第一回 ショッ〇ーVSライダー


 ショッ〇ー(諸事情により伏せ字になっております)になってしまった。悪の結社の一員下っ端、つーか。今日も強化タイツスーツを着込み、結社のマークである仮面を顔に張り付け、江口幸太は、働いている。
 何で俺、こんなことやってんだろ、と思いながら。
 答えはすぐに浮かぶ。貧乏がいけない。
(給料いいんだもなー、ココ。かわりに命はるけど。あ、違った。俺、もうちょっとやそっとのことじゃ死なねーんだった)
 本来の肉体を損なわない程度に、改造が施されている。幸太以外にも、ショッ〇ーとなった奴は、全員が全員そうだ。瀕死の重傷で病院に運ばれた奴だったり、貧乏を苦に自殺寸前の奴だったり、刑務所から出所したものの、行き場がない奴だったり。
 幸太の場合は、もともと貧乏だった上に、バイクで事故って死にかけた。
 お花畑もしっかと見た。しかし、目が覚めて……。
(生きてるじゃんって実感してー、身体の異常に気づきー? もうショッ〇ーだった、と)
 普通、こういうシチュエーションだと、せめてライダーとして復活するんじゃなかろうか、と思ったりもしてみたり。
「だいたい、実在すんなよなー、ショッ〇ー」
 悪の結社も正義の味方も。
 ぼやいてみた。ついこの間までは生々しい現実を生きていたのに、突然現実はテレビ世界になってしまったようなものだ。
「そこ! ショッ〇ーではない。白き刃の構成員だ」
「へーい」
 白き刃の構成員なんて、長くて言う気がしない。役割はショッ〇ーなんだから、幸太としてはショッ〇ーである。だいたい、構成員であるからには、普通はだ、十数人いるはずだ。幸太の小学生時代のテレビっ子知識によると、ショッ〇ーは常に群れで行動していた。ライダーに蹴散らされるやられ役。
 ところが、である。
 一応? 上司の、見た目完全サラリーマンの成瀬は、幸太一人をつれ、悪の計画を発動すべく、街並を偵察中だ。偵察なのに、構成員スーツ姿の幸太を連れているので目立ちまくりだ。
(いいのか? それで)
 幸太は、私服で連れていってくださいよ、とお願いしてみたのだが、上司は、ショッ○ーの意見になど聞く耳もたず。
 で、ショッ〇ー連れの変人たちを、正義の味方が見つける、というのも、セオリーなわけだ。幸太もわけわからん状態だが、悪の結社と正義の味方の行動範囲は近いらしい。
 んで、実は、さっきから正義の味方が長々と演説中なのだが。
「……というわけだ。覚悟するがいい! 白き狼よっ」
 やっと終わった。白き狼とは、成瀬の役職名、あだ名なのだが、知らない人間が聞いていたならば、何のこっちゃ、であろう。
 恥ずかしい。道の往来で、こんな格好をしている……すなわち全身真っ黒スーツ姿の幸太もこっぱずかしいが、こっちは面が割れていないだけマシというものだろう。
 しかし成瀬と正義の味方は、素顔をさらしてやり取りをしているのだ。
 恥ずかしくて悶えてしまいそうだ。いや、一般人たちはもともとあまり通っていなかったし、今時の現代人は変な人たちはスルーする方向で生きているようなので、見ている人間など、当事者たちしかいないのだが。
「ふははははっ。そうはゆくかっ。さあ、我が構成員よっ。相手をしてやるがいい!」
 成瀬は自前の眼鏡を押し上げると、指示を出した。自分だけさっと姿を消している。幸太はわかっている。成瀬は本当に帰りやがったのだ。
(俺もほどほどにしてかえろ)
「へーい」
「むっ」
 正義の味方は、熱血少年だ。赤いジャケットにジーンズ姿。構えをとっている。服のセンスをもうちょっとかえて、正義の味方でなければ、よいお友達になれそうだ。
 外見年齢は近いように思われる。幸太が高校三年生だから、そのぐらいだろう。
「君は、恥ずかしくないのかっ? 目を覚ますんだ。悪に力をかしてなどいけないっ」
「へーい」
「答えろっ」
「へーい」
 へーい、というのは構成員の言語、となっている。肯定も否定もへーい。別に普通に喋れるが、もう、へーい、でいい。へーい、と言っていれば、上司も正義の味方も勝手に解釈してくれる。
 今だってそう。
