第三回 レッドライダーと家族


 オレはどうして皆木家に生まれてしまったのだろう。
 実家の門をくぐり、親と顔を合わす度に、京語が実感せずにはいられないことである。
 毎日二時間、戦隊ヒーローものとライダーものの番組視聴に始まり、父親の番組に対するツッコミを聞き、服装チェック、変身ポーズと口上の練習、エトセトラ。物心ついた時から、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと。
 そして今年の四月、来てしまったのだ。京語が恐れていたことが。
 変身ツールの親から子への授与。皆木家は代々、赤ライダー担当なので、赤い変身ツールだ。腕時計式になったのは京語から。他にバイクも支給された。目の覚めるような紅の、公道を走ったら警察の御用になりそうな改造車。普段着も。
 へーい野郎スタイルの幸太と遭遇してしまった時は、まさに父親に言われてイヤイヤ普段着の試し着をし、街中を隠れるように歩いていた時だった。
 嫌な記憶だ。思い出すだけでおぞましい。あんな、正義の味方っぽい、背筋に寒気が走るような口上を口走って、あまつさえ変身しようとしていたなど。恐ろしすぎてさむイボが出る。その意味では幸太には感謝すべきかもしれない。
 殴られ、ボロカスにされた時は、こいつ殺す、と思ったが、幸太のおかげで後半部分から正気に返っていた。オレは何をしているんだ? と。
 変身ツールを持っていかれたのは、幸いだった。正義の味方の仲間と、親からは叱責を受けたが。アレが永遠に見つからなければ、自分に課せられた責務とも永遠におさらば、のはずだったのに。手元に戻ってきてしまって絶望していたのは記憶に新しい。
「何を黙っているんだっ。お前はっ。お前という奴は! 命の時計を二度もなくすとは、一体どういう了見だっ?」
「闇討ちされたんだ。構成員に」
 嘘八百だった。ただしくは、構成員である幸太に押し付けた、が正しい。
 ふと思い出す。聞くところによるとショッ〇ーはいい給料をもらっているらしい。
(オレも、どうせならショッ〇ーがよかった)
 下っ端だと楽そうだし、幸太の話しぶりから鑑みても、絶対、ライダーよりはマシだ。
「闇討ちだとっ? おのれ、卑怯な……」
 ああ。耐えられない。オレの親父はなんでこんななんだ? 普段、装ってサラリーマンをしている時の父親は、結構好きなのに。地が出るとこうだ。せめてライダーおたくだったら、救われていた。そのほうが良かった。
 四十八歳になる京語の父親は、いい具合の中年になっていた。会社でもやり手の課長として地位を得ている。そっちのほうが、父親の本当の姿であって欲しかった京語である。
「京語! 父さんは悲しいっ。敵は確かに卑怯だった。だがしかしっ。お前にはライダーとしての心構えが足りていない! お前が立ち上がらねば、世界は救われないんだぞっ? 白き刃の思うがままになってもいいのか?」
「あのな……親父」
 オレはライダーになりたくないんだって。その辺の選択肢はスポーンと親父の頭からいつも抜けてるけど、確認してくれよ、頼むから。確認してもらわなくても、オレはいっつも嫌だってんのに、無視しやがって。
 久しぶりに訴えていた京語はギョッとした。
 父親が泣いている。鼻水たらして。
「なっ、なんで京語は父さんの気持ちをわかってくれないんだっ。グスっ。あんなに一生懸命育てたのに、グレちゃって。父さん、頑張ってライダーのこと教えてるじゃないか」
 それが嫌なんだってば。それ以前に。
「泣くなよ……」
「ヨッちゃん。どうしたのっ? 泣き声がきこえたわっ」
 スパーン、と戸が開いた。
 食事の準備でもしていたのか、お玉片手に京語の母親は、広がる光景に、わなわなと震えると、息子をしかり飛ばした。
「京語っ。お父さんを苛めるなって、言ってるでしょうっ? 今度は何を言ったのっ!」
「サキちゃーん。京語が、京語がライダーになりたくないなんて……ひどいことを言うんだ。こんなに、こんなにぼくたちが手塩にかけて育ててきたのに。うわーんっ」
 今年三十九歳になる、近所でも美人だと評判の母親は、よしよしと夫を抱き締めた。
(……このバカップルめ)
「可哀想なヨッちゃん」
「…………」
 京語はげっそりとして無言だ。頭が痛くなってきた。軽く振る。何でこんな親なんだろう。疑問は切実である。
 元ライダーは妻に抱き着いて、慰めてもらっている。それを何の疑問も持たずに受け入れてやっている妻、もとい、元悪の結社幹部、ジョッリーナ。
 そうなのである。京語の父親と母親は、敵同士でありながら恋に落ちたという宿命のカップルだったそうなんである。前代の戦いでは、彼らの愛のパワーが世界を救ったんだそうだ。――ホントかよ。
(しかもジョッリーナって……)
 一体どんな名前だ。もちろん、現在展開中のあまあまバカップル夫婦の様子から一目瞭然であるように、結婚後はごくフツーの主婦となっている。
 元ジョッリーナ、皆木サキは、夫の頭を撫でながら、剣呑な視線を息子に注いだ。
「京語はどうして母さんたちの気持ちをわかってくれないの?」
「オレにも譲れないことはある」
 母と子は睨みあった。中年男のいっそうのすすり泣きが室内にこだまする。
 母親は決断した。愛する息子(でも夫よりは愛していないかもしれない)に、ビシィッとお玉を突き付け、宣言した。
「とにかく、せめて今日中にとられた変身ツールを取り戻してきなさいっ。でないと……」
「でないと?」
「勘当よ!」
「…………」
 それもいいかな、と一瞬京語が思ったのはまごうことなき事実である。
 
