同い年みたいだし。えーっと」
 さっき控室についた後、名前を尋ね、自己紹介をしたのだが、幸太は綺麗に忘れてしまっていた。
「皆木。皆木京語」
「あー、そうそう。繰り返すと、俺は江口幸太。宜しく」
 しかし何故か京語は難しい顔をしている。
「どうかした?」
「江口さんの声、何か聞き覚えがあるような気がするんですよね」
 それは、例えば、「へーい」の奴に似ているとか。仮面を被っていたので、透視能力でもない限り、バレているはずはない。ないが、ヒヤリとしてしまう。
「気のせいじゃないの?」
「だと思います」
 答え、京語は、はー、とため息をついた。コンビニの制服の、珍妙な緑色ストライプ柄が最悪だと思っている訳でもなさそうだ。
「やっぱりバイトやめたいと思ってんなら、今のうちだと思う、俺も。ここ、店長うるさいから、うん。止めておいたほうがいい、絶対。この前も入った子一日でやめてった。俺は全然責めたりしないから」
 むしろ、やめてくれ。
 正義の味方と同じ職場なんて、そんなのヤだ。がしかし、幸太の切なる願いとは裏腹に、京語はかぶりを振った。焦げ茶色の短い髪をかいている。
「違います。オレ自身の問題でちょっとため息が出ただけで」
 言っている側からまた、ハー。
「会ってばかりで聞くのもなんだけどさ、何かあった?」
 ロッカーに私物をしまい、京語は三度目のはー、だ。
「ちょっと、物を紛失したもんで」
(それはもしかして、俺が学生服のポケットに突っ込んでおいた、変身ツールか)
 幸太のブレザーにきっちりと保管されていたりする。つい、勢いで持ち帰ってしまった。
 よく考えてみたら、かなりの過失だ。返さねばならない。
「もしかして、大事なものだったりする?」
「ぜんっぜん」
 いっそ清々しいほど、きっぱりと、正義の味方は否定してきた。
「――は?」
「だから、ぜんっぜん」
 だって、なくしたの、変身ツールだろう? なくなったら、ライダーとしては死活問題ではないのか。
「むしろなくなってスッキリ、みたいな。オレ自身は」
「そ、そーなんだ」
 あれ? おかしいな。雲行きが怪しくなってきたぞ、という感じだ。
「だけどほら、さっきからため息ついてるし、大切なもんなんじゃねえの?」
「オレ以外の奴らが騒ぐもんで」
 真に嫌そうに京語はため息をつき、肩をすくめた。
「今日の遅刻だって、そのせいみたいなものなんです」
「へーえ」
 幸太のうった相槌に、ぴくり、と京語は眉を器用に片方だけあげてみせた。
「……思い出した」
 バレたか。いやいや、まさか。
「何を?」
「江口さんの声。やっぱりオレ、聞き覚えありました」
 さすがに幸太に言いはしなかったが、小声で京語が呟いていたのが、バッチリと聞こえていた。
 あのヤロー、今度会ったらぶっ殺す、と。
 お前、本当に正義の味方かよ? キャラ、違いすぎないか? と幸太は心の奥底から思った。それとも何か? 最近の正義の味方は、路線を修正したのか?
 そんな幸太の内心の葛藤は露知らず、京語は不穏な呟きを腹にしまい込むと、頭を下げてきた。そう、二人はバイト中であり、先輩と新人なのである。
「変な話してすいません。今日から宜しくお願いします」
「よ。よろしく」
 バレていないようなのは何よりだ。正義の味方がバイトをやる気なのは大問題だが。
 
 
 
 第二回 両者の事情
 今日も今日とて出動中。
 何ゆえに授業時間中にばかり、上司どもは呼び出すのだろうか。何ゆえに、幸太ばかりに招集がかかるのか。もっとも、今日の上司は成瀬ではない。
 小巻という女幹部、という違いはある。
 この女幹部は高校教員という隠れみのを被った……。
(被った……何だっけ。成瀬が世を忍んだ哀愁のサラリーマン、しかしてその実態は白き狼。小巻が……)
 小巻が何だったっけ。構成員として幸太は、きちんと教育を施されている。すなわち、組織の構造や、人員、スローガンについて、など。
 が、真面目に学んでいる構成員など皆無なのもまた事実だ。講習会では幸太ならず、全員が居眠りをこいていた。白き刃の構成員(下っ端)、は、別に志願して仲間入りしたわけではないので、組織に対して忠誠心など塵芥ぐらいしか抱いておらず、むしろ、あー、だりー、というのが本音なのである。
(――だりーなあ)
 小巻はもう小巻でいいや。コキッと幸太は首を鳴らした。その拍子に仮面がずれ、慌てて押さえ付ける。仮面が外れて、もし近くに知り合いがいたとしたら、立ち直れない。
 隣にいた構成員が、気をつけろよ、と仕草で伝えてくる。幸太は、
「へーい」
 と答えておいた。本日の上司、小巻に付き従っているショッ〇ー数は、昨日よりは多い。
 幸太ともう一人。不法入国者の外国人、ノラン君。悪の組織という奴は、人種差別などしない。イキのいい人材なら、ノープロブレムらしい。
 ノラン君も高い給料につられて、ショッ〇ーに甘んじている。ノラン君は生まれつき真っ赤な髪と、浅黒い肌がトレードマーク。どこの国だったかは忘れたが、アジア出身。故郷の家族に仕送りをしているえらい大学生だ。胸を患い入院していたのだが、人体改造により華麗に復活をとげた人物である。
「へーい。へーい?」
「へーい」
 訳。今日はお互い貧乏くじだねー。そう思わないチミ?