「骨の髄まで支配されてしまっているのか……。仕方ない」
 正義の味方、変身、のようだが。
 幸太はその瞬間に飛び掛かった。正義の味方も変身できなければタダの人。変身ツールで正義の味方は強くなっているのにすぎない。身体から強化されてしまっている幸太とは、出来が違う。
 適当にタコなぐり。
 ついでに変身ツールも取り上げてみる。自分がなってみてわかったが、ショッ〇ーは一般人より強い。テレビ番組は間違っている。ライダーがあんなに簡単にショッ〇ーを倒せたはずがない。
「かっ、かえせっ。それは」
「へーい?」
 変身ツールは腕時計だった。赤いので玩具のようだ。これを操作して、熱血少年はライダーとなるが、敵の手に渡ってしまったら元も子もない。
 ピラピラ、と振ってみる。
「へーい、へーい」
「……お前、馬鹿にしてるな?」
 熱血少年は身を起こし、幸太が殴ったせいで流れた口元からの血を拭うと、睨みつけてきた。怪我がこの程度、致命傷に至っていないのは、もちろん幸太が手を抜いたからだ。
「へーい?」
 ヒラヒラー。
「お前、ヘーイ、だけじゃなく、絶対、何か言えるだろっ」
「へーい」
 ヒラヒラー。
 もういいだろうか。このぐらいしておけば充分だろう。一応悪の結社の構成員だが、さすがに世界が滅んだら一高校生としては困る。正義の味方に死なれても困る。
 まあ、悪の結社『白き刃』のほうも、世界征服に時折本気なんだかそうじゃないのか、判断がつきかねる時もあるが、征服されてしまっては困るのだ。
 とにかく、幸太は、給料もいいしこんな身体になってしまったので白き刃の構成員だが、洗脳されているわけではない。構成員のほとんどがそうなのではあるまいか。仕方なく、なし崩しに、仲間入りを果たした、の流れ。
 現に成瀬含む五人の上司たちもチームワークは皆無だ。
 サッと幸太は背後に跳躍した。
「へーい」
 捨て台詞を吐き、傷ついたヒーローを残すと、幸太はその場を去った。そして正義の味方の時計を何げなく眺め、
「げ」
 と絶句する。これからコンビニバイトがあるのだ。このままでは遅刻してしまう。早々にアジトに戻って着替えをして、普通人に戻ったとしても、やはり遅刻だ。
「やっべー」
 店長に怒られる。
 白き刃の構成員が一人、江口幸太は勤労少年なのであった。
 
 
 案の定、バイトには遅刻した。二日続けての遅刻だったので、店長の幸太への評価はがた落ちだろう。構成員は、上司からの呼び出しがあれば、いついかなる時も出動せねばならない。そうしないと、給料から差っ引かれるのだ。
(くっそー。成瀬もだけど、五人の上司どもめ、好き勝手に招集かけやがって!)
 おかげで幸太の高校生ライフはボロボロだ。
「いらっしゃいませー」
 コンビニ店員たるもの、いかに内面に嵐が吹き荒れていようとも、接客においては微笑みを。脇に立つ店長が目を光らせているので、スマイルも気が抜けない。
 のだが。
 幸太は我が目を疑った。新たな客は、いかにも喧嘩してボロボロにされました、という状況の高校生、なのはヨシ。良くないがヨシとしても、だ。
「すみませんっ。オレ、今日から入るバイトです。遅れてすみませんでした!」
「いや……連絡は入れてもらってたから、遅刻のことはいいんだけどね、キミ。それ、その怪我」
 制服姿の男子高校生は、
「ちょっと事故っちゃいまして。大丈夫です」
 と、全然大丈夫に見えそうもないのに、平気の旨を主張している。
「治療はしてきましたんで。かすり傷です」
 店長と新人バイトは、あーだ、こーだ、と会話を続けているが、幸太は客が来ないのを良いことに、じーっと目を凝らしている。
 さて、ここで問題です。
 店内に、加害者と被害者が両方存在しています。誰と誰でしょう?
(……答え。俺と新人バイト君)
 ――狭すぎないか。世界が。どう考えてみても。
 ショッ〇ーと正義の味方がコンビニバイトって。絶対、間違ってるぞ。
 それに、正義の味方はこうして見てみるとまともそうだ。とても、正義の味方をしていたさっきの輩と同一人物だとは思えない。よく似た双子なのか?
