第四回 ボス登場


 レッドライダーと、昇格試験をかけた白き刃の構成員は、緊迫の面持ちで対峙していた。
 幸太が掴みかかり、両者は格闘戦に移行する。と思いきや、こっそり会話していた。
「――まだだぞ。正気保てよ、皆木」
「あ、ああ。努力中……」
 幼いころからの洗脳のせいで、正義の味方モードに京語は入りつつあった。なんせ、変身しちゃっているのだから、あとはもう、という奴である。
(ヤばいな)
 長引けば、本気でぶっ叩かれそうだ。
「じゃ、俺倒れっから、チャチャッと腹に一発よろしく」
 二人の利害が一致した結果、この戦闘は生まれている。まず、幸太の昇格試験の一貫、最終試験は、ライダーをぶっ倒すこと。京語が親に課せられたのは、変身ツールを取り戻すこと。
 すなわち、偶然ショッ〇ーとライダーは遭遇し、これまた偶然に、ショッ〇ーは変身ツールを落とし、幸太は変身。で、現在、となる。
 幸太は、勝ってはならないのである。勝ったら恐ろしいことに、幹部の仲間入りをしてしまう。そんなのは御免だ。
 八百長戦闘の交渉は事前に京語と交わしていたのだが……幸太は舌打ちした。
(頼むから、本気でたたきのめしてくれるなよ)
 こうなったら、京語の正気にかけるしかない。完全に正義の味方モードに入らないことを祈るのみ。
 来た。腹に一発、拳が。痛い、なんてものじゃない。
 必殺技かましやがったなてめえっ?
 と心ではメタクソに文句を言ったが、声が出せない程、ヒットしていた。
 ガクン、腹をおさえて、膝をつき、そのまま倒れてしまった幸太である。
 メッチャ痛い。なまじ気絶できていないので、苦しみは一塩だ。
「あ……スマン、つい」
 正義の味方モードに入っていた京語は、敵が倒れ付したのを見て我に返った。
「つい、じゃねえ」
 くぐもった声が、恨みがましい。
 しゃがむと、京語はそのままの姿勢でほお杖をついた。
「お互い様ってことで。オレもこの間ボロクソにされたし」
「い、今の俺のダメージは半端じゃねえぞ」
「ゴメン。悪かった」
「せ、誠意が足りてねえ。あとでぶっ殺す」
 何が正義の味方か。何かが、何かが違う、絶対。
「だから謝ってるんだって」
(う、うるへえ……。謝ってすべてが解決したら、人類みな兄弟だっての)
 幸太はピクピクしている。見物していた悪の結社人員は、あ、死にそう、と皆思っていた。これまたこっそり見守っていた正義の味方陣営も、あのショッ〇ー、死んだ、と思っていた。だが、そこに、場違いな高笑いが、こだました。
「オーッホッホッホッ」
 こんな笑い方する奴いねえぞ、としか形容できない笑い声が。
「サキちゃん……」
 ついでに、ポソリ、と哀愁をおびた呟きも。
 幸太は、別に笑いの主などどうでも良かった。というか関わりあいになりたくなかったし、できれば見ない振りで、話を振って欲しくなかった。どうやら京語も同意見のようで、断固として振り返ろうとしていない。幸太のほうを向いている。
 変身後の姿なので、表情なんぞはわからないが、とてつもなく嫌な予感に襲われているということは、勘でわかった。
「さすがはレッドライダーッ! 褒めてやろう」
 京語、無視。
 カツカツと笑いの主は京語に近づいてきた。声でわかっていたが、女だ。その頃には、幸太も何とか復活して起き上がっていた。アスファルトにあぐらをかき、仮面の奥で何とも言えない表情をした。
 女、はその……何というか。
(ジョリホイサーカスに出演予定の、電球付きクジャク羽根背負ってるスターもどきでイメージカラーは白。眼鏡風仮面付き、な露出度高い女? 推定三十以上)
 なのである。
 カツカツカツ、と女はハイヒールを鳴らして京語の肩を叩いた。
「ちょっとお、無視しないのっ」
 京語、無視。
(ああ……この人、知り合いなんだな、お前)
 可哀想に。心から幸太は同情した。あんまりにも可哀想だから、技を決められたことは許してやるよ、と心に誓う。
「私の手下を破ったから、褒めてあげてるのにぃっ!」
「は?」
 思わず幸太は地で間の抜けた声をあげた。
(俺がいつあんたの手下になっ……)
 幸太はあんぐりと大口を開けた。まさか。まさかまさかまさか。
「ボ、ボス……」
 風にのって成瀬の驚愕の呟きが運ばれて来た。外野の動揺をよそに、女はレッドライダーしか眼中にない。ついでに、よく見ると女が歩いてきた方向に、背後霊のような男がどよーん、と立ち尽くしている。なんか、「サキちゃーん」とかぶつぶつ言っている。
「無視するなんて、そんな子に育てた覚えはありませんっ、きょ」
 高速だった。京語は素早く振り向くと、女の口を塞ぎ、怒鳴った。
「それ以上言うなっ!」
「オーッホッホッホっ。ようやく振り向いたわね。レッドライダーッ!」
「オレはお前なんぞ知らんっ」
(俺はわかった気がする)
 女はなおも何かを口にしようとしたが、まさにその時、カラリンコローン、とチャイムが鳴った。広場の時計の鐘の音で、夕方五時を示すものだ。
 ハッと女は両頬を手で挟む。
「イヤだわっ。特売の時間っ。行かなきゃっ」
 女は駆け出していってしまった。その後を、背後霊のような男が「サキちゃーん」と追いかける。
 ヒュゥゥ。
 木枯らしが吹いた。悪の結社陣営は、唖然と、そして集合していたらしい変身済カラーライダーたちはキツネにつままれたような体で、かけ去る後ろ姿を見送った。
 立ち上がった幸太は、ポンッと京語の肩を叩いた。
「――泣くなよ。人生、辛いことは誰にだってあるぞ」
「オレは、オレは、あいつらの息子である自分が憎い……」
(やっぱり。予想どおりか)
 なまあったかい微笑みを仮面の下に浮かべ、幸太はさらにポンポンと肩を叩いてやった。
「元気だせよ」
「ムリ」


