第二回 両者の事情


 今日も今日とて出動中。
 何ゆえに授業時間中にばかり、上司どもは呼び出すのだろうか。何ゆえに、幸太ばかりに招集がかかるのか。もっとも、今日の上司は成瀬ではない。
 小巻という女幹部、という違いはある。
 この女幹部は高校教員という隠れみのを被った……。
(被った……何だっけ。成瀬が世を忍んだ哀愁のサラリーマン、しかしてその実態は白き狼。小巻が……)
 小巻が何だったっけ。構成員として幸太は、きちんと教育を施されている。すなわち、組織の構造や、人員、スローガンについて、など。
 が、真面目に学んでいる構成員など皆無なのもまた事実だ。講習会では幸太ならず、全員が居眠りをこいていた。白き刃の構成員(下っ端)、は、別に志願して仲間入りしたわけではないので、組織に対して忠誠心など塵芥ぐらいしか抱いておらず、むしろ、あー、だりー、というのが本音なのである。
(――だりーなあ)
 小巻はもう小巻でいいや。コキッと幸太は首を鳴らした。その拍子に仮面がずれ、慌てて押さえ付ける。仮面が外れて、もし近くに知り合いがいたとしたら、立ち直れない。
 隣にいた構成員が、気をつけろよ、と仕草で伝えてくる。幸太は、
「へーい」
 と答えておいた。本日の上司、小巻に付き従っているショッ〇ー数は、昨日よりは多い。
 幸太ともう一人。不法入国者の外国人、ノラン君。悪の組織という奴は、人種差別などしない。イキのいい人材なら、ノープロブレムらしい。
 ノラン君も高い給料につられて、ショッ〇ーに甘んじている。ノラン君は生まれつき真っ赤な髪と、浅黒い肌がトレードマーク。どこの国だったかは忘れたが、アジア出身。故郷の家族に仕送りをしているえらい大学生だ。胸を患い入院していたのだが、人体改造により華麗に復活をとげた人物である。
「へーい。へーい?」
「へーい」
 訳。今日はお互い貧乏くじだねー。そう思わないチミ?
 訳その二。そうっすねー。
 当然のごとくへーい語で会話を交わし、ふと幸太はそんな自分に一抹の不安を覚えた。
 こんな部分でコミュニケーション能力が高まっても、嬉しくない。いや、普通に会話してもいいのだが、へーい語じゃないと、上司に聞きとがめられてしまう。へーい語だから、かったりーなー、なんて会話もできるのだ。
 その意味では、構成員同士の仲はかなり良い。この間など、コンサート会場の運営バイトをしている奴から、チケットを安く譲ってもらった。
(構成員も悪いことばっかじゃねえんだよな……)
 上司がああじゃなければ。
「そこまでだっ」
 正義の味方登場。小巻、なにっ? と驚愕の表情で振り返る。ちなみに、小巻は悪の服装に身を包んでいる。よーするに、街中で一人コスプレした二十代後半の女?
(よーやるよ)
 駆けつけてくる正義の味方もご苦労様、だ。
「よく私の居場所がわかったな。ブルーライダーッ!」
 今回は、正義の味方も変身済みで登場だ。言葉のとおり、ブルーのライダースーツ。結社の講習会で得た幸太の知識では、他には、赤ライダー、黒ライダー、黄ライダーがいたはずだ。色ライダー? もっといるのかも。しかも、呼び方もその時によって様々だ。
(赤ライダー、は変身できないか)
 勘だが、初対面時の赤いジャケットという服装、熱血少年風な感じからして、皆木京語は赤ライダーだろう、と幸太は踏んでいる。ちなみに、まだ変身ツールをもっている幸太なのである。こっそり返そうと今も持参していた。ライダーに投げ返しておけば、適当に持ち帰ってくれるだろう。
「今度は何を企んでいる? 白き盾っ」
 おー、そうだった。ポンッと幸太は手を振った。小巻は白き盾だった。そーいえば。
「うっふふふふふふふっ。もう遅いのよっ。私の偉大なる計画はすでに発動しているのだからっ」
 ノラン君と幸太は顔を見合わせた。へーい、へーい、と首を振り合う。
 訳。全然発動もしてないじゃんねえ? ねえ?