 訳その二。そうっすねー。
 当然のごとくへーい語で会話を交わし、ふと幸太はそんな自分に一抹の不安を覚えた。
 こんな部分でコミュニケーション能力が高まっても、嬉しくない。いや、普通に会話してもいいのだが、へーい語じゃないと、上司に聞きとがめられてしまう。へーい語だから、かったりーなー、なんて会話もできるのだ。
 その意味では、構成員同士の仲はかなり良い。この間など、コンサート会場の運営バイトをしている奴から、チケットを安く譲ってもらった。
(構成員も悪いことばっかじゃねえんだよな……)
 上司がああじゃなければ。
「そこまでだっ」
 正義の味方登場。小巻、なにっ? と驚愕の表情で振り返る。ちなみに、小巻は悪の服装に身を包んでいる。よーするに、街中で一人コスプレした二十代後半の女?
(よーやるよ)
 駆けつけてくる正義の味方もご苦労様、だ。
「よく私の居場所がわかったな。ブルーライダーッ!」
 今回は、正義の味方も変身済みで登場だ。言葉のとおり、ブルーのライダースーツ。結社の講習会で得た幸太の知識では、他には、赤ライダー、黒ライダー、黄ライダーがいたはずだ。色ライダー? もっといるのかも。しかも、呼び方もその時によって様々だ。
(赤ライダー、は変身できないか)
 勘だが、初対面時の赤いジャケットという服装、熱血少年風な感じからして、皆木京語は赤ライダーだろう、と幸太は踏んでいる。ちなみに、まだ変身ツールをもっている幸太なのである。こっそり返そうと今も持参していた。ライダーに投げ返しておけば、適当に持ち帰ってくれるだろう。
「今度は何を企んでいる? 白き盾っ」
 おー、そうだった。ポンッと幸太は手を振った。小巻は白き盾だった。そーいえば。
「うっふふふふふふふっ。もう遅いのよっ。私の偉大なる計画はすでに発動しているのだからっ」
 ノラン君と幸太は顔を見合わせた。へーい、へーい、と首を振り合う。
 訳。全然発動もしてないじゃんねえ? ねえ?
 そもそも計画ってなんだ。んなもんあったのか、と幸太は苦言を呈したい。たぶん、小巻はその場のノリで受け答えしている。
 よって、だ。小巻はまた一つ高笑いすると、これまた高らかに下っ端どもを呼んだ。
「構成員っ。やっておしまいっ!」
 成瀬同様、一人で逃走だ。
「へーい」
「へーい」
 幸太とノラン君はやるせなげに了解する。
「どけっ。貴様ら!」
 ブルーライダーの面は割れていないが、レッドの京語同様、やはり若いのだろうか、などと幸太は呑気に考える。
 格闘開始。驚くべきことなかれ。構成員とライダーは互角に渡り合っている。なんといってもノラン君と幸太のコンビネーション攻撃はバッチリだったりした。
「へーい」
「へーい」
 掛け声と共にライダーを翻弄する。
「へーいっ!」
 改造されてからというもの、何が気持ちいいかというと、飛躍的に高まった己の運動神経だ。そんなわけで、構成員たちは仲間うちでスポーツに興じたりすることも多い。飛躍的に高まりすぎて、人様にはおみせできないからだ。
 幸太とノラン君は最近編み出した共同キックをライダーに繰り出した。すなわち、高く跳躍し、二人して息をあわせて、そろえた足を敵に命中。
 スタッと二人の構成員は着地した。キック後、ご丁寧に一回転もしている。
 決まった。
 ライダーは地に伏した。
「へーい。へーい?」
「へーい。へーい」
 弱いねえ、ライダー。そう思わない? 
 んだね。思う思う。
 ショッ〇ー二人は肩をすくめて、正義の味方を見下ろした。
「へーい?」
 じゃ、帰ろうか? とノラン君に同意を求めると、幸太は、「あ、しまったっ」というわざとらしい仕草で、収縮性バツグンな、通称何でもポケットから腕時計を落とした。
「!」
 ライダーが息をのむ。ノラン君は、あー、あれね、という体で頷いた。うんうん、と幸太も頷く。
(だってさ、いらないんだよね)
 上司に見つかるとヤバいことになるのは確実だろう。もちろん、これ以上、自分で持ち続けているのも却下だ。何故ならば、ライダーが変身できなくなってしまう。かといって、本人に直接手渡すわけにもいくまい?
 変身セットを鷲掴みにすると、ブルーライダーは、それをどこぞに放り投げた。ついでに物陰へと叫ぶ。
「レッドッ。変身するんだっ」
 経つこと数秒。ブルーライダーが呼びかけたとおぼしき建物と建物の間から、人が出てくる気配はナシだ。
 アスファルトで舗装された通路に転がった変身ツールが、そこはかとなく哀愁を醸し出している。 つい、成り行きを見守っていた構成員二人組も注目してしまう。
 新たにライダーが登場するなら、一応、悪の一員としては、応戦したよ、というポーズを示しておかねばならないのだ。
「レッド!」
 悲痛な叫びに、やがて、レッドライダー(変身前)は現れた。そのスタイル。ジーンズに皮ジャケットは良いとして、帽子を深くかぶり、目にはサングラス。風貌を隠したいようだ。何もそんなに嫌そうにせんでも、と敵が思わずなだめたくなる様子で、腕時計、すなわち変身ツールをつまむ。
 掴んだ、とか手にとった、ではなく、つまんだ。親指と人差し指でチョイと。
 そして、関係者一同、度肝をぬかれた。
 レッドライダー、変身前、つまり京語は、脱兎のごとく駆け出したのだ。
 彼から見て敵の方へ、ではなく、敵の遥か彼方へと。敵前逃亡、仲間見捨て、と言うのだろうか?