 しかし、幸太がタコ殴りした痕跡は残っている。
 赤いジャケットという熱血風スタイルから一転、ブレザータイプの紺色制服のせいか、ものすごく痛々しい。絆創膏が貼ってあるのも。
(………。……しかも、同じ高校かよ)
 制服は、幸太の通う高校のものだ。正義の味方は高校生。面白いジョークだ。ついでに、悪の組織の下っ端も高校生。
「江口君、彼に詳しいこと教えてあげて」
 店長との交渉はすんだようだ。しかし幸太は素直に頷けなかった。
「いや、俺はレジのほうを」
「何言ってんの。年が近いのは君なんだから。同じ高校でしょ? ほら。まずは事務所で制服かしてあげて」
 不承不承、了解することにする。店長には逆らえない。
「こっち来て」
 店の奥へと手招きする。新人バイトならぬ正義の味方は、ショッ〇ーに素直に従った。


「いって」
 着替えをしながら、新人バイトは顔をしかめた。下唇をさすっている。幸太にやられた傷だろう。まさかこんな再会をするなんて思ってもみなかったわけだが、幸太としても罪悪感を抱いてしまう。
「その怪我……痛いか?」
 痛いに決まっている。馬鹿な質問だったが、新人君は気を悪くした風でもない。
「痛いですね」
「敬語使わなくていいよ、俺ら、同い年みたいだし。えーっと」
 さっき控室についた後、名前を尋ね、自己紹介をしたのだが、幸太は綺麗に忘れてしまっていた。
「皆木。皆木京語」
「あー、そうそう。繰り返すと、俺は江口幸太。宜しく」
 しかし何故か京語は難しい顔をしている。
「どうかした?」
「江口さんの声、何か聞き覚えがあるような気がするんですよね」
 それは、例えば、「へーい」の奴に似ているとか。仮面を被っていたので、透視能力でもない限り、バレているはずはない。ないが、ヒヤリとしてしまう。
「気のせいじゃないの?」
「だと思います」
 答え、京語は、はー、とため息をついた。コンビニの制服の、珍妙な緑色ストライプ柄が最悪だと思っている訳でもなさそうだ。
「やっぱりバイトやめたいと思ってんなら、今のうちだと思う、俺も。ここ、店長うるさいから、うん。止めておいたほうがいい、絶対。この前も入った子一日でやめてった。俺は全然責めたりしないから」
 むしろ、やめてくれ。
 正義の味方と同じ職場なんて、そんなのヤだ。がしかし、幸太の切なる願いとは裏腹に、京語はかぶりを振った。焦げ茶色の短い髪をかいている。
「違います。オレ自身の問題でちょっとため息が出ただけで」
 言っている側からまた、ハー。
「会ってばかりで聞くのもなんだけどさ、何かあった?」
 ロッカーに私物をしまい、京語は三度目のはー、だ。
「ちょっと、物を紛失したもんで」
(それはもしかして、俺が学生服のポケットに突っ込んでおいた、変身ツールか)
 幸太のブレザーにきっちりと保管されていたりする。つい、勢いで持ち帰ってしまった。
 よく考えてみたら、かなりの過失だ。返さねばならない。
「もしかして、大事なものだったりする?」
「ぜんっぜん」
 いっそ清々しいほど、きっぱりと、正義の味方は否定してきた。
「――は?」
「だから、ぜんっぜん」
 だって、なくしたの、変身ツールだろう? なくなったら、ライダーとしては死活問題ではないのか。
「むしろなくなってスッキリ、みたいな。オレ自身は」
「そ、そーなんだ」
 あれ? おかしいな。雲行きが怪しくなってきたぞ、という感じだ。
「だけどほら、さっきからため息ついてるし、大切なもんなんじゃねえの?」
「オレ以外の奴らが騒ぐもんで」
 真に嫌そうに京語はため息をつき、肩をすくめた。
「今日の遅刻だって、そのせいみたいなものなんです」
「へーえ」
 幸太のうった相槌に、ぴくり、と京語は眉を器用に片方だけあげてみせた。
「……思い出した」
 バレたか。いやいや、まさか。
「何を?」
「江口さんの声。やっぱりオレ、聞き覚えありました」
 さすがに幸太に言いはしなかったが、小声で京語が呟いていたのが、バッチリと聞こえていた。
 あのヤロー、今度会ったらぶっ殺す、と。
 お前、本当に正義の味方かよ? キャラ、違いすぎないか? と幸太は心の奥底から思った。それとも何か? 最近の正義の味方は、路線を修正したのか?
 そんな幸太の内心の葛藤は露知らず、京語は不穏な呟きを腹にしまい込むと、頭を下げてきた。そう、二人はバイト中であり、先輩と新人なのである。
「変な話してすいません。今日から宜しくお願いします」
「よ。よろしく」
 バレていないようなのは何よりだ。正義の味方がバイトをやる気なのは大問題だが。


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