 そもそも計画ってなんだ。んなもんあったのか、と幸太は苦言を呈したい。たぶん、小巻はその場のノリで受け答えしている。
 よって、だ。小巻はまた一つ高笑いすると、これまた高らかに下っ端どもを呼んだ。
「構成員っ。やっておしまいっ!」
 成瀬同様、一人で逃走だ。
「へーい」
「へーい」
 幸太とノラン君はやるせなげに了解する。
「どけっ。貴様ら!」
 ブルーライダーの面は割れていないが、レッドの京語同様、やはり若いのだろうか、などと幸太は呑気に考える。
 格闘開始。驚くべきことなかれ。構成員とライダーは互角に渡り合っている。なんといってもノラン君と幸太のコンビネーション攻撃はバッチリだったりした。
「へーい」
「へーい」
 掛け声と共にライダーを翻弄する。
「へーいっ!」
 改造されてからというもの、何が気持ちいいかというと、飛躍的に高まった己の運動神経だ。そんなわけで、構成員たちは仲間うちでスポーツに興じたりすることも多い。飛躍的に高まりすぎて、人様にはおみせできないからだ。
 幸太とノラン君は最近編み出した共同キックをライダーに繰り出した。すなわち、高く跳躍し、二人して息をあわせて、そろえた足を敵に命中。
 スタッと二人の構成員は着地した。キック後、ご丁寧に一回転もしている。
 決まった。
 ライダーは地に伏した。
「へーい。へーい?」
「へーい。へーい」
 弱いねえ、ライダー。そう思わない? 
 んだね。思う思う。
 ショッ〇ー二人は肩をすくめて、正義の味方を見下ろした。
「へーい?」
 じゃ、帰ろうか? とノラン君に同意を求めると、幸太は、「あ、しまったっ」というわざとらしい仕草で、収縮性バツグンな、通称何でもポケットから腕時計を落とした。
「!」
 ライダーが息をのむ。ノラン君は、あー、あれね、という体で頷いた。うんうん、と幸太も頷く。
(だってさ、いらないんだよね)
 上司に見つかるとヤバいことになるのは確実だろう。もちろん、これ以上、自分で持ち続けているのも却下だ。何故ならば、ライダーが変身できなくなってしまう。かといって、本人に直接手渡すわけにもいくまい?
 変身セットを鷲掴みにすると、ブルーライダーは、それをどこぞに放り投げた。ついでに物陰へと叫ぶ。
「レッドッ。変身するんだっ」
 経つこと数秒。ブルーライダーが呼びかけたとおぼしき建物と建物の間から、人が出てくる気配はナシだ。
 アスファルトで舗装された通路に転がった変身ツールが、そこはかとなく哀愁を醸し出している。 つい、成り行きを見守っていた構成員二人組も注目してしまう。
 新たにライダーが登場するなら、一応、悪の一員としては、応戦したよ、というポーズを示しておかねばならないのだ。
「レッド!」
 悲痛な叫びに、やがて、レッドライダー(変身前)は現れた。そのスタイル。ジーンズに皮ジャケットは良いとして、帽子を深くかぶり、目にはサングラス。風貌を隠したいようだ。何もそんなに嫌そうにせんでも、と敵が思わずなだめたくなる様子で、腕時計、すなわち変身ツールをつまむ。
 掴んだ、とか手にとった、ではなく、つまんだ。親指と人差し指でチョイと。
 そして、関係者一同、度肝をぬかれた。
 レッドライダー、変身前、つまり京語は、脱兎のごとく駆け出したのだ。
 彼から見て敵の方へ、ではなく、敵の遥か彼方へと。敵前逃亡、仲間見捨て、と言うのだろうか?
「レッドオオオオッ!」
 ブルーライダーは必死に腕を伸ばしている。レッドはあまりにひどいお言葉を遠方から返してきた。
「うるさいっ、オレをまきこむな! やってられっかっ」
 ――仲間割れなの? ショッ〇ーも目が点だ。


 というようなことがあって後の、バイトタイム。京語は遅刻することなくやってきた。何故か顔色が悪いが。
「はよーっす」
「よう」
 バイト専用の控室に入って来た途端、パイプイスに腰掛ける。苦悩が色濃くその顔には刻まれていた。さし入れでもらった煎餅をかみ砕き、幸太は好奇の視線を送る。
「どーした? 煎餅食うか? ほれ」
「いらない」
「うまいのに。醤油せんべい。説明書きにも書いてある。熟成、厳選された醤油のみを用いた赤玉せんべいですって」
「赤……。……はあ」
「何? 赤嫌いなの?」
 赤ライダーのくせに。と心の中だけで突っ込む幸太である。
「昔は、どうでもいい色だった」
 何だかんだいって京語は煎餅を手にとった。バリッと歯で砕いているのは、全然良いとして、幸太は京語の左腕を凝視した。
 袖口からのぞく、腕時計。変身ツールだ。まあ、つけるのが恥ずかしい、のイキまで至っていないが、デザインはどうよ? という代物の。カラーも赤だし。んできっと、ブルーライダーのは青なんだろう、絶対。
 意地が悪い幸太は、わざと話題を振る。嫌なバイト仲間がいるから、と京語が辞めてくれるのも期待している。だって、何か、ため口きく間柄になっちゃってるし。てゆーかすでに友達か?