「レッドオオオオッ!」
 ブルーライダーは必死に腕を伸ばしている。レッドはあまりにひどいお言葉を遠方から返してきた。
「うるさいっ、オレをまきこむな! やってられっかっ」
 ――仲間割れなの? ショッ〇ーも目が点だ。


 というようなことがあって後の、バイトタイム。京語は遅刻することなくやってきた。何故か顔色が悪いが。
「はよーっす」
「よう」
 バイト専用の控室に入って来た途端、パイプイスに腰掛ける。苦悩が色濃くその顔には刻まれていた。さし入れでもらった煎餅をかみ砕き、幸太は好奇の視線を送る。
「どーした? 煎餅食うか? ほれ」
「いらない」
「うまいのに。醤油せんべい。説明書きにも書いてある。熟成、厳選された醤油のみを用いた赤玉せんべいですって」
「赤……。……はあ」
「何? 赤嫌いなの?」
 赤ライダーのくせに。と心の中だけで突っ込む幸太である。
「昔は、どうでもいい色だった」
 何だかんだいって京語は煎餅を手にとった。バリッと歯で砕いているのは、全然良いとして、幸太は京語の左腕を凝視した。
 袖口からのぞく、腕時計。変身ツールだ。まあ、つけるのが恥ずかしい、のイキまで至っていないが、デザインはどうよ? という代物の。カラーも赤だし。んできっと、ブルーライダーのは青なんだろう、絶対。
 意地が悪い幸太は、わざと話題を振る。嫌なバイト仲間がいるから、と京語が辞めてくれるのも期待している。だって、何か、ため口きく間柄になっちゃってるし。てゆーかすでに友達か?
「またまたあ、その腕時計、赤色のくせして」
 神妙な顔付きで、京語は左腕を差し出す。
「欲しくないか? これ。今なら一万円もつける。ただし、返却は不可」
「い、一万……」
 飛びつきそうになってしまった。いかん、と自粛する。
「い、いらねえよ。アホ抜かせ」
「二万。これでどうだ。俺も生活が苦しいからな。これ以上は出せない」
 京語は指を二本立ててきた。
 命にも等しい変身ツールを金まで出して手放そうとするライダーが存在していいのか? などという疑問も湧いたことには湧いた。その他諸々も。
 譲り受けたら元の木阿弥で、ノラン君や他の構成員仲間にも笑われる。しかし、だ。
 幸太は微笑むと、京語と友好の握手を交わした。
「商談成立だ」
世の中、カネだ。タダで二万くれるというのだ。断る奴はアホだ。
おまけに変身ツールがついてくるぐらい、何だというのだ。へのへのもへじ。
「いい奴だな。江口」
 言うそばから、京語は腕時計を外している。
「くれぐれも、返却不可だからな。やっぱりイヤだっとかナシだぞ」
「わーったって」
 わかったから。
 幸太は右手のひらを差し出した。
「諭吉さん」
 諭吉さん二枚がスマートに渡される、ことはなく、千円札が十八枚と、五百円玉一枚と、百円玉十二枚と、五十円玉二枚と、十円玉九枚と、五円玉一枚、一円五枚。
 ひいふうみい、としっかりと計算し、幸太は膨れた財布にタダで手に入れたお金を入れ、にんまりと笑った。二万の分、楽な生活ができる。上司どもの呼び出しも、一回くらいすっぽかしても生活費に響かなくなる。
 笑いが止まらないとはこのことだ。
「……はやく、それつけてくれ」
「え?」
 思いもよらぬ要望に、カネ印に染まった幸太の笑みが強ばる。
「つけんの? これ」
 当たり前、と京語は首を縦に振る。
「それはちょーっと、ヤバいかな」
(お前は知らないだろうけど、俺は悪の一員なんだよ)
 正義の味方の変身ツールを身につけるには、さすがに、いかない。変身などもってのほかだ。
「いいから! 金は払ったんだ」
 有無をいわさず、京語は腕時計を幸太の左手首にはめた。
 ピッ。
『エラー。装着不可。ポライド反応有り』
 控室の空気は、瞬時に氷点下に達した。ヤバいどころではない激しくヤバい。
 説明しよう! ポライド反応とは、正義の味方にとっての敵反応あり、という意味である。たとえば、悪の構成員や、その上司、さらにボスたちは、全員ポライド反応を体内に内包している。正義の味方は日々研究に費やし、敵サーチシステムの試作品として、この反応装置を変身ツールに組み込んでいるのだ! わあっ。すごいね。
 でも、ほんっとに試作品だから、相手にはめないと、サーチできないんだ。ダメなドラエ〇んの道具みたいだね。変身ツールなんて、本人以外に装着しないんだから、無用の長物ってやつ? あはっ。こういうこともあるさ。
 凍りついた幸太と京語の間を、見知らぬ妖精さんが説明だけしてとんでいったのは、二人も感知していなかった。
 ぶっちゃけ、それどころではない。
「へーい……」
 立ち上がると、不穏に、京語が呟く。落ち着け、といいつのろうとした幸太を遮り、ドスのきいた声で、
「へーいって、言え」
 命令した。
「へ、へーい……?」
 可愛らしく、その上疑問形で媚びをうってみたが、効果はなかった。むしろ、火に油を注いだ。京語は身を乗り出して、幸太の胸倉を掴むと、乱暴に揺さぶった。
「おっまえ、あの時のへーい野郎だな? そうだろっ?」
「お、落ち着け。息ができねー」
「落ち着いていられるか! へーい野郎がこんなに身近にいたんだぞっ!」