 幸太と京語は、おなじみの控室で、顔を突き合わせ、黙りこくっていた。同期のバイトが恐れをなして、入って来れないぐらいに、不穏な空気が漂っている。双方、機嫌が悪かった。口火を切ったのは、幸太だった。
「……なあ、お前のお袋さんさ」
「元ジョッリーナ」
「その元ジョッリーナさ、説得してくんない?」
「そっちこそ、陳情しろよ。さっさと解散しろって。幹部になっただろ」
 幸太は苛立ちの混じった様子で、声を荒らげた。
「だからその幹部になりたくねえって俺は言ってんだろーが。しかもあだ名が白き金だぞっ。金っ?」
 くそう、失敗した、と幸太は深く浅はかな自分を呪っていた。とにもかくにも負けたので、幹部入りはなし。京語は親子関係に苦労するだろうが、それはそれ、人の不幸は蜜の味だと思っていたのに。
「素面の母さんに、さんざんお友達の江口幸太君のこと言っておいたからそのせいだろうな……」
 クスクスと京語は、ひどく爽やかに笑ってくださった。
「笑えるよなあ。パートタイムの悪の結社のボスって……」
 ところが一転、笑いは虚ろなものに転じた。もーイヤ、人生投げ出したい、という顔付きだ。気持ちは幸太もわからないではない。
「親父さん……知らなかったんだって?」
「泣いてなだめるのが大変だった」
「うわー、ウザ」
 一刀の元に幸太は切り捨てた。庇うかと思いきや、息子である京語も大きく頷いた。その京語の目元には濃い隈ができている。八百長戦闘の日からの苦労が忍ばれる。連日の親子会議の賜物か。
 ふー、と大きく息を吐き、幸太は拳を作ると額にあてた。京語同様、心労疲れが顔に出ている。
「正義の味方の今後の方針は?」
「……今後も変わらず、だと」
「お前の母ちゃん改心させろよ。それですむ話だろ」
「素面の時しか、オレたちのところにはいない。アッチモードの時はそっちのボスやりにいってる。――会ったんじゃないのか」
「――会いたくなかったけどな」
「気持ちはわかる」
 うら若き、悩める高校生たちは、同時に地の底まで響くようなため息をついた。
「白き女王って、何よ?」
「母さんの趣味だろ。元ジョッリーナ。現在の『白き刃』のボスの」
「で、お前の母親。……泣くなよ?」
 京語がかなりヘコんでいるのを見てとって、幸太は釘をさした。
「俺だって泣きたいんだからな」
 先日、悪の結社では大きな動きがあった。初、ボスの顔見せ。幹部たちにしか接触していなかった特殊なボス様がようやくご登場してくれたのだ。
 前代のライダーたちに滅ぼされた悪の結社首領の娘、ジョッリーナ。現在は元ライダーの夫とラブラブバカップル驀進中。しかしてその実態は現悪の結社のボス。
 なんとゆーか、悪の結社のボスも、家系らしい。自分の意志ではどうしようもないらしい。周期でクるらしい。悪の衝動が。別にサキちゃん(京語の親父推奨)は今のままで幸せだった。が、恐るべし悪の衝動。サキちゃんの人格を突き破って出てくるようになった。
(それがアレだ)
 繰り返すと、ジョリホイサーカスに出演予定の、電球付きクジャク羽根背負ってるスターもどきでイメージカラーは白。眼鏡風仮面付き、な露出度高い女? 推定三十以上。ちなみに素面の時の彼女は、すべてこのモードの時の自分を夢だと思っているらしい。
 そして、だ。白き女王様は、息子の京語君のお話にのせられて、江口幸太という構成員に特別の恩情をかけてやろうという気になってしまった。
 もんっのっすっごっくっっっ、迷惑なことに。