「またまたあ、その腕時計、赤色のくせして」
 神妙な顔付きで、京語は左腕を差し出す。
「欲しくないか? これ。今なら一万円もつける。ただし、返却は不可」
「い、一万……」
 飛びつきそうになってしまった。いかん、と自粛する。
「い、いらねえよ。アホ抜かせ」
「二万。これでどうだ。俺も生活が苦しいからな。これ以上は出せない」
 京語は指を二本立ててきた。
 命にも等しい変身ツールを金まで出して手放そうとするライダーが存在していいのか? などという疑問も湧いたことには湧いた。その他諸々も。
 譲り受けたら元の木阿弥で、ノラン君や他の構成員仲間にも笑われる。しかし、だ。
 幸太は微笑むと、京語と友好の握手を交わした。
「商談成立だ」
世の中、カネだ。タダで二万くれるというのだ。断る奴はアホだ。
おまけに変身ツールがついてくるぐらい、何だというのだ。へのへのもへじ。
「いい奴だな。江口」
 言うそばから、京語は腕時計を外している。
「くれぐれも、返却不可だからな。やっぱりイヤだっとかナシだぞ」
「わーったって」
 わかったから。
 幸太は右手のひらを差し出した。
「諭吉さん」
 諭吉さん二枚がスマートに渡される、ことはなく、千円札が十八枚と、五百円玉一枚と、百円玉十二枚と、五十円玉二枚と、十円玉九枚と、五円玉一枚、一円五枚。
 ひいふうみい、としっかりと計算し、幸太は膨れた財布にタダで手に入れたお金を入れ、にんまりと笑った。二万の分、楽な生活ができる。上司どもの呼び出しも、一回くらいすっぽかしても生活費に響かなくなる。
 笑いが止まらないとはこのことだ。
「……はやく、それつけてくれ」
「え?」
 思いもよらぬ要望に、カネ印に染まった幸太の笑みが強ばる。
「つけんの? これ」
 当たり前、と京語は首を縦に振る。
「それはちょーっと、ヤバいかな」
(お前は知らないだろうけど、俺は悪の一員なんだよ)
 正義の味方の変身ツールを身につけるには、さすがに、いかない。変身などもってのほかだ。
「いいから! 金は払ったんだ」
 有無をいわさず、京語は腕時計を幸太の左手首にはめた。
 ピッ。
『エラー。装着不可。ポライド反応有り』
 控室の空気は、瞬時に氷点下に達した。ヤバいどころではない激しくヤバい。
 説明しよう! ポライド反応とは、正義の味方にとっての敵反応あり、という意味である。たとえば、悪の構成員や、その上司、さらにボスたちは、全員ポライド反応を体内に内包している。正義の味方は日々研究に費やし、敵サーチシステムの試作品として、この反応装置を変身ツールに組み込んでいるのだ! わあっ。すごいね。
 でも、ほんっとに試作品だから、相手にはめないと、サーチできないんだ。ダメなドラエ〇んの道具みたいだね。変身ツールなんて、本人以外に装着しないんだから、無用の長物ってやつ? あはっ。こういうこともあるさ。
 凍りついた幸太と京語の間を、見知らぬ妖精さんが説明だけしてとんでいったのは、二人も感知していなかった。
 ぶっちゃけ、それどころではない。
「へーい……」
 立ち上がると、不穏に、京語が呟く。落ち着け、といいつのろうとした幸太を遮り、ドスのきいた声で、
「へーいって、言え」
 命令した。
「へ、へーい……?」
 可愛らしく、その上疑問形で媚びをうってみたが、効果はなかった。むしろ、火に油を注いだ。京語は身を乗り出して、幸太の胸倉を掴むと、乱暴に揺さぶった。
「おっまえ、あの時のへーい野郎だな? そうだろっ?」
「お、落ち着け。息ができねー」
「落ち着いていられるか! へーい野郎がこんなに身近にいたんだぞっ!」
「落ち着けってっ。誤解だ! 俺は善良な一般市民だ」
「嘘つけっ」
 至近距離でのどなりあいは続く。ついでに睨み合いも続く。意外なことに、胸倉から京語は手をはなした。スーハースーハーと深呼吸して、気を落ち着けている。氷点下に達した鋭い眼光はそのままだったが。
「ったく。それでも正義の味方かよ」
 幸太はしわくちゃになった制服の胸元を正す。
「……好きでなったわけじゃない」
「そーなん? ノリノリだったじゃん、お前」
 初対面の時は、正義のライダーの台詞を吐いていたではないか。服装もお約束で。情熱の赤ルック。
「あんなのオレじゃないっ」
 頭を抱えてブンブン振っている。おいおい、ダイジョーブか? と思っていたら、京語はこっちに槍玉をあげてきた。