「落ち着けってっ。誤解だ! 俺は善良な一般市民だ」
「嘘つけっ」
 至近距離でのどなりあいは続く。ついでに睨み合いも続く。意外なことに、胸倉から京語は手をはなした。スーハースーハーと深呼吸して、気を落ち着けている。氷点下に達した鋭い眼光はそのままだったが。
「ったく。それでも正義の味方かよ」
 幸太はしわくちゃになった制服の胸元を正す。
「……好きでなったわけじゃない」
「そーなん? ノリノリだったじゃん、お前」
 初対面の時は、正義のライダーの台詞を吐いていたではないか。服装もお約束で。情熱の赤ルック。
「あんなのオレじゃないっ」
 頭を抱えてブンブン振っている。おいおい、ダイジョーブか? と思っていたら、京語はこっちに槍玉をあげてきた。
「そっちこそ、へーい野郎だろーが。人のこと言えるか!」
「悪ぃか。俺だって好きでなったわけじゃねーよ。あんなの」
 頭をかく。上司はああだし、衣装は格好悪いし。改造されちゃったし。いや、改造されたおかげでたぶん生きているんだが。
 ため息をつくと、幸太は腕時計を外した。
(ショッ〇ーもヤだけど、ライダーもヤだよな。こんなんつけて出動なんて)
 止め具の部分を持って振る。
「バレちまったもんは仕方ねえ。どうする? 赤ライダー」
 この際、一般人の振りをし続けるのも無理がある。ならば道は一つ。
 開き直り。
「……赤ライダーって言うな」
「んじゃ、レッドライダー」
「…………」
 めっちゃ睨まれてる。
(怖ぇぇよ、コイツ)
 だって、目がマジなんだもん。
「でも、ライダーだろ? 俺の上司と、正義対、悪! つー会話してたじゃん?」
「だからそのライダーってのがっ」
 はあ。京語はやるせなさげに首を振った。
「はー、やってらんねえ」
「やってらんねえって言われてもさ、お前はライダーなわけだろーが」
「ち・が・う。オレは了承してないの。ひとっことも。ライダーになるなんて」
「…………」
 しばし幸太は考えた。なんだ。それは即ち。
「ライダー、ヤなの?」
 無言で、大きく一つ京語は顎を引いた。
 幸太はポリポリ額をかいた。
「そーなの」
 ぐらいしか返せないではないか。微妙な沈黙が落ちる。一応敵同士なのだが、緊迫した空気は皆無である。どころか、気まずい。
 京語は苦悩の表情でパイプ椅子に座り直した。
「――どうやってライダーが選ばれるか知ってるか」
「いんや」
 全然。ショッ〇ーの選出方法は知ってるけどね。さらに苦悩を深くした京語は、苦り切った口調で吐き捨てた。
「家系なんだ……っ」
「うわー」
 同情のうわー、である。
「教育されて育って来たわけか。もしかして」
「ああ。三歳ぐらいの頃から毎日毎日。十六歳になった途端、バイク免許もとらされて」
「だろうなあ」
 ライダーはバイクに乗れなきゃいかんだろう。バイクがライダーの足なのだ。
「だけど、フツー、イヤになるだろ? やってられないだろ?」
「おう」
 幸太は深い共感を示して頷いた。
「耐えられなくなったオレは、今年、家を出た。全部バイトでまかなってる。つっ。なのにっ。小うるさい正義の味方軍団から逃れられると思っていたのにっ」
 小刻みに震え出した。
「なんでほぼ同時期に活動しやがり出すんだよっ? 悪の結社の白き刃っ」
「いやー、俺に言われてもさあ。知ってる? へーい野郎は、下っ端なの。上の考えなんててんでわかんねえよ」
 真ボスに会ったこともない。会えるのは幹部、すなわちどこか抜けているとしか思えない上司たちだけだ。
「おかげでオレは実家に呼び戻されかけて、仲間だとかいう他ライダーに引き合わされて、仲間だぞっ? 手をとりあって戦えるかっ? それもあんなこっぱずかしい」
「あー、羞恥心あったんだ? ノリノリだと思ってた俺。素顔でよくあれだけ言えんなあと」
 京語は片肘をつくと、その手のひらの上に顔をうずめた。かすれた声で呟く。
「……条件反射なんだ」
「はい?」
 涙ながらに京語は訴えた。悲痛さがこれでもかというほど滲み出ている。
「考えてもみろっ。ガキの頃から刷り込まれてるんだぞっ? 深層意識に得体の知れない何かができ上がっていてもおかしくないだろっ? 俺の意志とは裏腹に不意打ちで『敵』と思われるものを発見すると、つい……っ」
「つい、正義の味方モードに突入、と。難儀だなあ、お前。ちゃんと給料もらってる?」
「あるわけない」
 がーん、だ。タダ働き? 正義の味方ってタダ働きなのか。
「うっわ。最悪」
 ついつい本音も口をついて出るというものだ。
「正義の味方っつーのは、慈善活動なんだよ」
「俺、ショッ〇ーでよかったわ」
 どちらかマシかと天秤にかけるなら、給料が出る方に決まっている。幸太も腰を降ろす。煎餅が入った袋を相手側に移動させた。
「ま、食えよ。俺の分もやるから」
 煎餅をバリバリやりながら、何故か控室は愚痴大会の場へと早変わりした。バイトの交替時間を目一杯使用して、お互い、互いの組織についての不満をぶちまける。
 おかげで、奇妙な連帯感が終わり頃には芽生え初めていた。
 正義の味方とショッ〇ー。
 交流を深めてどうするよ?