 幸太は、結社の集まりで、第六の幹部として華々しくデビューさせられてしまった。
「衣装が、あったんだぞ……」
 あの衝撃を思い出して、幸太は目の前が暗くなった。サキちゃんの趣味で、白が基調の結社、衣装も白系が多い。あの衣装を目にしていないはずの京語が、相槌を打った。
「王子様ルックだろ……」
「なんで知ってるっ?」
「お袋の中では王子様ブームらしい……。今、はやってるだろ……。そういうタイトルの戦隊もの」
「くっ」
 幸太は拳を握った。正体不明の怒りに似たやるせなさが込み上げてきたのだ。
「いくらなんでも、母親を倒すわけにもいかないよな……。普段は素面だし」
 京語は目元をおさえた。父親をなだめるのに毎日相当苦労しているのだろう。マッサージしている。
「親父さんは何だって」
「僕にとってサキちゃんはサキちゃんだあ」
 完全棒読みで感情が一切籠もっていないところに、京語の強いストレスを感じる。
「あんのクソ親父……っ。現実を見ようとしやがらねえっ」
 幸いというべきか、正義の味方陣営でサキちゃんの正体を察したのはその息子と夫だけだった。悪の結社側も、ボスらしいボスの姿しか、幸太以外は感知していない。
 つまり、正義陣営は、皆木サキとしてしか、悪の陣営は、白き女王としてしか、双方、一面からしか彼女を知らない。
 世界中で、からくりを知っているのは、京語と、その父親と、幸太のみ。
 内一名は、現実から目を逸らしている。
「はあああああああああ」
 二人のため息がはもった。
 クシャクシャと前髪を掻き毟り、幸太は口を開いた。
「こうなったら、二人で協力してうまく立ち回るしかない。その方が、一人であがくよりはマシなはずだ。互いに、お袋さんをそれとなく監視しつつ──」
 京語が頷く。
「双方の組織をたたき潰す」
「内部から緩やかに崩壊させていく必要性がある」
 椅子に放置してある鞄から、幸太はペットボトルを取り出した。キャップを外し、口につける。
 この際、ボスが正義の味方の母親である以上、セオリー通りの展開は通用しない。正義の味方は、敵を倒しました。では、終わらない。
 双方をほぼ同時に壊滅させるのがベストだ。
「あ……でも組織を潰したとしても、お袋さんの悪バージョン消えるんだろうな?」
「そのはずだ。今代のライダー戦争が終われば衝動も消える」
「で、まさか次の悪の総帥お前とか言わないよな?」
「んなの今はどうでもいい」
「そーだな」
 んな先のことまで考えてられっか、というのが本音である。
 京語が右手を差し出して来た。
「共同戦線だ。いいな?」
 幸太もガシッとその手を握った。堅い握手をかわす。
 ここに、悪の結社幹部、白き金と、レッドライダーの間に、同盟が完成した。
 仲よきことは美しきかな。
 
 
 つづく。
 
 
 次回予告表編 白き金VSレッドライダー
 悪の結社幹部期待のホープ『白き金』が、華麗に夜の街を舞う。迎え撃つはライダーのリーダー、レッドライダー。両者の勝敗の行方はいかにっ?
 
 次回予告裏編 白き金VS白き狼 レッドライダーVSブルーライダー
 レッドライダーと実は密約を結んでいる『白き金』。目的のために、ついに行動を開始した。嫌々ながら白い派手派手衣装に身を包み、狙うは幹部の一人、成瀬の失脚。レッドライダーが狙うは、仲間のブルーライダーの戦線離脱。腹の内で母体組織を裏切っている両者の思惑の行方はいかにっ?


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