「そっちこそ、へーい野郎だろーが。人のこと言えるか!」
「悪ぃか。俺だって好きでなったわけじゃねーよ。あんなの」
 頭をかく。上司はああだし、衣装は格好悪いし。改造されちゃったし。いや、改造されたおかげでたぶん生きているんだが。
 ため息をつくと、幸太は腕時計を外した。
(ショッ〇ーもヤだけど、ライダーもヤだよな。こんなんつけて出動なんて)
 止め具の部分を持って振る。
「バレちまったもんは仕方ねえ。どうする? 赤ライダー」
 この際、一般人の振りをし続けるのも無理がある。ならば道は一つ。
 開き直り。
「……赤ライダーって言うな」
「んじゃ、レッドライダー」
「…………」
 めっちゃ睨まれてる。
(怖ぇぇよ、コイツ)
 だって、目がマジなんだもん。
「でも、ライダーだろ? 俺の上司と、正義対、悪! つー会話してたじゃん?」
「だからそのライダーってのがっ」
 はあ。京語はやるせなさげに首を振った。
「はー、やってらんねえ」
「やってらんねえって言われてもさ、お前はライダーなわけだろーが」
「ち・が・う。オレは了承してないの。ひとっことも。ライダーになるなんて」
「…………」
 しばし幸太は考えた。なんだ。それは即ち。
「ライダー、ヤなの?」
 無言で、大きく一つ京語は顎を引いた。
 幸太はポリポリ額をかいた。
「そーなの」
 ぐらいしか返せないではないか。微妙な沈黙が落ちる。一応敵同士なのだが、緊迫した空気は皆無である。どころか、気まずい。
 京語は苦悩の表情でパイプ椅子に座り直した。
「――どうやってライダーが選ばれるか知ってるか」
「いんや」
 全然。ショッ〇ーの選出方法は知ってるけどね。さらに苦悩を深くした京語は、苦り切った口調で吐き捨てた。
「家系なんだ……っ」
「うわー」
 同情のうわー、である。
「教育されて育って来たわけか。もしかして」
「ああ。三歳ぐらいの頃から毎日毎日。十六歳になった途端、バイク免許もとらされて」
「だろうなあ」
 ライダーはバイクに乗れなきゃいかんだろう。バイクがライダーの足なのだ。
「だけど、フツー、イヤになるだろ? やってられないだろ?」
「おう」
 幸太は深い共感を示して頷いた。
「耐えられなくなったオレは、今年、家を出た。全部バイトでまかなってる。つっ。なのにっ。小うるさい正義の味方軍団から逃れられると思っていたのにっ」
 小刻みに震え出した。
「なんでほぼ同時期に活動しやがり出すんだよっ? 悪の結社の白き刃っ」
「いやー、俺に言われてもさあ。知ってる? へーい野郎は、下っ端なの。上の考えなんててんでわかんねえよ」
 真ボスに会ったこともない。会えるのは幹部、すなわちどこか抜けているとしか思えない上司たちだけだ。
「おかげでオレは実家に呼び戻されかけて、仲間だとかいう他ライダーに引き合わされて、仲間だぞっ? 手をとりあって戦えるかっ? それもあんなこっぱずかしい」
「あー、羞恥心あったんだ? ノリノリだと思ってた俺。素顔でよくあれだけ言えんなあと」
 京語は片肘をつくと、その手のひらの上に顔をうずめた。かすれた声で呟く。
「……条件反射なんだ」
「はい?」
 涙ながらに京語は訴えた。悲痛さがこれでもかというほど滲み出ている。
「考えてもみろっ。ガキの頃から刷り込まれてるんだぞっ? 深層意識に得体の知れない何かができ上がっていてもおかしくないだろっ? 俺の意志とは裏腹に不意打ちで『敵』と思われるものを発見すると、つい……っ」
「つい、正義の味方モードに突入、と。難儀だなあ、お前。ちゃんと給料もらってる?」
「あるわけない」
 がーん、だ。タダ働き? 正義の味方ってタダ働きなのか。
「うっわ。最悪」
 ついつい本音も口をついて出るというものだ。
「正義の味方っつーのは、慈善活動なんだよ」
「俺、ショッ〇ーでよかったわ」
 どちらかマシかと天秤にかけるなら、給料が出る方に決まっている。幸太も腰を降ろす。煎餅が入った袋を相手側に移動させた。
「ま、食えよ。俺の分もやるから」
 煎餅をバリバリやりながら、何故か控室は愚痴大会の場へと早変わりした。バイトの交替時間を目一杯使用して、お互い、互いの組織についての不満をぶちまける。
 おかげで、奇妙な連帯感が終わり頃には芽生え初めていた。
 正義の味方とショッ〇ー。
 交流を深めてどうするよ?


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