 
 
第三回 レッドライダーと家族
 オレはどうして皆木家に生まれてしまったのだろう。
 実家の門をくぐり、親と顔を合わす度に、京語が実感せずにはいられないことである。
 毎日二時間、戦隊ヒーローものとライダーものの番組視聴に始まり、父親の番組に対するツッコミを聞き、服装チェック、変身ポーズと口上の練習、エトセトラ。物心ついた時から、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと。
 そして今年の四月、来てしまったのだ。京語が恐れていたことが。
 変身ツールの親から子への授与。皆木家は代々、赤ライダー担当なので、赤い変身ツールだ。腕時計式になったのは京語から。他にバイクも支給された。目の覚めるような紅の、公道を走ったら警察の御用になりそうな改造車。普段着も。
 へーい野郎スタイルの幸太と遭遇してしまった時は、まさに父親に言われてイヤイヤ普段着の試し着をし、街中を隠れるように歩いていた時だった。
 嫌な記憶だ。思い出すだけでおぞましい。あんな、正義の味方っぽい、背筋に寒気が走るような口上を口走って、あまつさえ変身しようとしていたなど。恐ろしすぎてさむイボが出る。その意味では幸太には感謝すべきかもしれない。
 殴られ、ボロカスにされた時は、こいつ殺す、と思ったが、幸太のおかげで後半部分から正気に返っていた。オレは何をしているんだ? と。
 変身ツールを持っていかれたのは、幸いだった。正義の味方の仲間と、親からは叱責を受けたが。アレが永遠に見つからなければ、自分に課せられた責務とも永遠におさらば、のはずだったのに。手元に戻ってきてしまって絶望していたのは記憶に新しい。
「何を黙っているんだっ。お前はっ。お前という奴は! 命の時計を二度もなくすとは、一体どういう了見だっ?」
「闇討ちされたんだ。構成員に」
 嘘八百だった。ただしくは、構成員である幸太に押し付けた、が正しい。
 ふと思い出す。聞くところによるとショッ〇ーはいい給料をもらっているらしい。
(オレも、どうせならショッ〇ーがよかった)
 下っ端だと楽そうだし、幸太の話しぶりから鑑みても、絶対、ライダーよりはマシだ。
「闇討ちだとっ? おのれ、卑怯な……」
 ああ。耐えられない。オレの親父はなんでこんななんだ? 普段、装ってサラリーマンをしている時の父親は、結構好きなのに。地が出るとこうだ。せめてライダーおたくだったら、救われていた。そのほうが良かった。
 四十八歳になる京語の父親は、いい具合の中年になっていた。会社でもやり手の課長として地位を得ている。そっちのほうが、父親の本当の姿であって欲しかった京語である。
「京語! 父さんは悲しいっ。敵は確かに卑怯だった。だがしかしっ。お前にはライダーとしての心構えが足りていない! お前が立ち上がらねば、世界は救われないんだぞっ? 白き刃の思うがままになってもいいのか?」
「あのな……親父」
 オレはライダーになりたくないんだって。その辺の選択肢はスポーンと親父の頭からいつも抜けてるけど、確認してくれよ、頼むから。確認してもらわなくても、オレはいっつも嫌だってんのに、無視しやがって。
 久しぶりに訴えていた京語はギョッとした。
 父親が泣いている。鼻水たらして。
「なっ、なんで京語は父さんの気持ちをわかってくれないんだっ。グスっ。あんなに一生懸命育てたのに、グレちゃって。父さん、頑張ってライダーのこと教えてるじゃないか」
 それが嫌なんだってば。それ以前に。
「泣くなよ……」
「ヨッちゃん。どうしたのっ? 泣き声がきこえたわっ」
 スパーン、と戸が開いた。
 食事の準備でもしていたのか、お玉片手に京語の母親は、広がる光景に、わなわなと震えると、息子をしかり飛ばした。
「京語っ。お父さんを苛めるなって、言ってるでしょうっ? 今度は何を言ったのっ!」
「サキちゃーん。京語が、京語がライダーになりたくないなんて……ひどいことを言うんだ。こんなに、こんなにぼくたちが手塩にかけて育ててきたのに。うわーんっ」
 今年三十九歳になる、近所でも美人だと評判の母親は、よしよしと夫を抱き締めた。
(……このバカップルめ)
「可哀想なヨッちゃん」
「…………」
 京語はげっそりとして無言だ。頭が痛くなってきた。軽く振る。何でこんな親なんだろう。疑問は切実である。
 元ライダーは妻に抱き着いて、慰めてもらっている。それを何の疑問も持たずに受け入れてやっている妻、もとい、元悪の結社幹部、ジョッリーナ。
 そうなのである。京語の父親と母親は、敵同士でありながら恋に落ちたという宿命のカップルだったそうなんである。前代の戦いでは、彼らの愛のパワーが世界を救ったんだそうだ。――ホントかよ。
(しかもジョッリーナって……)
 一体どんな名前だ。もちろん、現在展開中のあまあまバカップル夫婦の様子から一目瞭然であるように、結婚後はごくフツーの主婦となっている。
 元ジョッリーナ、皆木サキは、夫の頭を撫でながら、剣呑な視線を息子に注いだ。
「京語はどうして母さんたちの気持ちをわかってくれないの?」
「オレにも譲れないことはある」
 母と子は睨みあった。中年男のいっそうのすすり泣きが室内にこだまする。
 母親は決断した。愛する息子(でも夫よりは愛していないかもしれない)に、ビシィッとお玉を突き付け、宣言した。
「とにかく、せめて今日中にとられた変身ツールを取り戻してきなさいっ。でないと……」
「でないと?」
「勘当よ!」
「…………」
 それもいいかな、と一瞬京語が思ったのはまごうことなき事実である。
 
 
 そんな親子の確執が露呈されている頃、幸太も別の意味で切羽詰まっていた。
 昇進試験なんである。下っ端構成員は強制参加なんである。悪の結社『白き刃』の現在幹部数は五人。しかし、本来の穴は六つ。一つ空きがある。
 そろそろ埋めねばなるまい? ということで、試験なんである。
 イヤイヤながら、へーい、へーい、と試験に参加。その試験の様子を監視している五人の幹部は皆、不愉快そうだ。
 何故ならば、構成員たちがやるきなさげー、に試験を受けているから。というか、この催しに時間をとられていることも原因だろう。幹部同士の仲は決定的に悪い。それなのにもう一人増えるなんて、彼らも全然願っていないことなのだ。だがしかし、ボスの命令なので逆らえない。
 試験の内容は、模擬戦闘のみ。
 最後の組である、幸太とノラン君の番である。
 丁度、うまい具合に幸太の隙をついて技をうけ、ノラン君が倒れるところだった。彼らは目線で会話しあう。
(ずっけーっ。今のナシ。反則)
(完璧な決まり具合。これで君の勝ちだね、幸太君。はー、ヨカッタヨカッタ)
(こっちはよくねえ!)