 
 そんな親子の確執が露呈されている頃、幸太も別の意味で切羽詰まっていた。
 昇進試験なんである。下っ端構成員は強制参加なんである。悪の結社『白き刃』の現在幹部数は五人。しかし、本来の穴は六つ。一つ空きがある。
 そろそろ埋めねばなるまい? ということで、試験なんである。
 イヤイヤながら、へーい、へーい、と試験に参加。その試験の様子を監視している五人の幹部は皆、不愉快そうだ。
 何故ならば、構成員たちがやるきなさげー、に試験を受けているから。というか、この催しに時間をとられていることも原因だろう。幹部同士の仲は決定的に悪い。それなのにもう一人増えるなんて、彼らも全然願っていないことなのだ。だがしかし、ボスの命令なので逆らえない。
 試験の内容は、模擬戦闘のみ。
 最後の組である、幸太とノラン君の番である。
 丁度、うまい具合に幸太の隙をついて技をうけ、ノラン君が倒れるところだった。彼らは目線で会話しあう。
(ずっけーっ。今のナシ。反則)
(完璧な決まり具合。これで君の勝ちだね、幸太君。はー、ヨカッタヨカッタ)
(こっちはよくねえ!)
 というような具合に。
 ノラン君は、やられた振りでおおげさにのけ反っている。例えるならば、熊にやられて死んだ振り、というところか。
 ちょ、ちょっと待て。と幸太は思った。思ったがもう遅かった。幸太たちは最後の組だったのだ。それも、決勝戦の組、みたいな。よって、優勝者は幸太、ということになってしまうのである。
 仲間であったはずの下っ端構成員たちが、クラッカーを幸太に向かって鳴らした。どこから出現したのか、くす玉が割れ、色とりどりの細切れ紙が舞、頭髪に付着する。ついでに、垂れ幕には『おめでとう、昇進!』とでかでかと書かれている。
(おっ、おまえらー)
「へーい」
「へーい、へーい!」
「へーい、へーい、へーいっ」
(裏切りやがったな……)
 どいつも昇進なんぞしたくなかったのである。で、幸太をスケープゴートにしたのだ。
(くそっ。なーんかコソコソ話してると思ったら)
 ふむ、と成瀬が歩み寄ってきて、ショッ〇ースタイルの幸太の肩を叩いた。
「君が最終試験を受けることに決定だな」
 眼鏡を押し上げ、成瀬はフフッと笑った。邪悪な笑みだ。
 さらに笑顔になって、宣言してまださった。
「では、戦ってきてくれたまえ」
 またポンポン、と肩をたたかれる。成瀬からしてみれば、期待しているぞ、の意なのだろう。仮面に隠されたその奥の素顔で、幸太はこれ以上はないとう程眉間に皺を寄せていた。


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