 というような具合に。
 ノラン君は、やられた振りでおおげさにのけ反っている。例えるならば、熊にやられて死んだ振り、というところか。
 ちょ、ちょっと待て。と幸太は思った。思ったがもう遅かった。幸太たちは最後の組だったのだ。それも、決勝戦の組、みたいな。よって、優勝者は幸太、ということになってしまうのである。
 仲間であったはずの下っ端構成員たちが、クラッカーを幸太に向かって鳴らした。どこから出現したのか、くす玉が割れ、色とりどりの細切れ紙が舞、頭髪に付着する。ついでに、垂れ幕には『おめでとう、昇進!』とでかでかと書かれている。
(おっ、おまえらー)
「へーい」
「へーい、へーい!」
「へーい、へーい、へーいっ」
(裏切りやがったな……)
 どいつも昇進なんぞしたくなかったのである。で、幸太をスケープゴートにしたのだ。
(くそっ。なーんかコソコソ話してると思ったら)
 ふむ、と成瀬が歩み寄ってきて、ショッ〇ースタイルの幸太の肩を叩いた。
「君が最終試験を受けることに決定だな」
 眼鏡を押し上げ、成瀬はフフッと笑った。邪悪な笑みだ。
 さらに笑顔になって、宣言してまださった。
「では、戦ってきてくれたまえ」
 またポンポン、と肩をたたかれる。成瀬からしてみれば、期待しているぞ、の意なのだろう。仮面に隠されたその奥の素顔で、幸太はこれ以上はないとう程眉間に皺を寄せていた。
 
 
第四回 ボス登場
 レッドライダーと、昇格試験をかけた白き刃の構成員は、緊迫の面持ちで対峙していた。
 幸太が掴みかかり、両者は格闘戦に移行する。と思いきや、こっそり会話していた。
「――まだだぞ。正気保てよ、皆木」
「あ、ああ。努力中……」
 幼いころからの洗脳のせいで、正義の味方モードに京語は入りつつあった。なんせ、変身しちゃっているのだから、あとはもう、という奴である。
(ヤばいな)
 長引けば、本気でぶっ叩かれそうだ。
「じゃ、俺倒れっから、チャチャッと腹に一発よろしく」
 二人の利害が一致した結果、この戦闘は生まれている。まず、幸太の昇格試験の一貫、最終試験は、ライダーをぶっ倒すこと。京語が親に課せられたのは、変身ツールを取り戻すこと。
 すなわち、偶然ショッ〇ーとライダーは遭遇し、これまた偶然に、ショッ〇ーは変身ツールを落とし、幸太は変身。で、現在、となる。
 幸太は、勝ってはならないのである。勝ったら恐ろしいことに、幹部の仲間入りをしてしまう。そんなのは御免だ。
 八百長戦闘の交渉は事前に京語と交わしていたのだが……幸太は舌打ちした。
(頼むから、本気でたたきのめしてくれるなよ)
 こうなったら、京語の正気にかけるしかない。完全に正義の味方モードに入らないことを祈るのみ。
 来た。腹に一発、拳が。痛い、なんてものじゃない。
 必殺技かましやがったなてめえっ?
 と心ではメタクソに文句を言ったが、声が出せない程、ヒットしていた。
 ガクン、腹をおさえて、膝をつき、そのまま倒れてしまった幸太である。
 メッチャ痛い。なまじ気絶できていないので、苦しみは一塩だ。
「あ……スマン、つい」
 正義の味方モードに入っていた京語は、敵が倒れ付したのを見て我に返った。
「つい、じゃねえ」
 くぐもった声が、恨みがましい。
 しゃがむと、京語はそのままの姿勢でほお杖をついた。
「お互い様ってことで。オレもこの間ボロクソにされたし」
「い、今の俺のダメージは半端じゃねえぞ」
「ゴメン。悪かった」
「せ、誠意が足りてねえ。あとでぶっ殺す」
 何が正義の味方か。何かが、何かが違う、絶対。
「だから謝ってるんだって」
(う、うるへえ……。謝ってすべてが解決したら、人類みな兄弟だっての)
 幸太はピクピクしている。見物していた悪の結社人員は、あ、死にそう、と皆思っていた。これまたこっそり見守っていた正義の味方陣営も、あのショッ〇ー、死んだ、と思っていた。だが、そこに、場違いな高笑いが、こだました。
「オーッホッホッホッ」
 こんな笑い方する奴いねえぞ、としか形容できない笑い声が。
「サキちゃん……」
 ついでに、ポソリ、と哀愁をおびた呟きも。
 幸太は、別に笑いの主などどうでも良かった。というか関わりあいになりたくなかったし、できれば見ない振りで、話を振って欲しくなかった。どうやら京語も同意見のようで、断固として振り返ろうとしていない。幸太のほうを向いている。
 変身後の姿なので、表情なんぞはわからないが、とてつもなく嫌な予感に襲われているということは、勘でわかった。
「さすがはレッドライダーッ! 褒めてやろう」
 京語、無視。
 カツカツと笑いの主は京語に近づいてきた。声でわかっていたが、女だ。その頃には、幸太も何とか復活して起き上がっていた。アスファルトにあぐらをかき、仮面の奥で何とも言えない表情をした。
 女、はその……何というか。
(ジョリホイサーカスに出演予定の、電球付きクジャク羽根背負ってるスターもどきでイメージカラーは白。眼鏡風仮面付き、な露出度高い女? 推定三十以上)
 なのである。
 カツカツカツ、と女はハイヒールを鳴らして京語の肩を叩いた。
「ちょっとお、無視しないのっ」
 京語、無視。
(ああ……この人、知り合いなんだな、お前)
 可哀想に。心から幸太は同情した。あんまりにも可哀想だから、技を決められたことは許してやるよ、と心に誓う。
「私の手下を破ったから、褒めてあげてるのにぃっ!」
「は?」
 思わず幸太は地で間の抜けた声をあげた。
(俺がいつあんたの手下になっ……)
 幸太はあんぐりと大口を開けた。まさか。まさかまさかまさか。
「ボ、ボス……」
 風にのって成瀬の驚愕の呟きが運ばれて来た。外野の動揺をよそに、女はレッドライダーしか眼中にない。ついでに、よく見ると女が歩いてきた方向に、背後霊のような男がどよーん、と立ち尽くしている。なんか、「サキちゃーん」とかぶつぶつ言っている。
「無視するなんて、そんな子に育てた覚えはありませんっ、きょ」
 高速だった。京語は素早く振り向くと、女の口を塞ぎ、怒鳴った。
「それ以上言うなっ!」
「オーッホッホッホっ。ようやく振り向いたわね。レッドライダーッ!」
「オレはお前なんぞ知らんっ」
(俺はわかった気がする)
 女はなおも何かを口にしようとしたが、まさにその時、カラリンコローン、とチャイムが鳴った。広場の時計の鐘の音で、夕方五時を示すものだ。
 ハッと女は両頬を手で挟む。
「イヤだわっ。特売の時間っ。行かなきゃっ」
 女は駆け出していってしまった。その後を、背後霊のような男が「サキちゃーん」と追いかける。
 ヒュゥゥ。
 木枯らしが吹いた。悪の結社陣営は、唖然と、そして集合していたらしい変身済カラーライダーたちはキツネにつままれたような体で、かけ去る後ろ姿を見送った。
 立ち上がった幸太は、ポンッと京語の肩を叩いた。
「――泣くなよ。人生、辛いことは誰にだってあるぞ」
「オレは、オレは、あいつらの息子である自分が憎い……」
(やっぱり。予想どおりか)
 なまあったかい微笑みを仮面の下に浮かべ、幸太はさらにポンポンと肩を叩いてやった。
「元気だせよ」
「ムリ」


 幸太と京語は、おなじみの控室で、顔を突き合わせ、黙りこくっていた。同期のバイトが恐れをなして、入って来れないぐらいに、不穏な空気が漂っている。双方、機嫌が悪かった。口火を切ったのは、幸太だった。
「……なあ、お前のお袋さんさ」
「元ジョッリーナ」
「その元ジョッリーナさ、説得してくんない?」
「そっちこそ、陳情しろよ。さっさと解散しろって。幹部になっただろ」
 幸太は苛立ちの混じった様子で、声を荒らげた。
「だからその幹部になりたくねえって俺は言ってんだろーが。しかもあだ名が白き金だぞっ。金っ?」
 くそう、失敗した、と幸太は深く浅はかな自分を呪っていた。とにもかくにも負けたので、幹部入りはなし。京語は親子関係に苦労するだろうが、それはそれ、人の不幸は蜜の味だと思っていたのに。
「素面の母さんに、さんざんお友達の江口幸太君のこと言っておいたからそのせいだろうな……」
 クスクスと京語は、ひどく爽やかに笑ってくださった。
「笑えるよなあ。パートタイムの悪の結社のボスって……」
 ところが一転、笑いは虚ろなものに転じた。もーイヤ、人生投げ出したい、という顔付きだ。気持ちは幸太もわからないではない。
「親父さん……知らなかったんだって?」
「泣いてなだめるのが大変だった」
「うわー、ウザ」
 一刀の元に幸太は切り捨てた。庇うかと思いきや、息子である京語も大きく頷いた。その京語の目元には濃い隈ができている。八百長戦闘の日からの苦労が忍ばれる。連日の親子会議の賜物か。
 ふー、と大きく息を吐き、幸太は拳を作ると額にあてた。京語同様、心労疲れが顔に出ている。
「正義の味方の今後の方針は?」
「……今後も変わらず、だと」
「お前の母ちゃん改心させろよ。それですむ話だろ」
「素面の時しか、オレたちのところにはいない。アッチモードの時はそっちのボスやりにいってる。――会ったんじゃないのか」
「――会いたくなかったけどな」
「気持ちはわかる」
 うら若き、悩める高校生たちは、同時に地の底まで響くようなため息をついた。
「白き女王って、何よ?」
「母さんの趣味だろ。元ジョッリーナ。現在の『白き刃』のボスの」
「で、お前の母親。……泣くなよ?」
 京語がかなりヘコんでいるのを見てとって、幸太は釘をさした。
「俺だって泣きたいんだからな」
 先日、悪の結社では大きな動きがあった。初、ボスの顔見せ。幹部たちにしか接触していなかった特殊なボス様がようやくご登場してくれたのだ。
 前代のライダーたちに滅ぼされた悪の結社首領の娘、ジョッリーナ。現在は元ライダーの夫とラブラブバカップル驀進中。しかしてその実態は現悪の結社のボス。
 なんとゆーか、悪の結社のボスも、家系らしい。自分の意志ではどうしようもないらしい。周期でクるらしい。悪の衝動が。別にサキちゃん(京語の親父推奨)は今のままで幸せだった。が、恐るべし悪の衝動。サキちゃんの人格を突き破って出てくるようになった。
(それがアレだ)
 繰り返すと、ジョリホイサーカスに出演予定の、電球付きクジャク羽根背負ってるスターもどきでイメージカラーは白。眼鏡風仮面付き、な露出度高い女? 推定三十以上。ちなみに素面の時の彼女は、すべてこのモードの時の自分を夢だと思っているらしい。
 そして、だ。白き女王様は、息子の京語君のお話にのせられて、江口幸太という構成員に特別の恩情をかけてやろうという気になってしまった。
 もんっのっすっごっくっっっ、迷惑なことに。
 幸太は、結社の集まりで、第六の幹部として華々しくデビューさせられてしまった。
「衣装が、あったんだぞ……」
 あの衝撃を思い出して、幸太は目の前が暗くなった。サキちゃんの趣味で、白が基調の結社、衣装も白系が多い。あの衣装を目にしていないはずの京語が、相槌を打った。
「王子様ルックだろ……」
「なんで知ってるっ?」
「お袋の中では王子様ブームらしい……。今、はやってるだろ……。そういうタイトルの戦隊もの」
「くっ」
 幸太は拳を握った。正体不明の怒りに似たやるせなさが込み上げてきたのだ。
「いくらなんでも、母親を倒すわけにもいかないよな……。普段は素面だし」
 京語は目元をおさえた。父親をなだめるのに毎日相当苦労しているのだろう。マッサージしている。
「親父さんは何だって」
「僕にとってサキちゃんはサキちゃんだあ」
 完全棒読みで感情が一切籠もっていないところに、京語の強いストレスを感じる。
「あんのクソ親父……っ。現実を見ようとしやがらねえっ」
 幸いというべきか、正義の味方陣営でサキちゃんの正体を察したのはその息子と夫だけだった。悪の結社側も、ボスらしいボスの姿しか、幸太以外は感知していない。
 つまり、正義陣営は、皆木サキとしてしか、悪の陣営は、白き女王としてしか、双方、一面からしか彼女を知らない。
 世界中で、からくりを知っているのは、京語と、その父親と、幸太のみ。
 内一名は、現実から目を逸らしている。
「はあああああああああ」
 二人のため息がはもった。
 クシャクシャと前髪を掻き毟り、幸太は口を開いた。
「こうなったら、二人で協力してうまく立ち回るしかない。その方が、一人であがくよりはマシなはずだ。互いに、お袋さんをそれとなく監視しつつ──」
 京語が頷く。
「双方の組織をたたき潰す」
「内部から緩やかに崩壊させていく必要性がある」
 椅子に放置してある鞄から、幸太はペットボトルを取り出した。キャップを外し、口につける。
 この際、ボスが正義の味方の母親である以上、セオリー通りの展開は通用しない。正義の味方は、敵を倒しました。では、終わらない。
 双方をほぼ同時に壊滅させるのがベストだ。
「あ……でも組織を潰したとしても、お袋さんの悪バージョン消えるんだろうな?」
「そのはずだ。今代のライダー戦争が終われば衝動も消える」
「で、まさか次の悪の総帥お前とか言わないよな?」
「んなの今はどうでもいい」
「そーだな」
 んな先のことまで考えてられっか、というのが本音である。
 京語が右手を差し出して来た。
「共同戦線だ。いいな?」
 幸太もガシッとその手を握った。堅い握手をかわす。
 ここに、悪の結社幹部、白き金と、レッドライダーの間に、同盟が完成した。
 仲よきことは美しきかな。
 
 
 つづく。
 
 
 次回予告表編 白き金VSレッドライダー
 悪の結社幹部期待のホープ『白き金』が、華麗に夜の街を舞う。迎え撃つはライダーのリーダー、レッドライダー。両者の勝敗の行方はいかにっ?
 
 次回予告裏編 白き金VS白き狼 レッドライダーVSブルーライダー
 レッドライダーと実は密約を結んでいる『白き金』。目的のために、ついに行動を開始した。嫌々ながら白い派手派手衣装に身を包み、狙うは幹部の一人、成瀬の失脚。レッドライダーが狙うは、仲間のブルーライダーの戦線離脱。腹の内で母体組織を裏切っている両者の思惑の行方はいかにっ?


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