第十一回 究極の選択 後半


 幸太は考えてみた。
 今現在の自分の地位。すなわち、『白き金』だ。そして、ブラックライダーの事を。
 そう悩む必要はなかった。
(ふ。ライダーよりは今の方が断然マシだろ。どう考えてみても。悩む必要もなかったな)
 一秒とかからなかった。
 即決だ。
 あえて主張するならば、どっちもイヤ、ぐらいで。
「あ、そうそう。『白き金』のままでいる場合は、当然ボンダラ様の主になってもらいますからね?」
「シャッキーン!」
「ヴえ? なんで?」
 いらないって。ボンダラは。
「シャキーン……」
 幸太の心の呟きを察した三本つららはしょんぼりしている。修子さんの命令によって、幸太たちがどんな大声を出しても周囲には聞こえないように密談体制は整えられているが、遠くからボンダラの様子を見守っていたショッ○ーたちがエールを送った。
「「「へーい!」」」
 がんば、つらら!
「シャキ……」
 そんなボンダラとショッ○ーたちの交流は、修子さんは完全にスルーだ。他二人もスルーだった。
「あら、だって、それがウチのしきたりだもの。江口家代々の。ボスを支え、怪人ボンダラを使役して悪の幹部として華麗に暗躍するの」
 ナニソレ。初耳すぎて唖然としている息子に対し、修子さんはどこまでも飄々としている。
「お前がとっくに結社に入っていたのは、さすがのわたくしも予想外だったわ。ちょっと忙しくて、お前を野放しにしていたから……把握力が低下していたわね……。いいえ、宿命かしら? きっと運命ね」
 ということは、だ。
「それはナンですか。おかーさま。ボクが今でも実家にいて、ごく普通の高校ライフを送っていたとしたら、おかーさまは問答無用でボクをここに、この結社に送り込んだと?」
「ええ」
 血も涙もないのかもしれない修子さんはさらりと頷く。
 幸太はほんのりと精神的にダメージを負った。
(ウチの母親って奴は……)
 なんでこうなんだ。京語はただただ深く、共感している。
(お前も……。真の意味での同志だったんだな)
(それ激しく嬉しくない)
「ボンダラ様を受け継ぐものが江口家の跡継ぎ。すなわち、一族の血統として連綿と続く、悪の幹部の座に就くことを意味するのよ? ご先祖様、恩義がかたいから……。繰り返すわ。ボンダラを使い、サキちゃんの家系のために働くの、ウチは。友として時に厳しく」
 ただし! と眼光を鋭くして修子さんは続けた。
「わたくしの希望としては、赤悪魔は除外よ。京語君もね……。赤悪魔の遺伝子だけ、身体から抜いてみる? 半分は文句ないのに……」
 無念そうに、修子さんは親友の息子を見つめている。京語はなにやら身の危険を感じた。親のせいで好かれつつ嫌われているような。
「い、いえ。遠慮しときます」
「そう……? ま、いいわ。幸太に話を戻すとしましょうか。『白き金』のままで、なおかつボンダラ様も受け継いでサキちゃんのために働く、で決定ね?」
 さっき、確か「わたくしの希望としては」なんて控えめな表現をしていたのは真っ赤な嘘か。
「おかーさま。ちなみにブラックライダーについても詳しい説明がボクは欲しいです。ボクのおとーさまは、もしかして」
 この期に及んでもまだ信じたくない幸太である。
「前のブラックライダーよ。ほら、正義の味方って基本的に家系でしょう? 悪のボス系と、ウチなんかも家系だけれど」
「……星になってねえじゃん……」
「聡さんとわたくしが星になっていたら、お前も美弥も産まれていませんよ?」
(そうなんだけど、こう、心情的には星になっていてもらいたかったような気も)
 ボンダラーナもブラックライダーも、こんな身近にいなくて良かった。
(しっかし、現状維持を選ぶとボンダラがついてくるのかよ……。それはなあ……。かといってライダーになることのメリットもさっっっっぱり思いつかん! めりっと……)
 幸太は必死に考えた。
(めりっと……)
 ボランティア。正義の味方。京語を見ているとすごく大変そう。
「…………」
(ヤな面しか思いつかないな……。あー、めりっと……と)
 世の中の役に立つ? 悪を倒すわけだから、使命感を持っている人間には天職だろう。住吉とか勝利とか。彼らはライダーになるべくして生まれてきた人材にしか見えない。世界を救うためにせっせっと働き蟻のように活動している。――役に立っているかは別として。
(けどなあ……。俺、使命感とかないしー)
 はっきり言って興味ない。誰か他の人がやっていてくれればオーケー。
(ライダーになるめりっと……ナイな)
 これっぽっちも。欠片も。むしろヤな側面しか思いつかない。改めて、幸太は京語の苦悩を思った。
(ライダーって、やりたくない奴には本当に苦行でしかないんだな。恐ろしい)
 明日から京語にはもっと親切にしよう。
 しかし、現状、京語よりも追い詰められている状況にあるのは幸太である。幸太は無意識に現実逃避している。
「そうね。どうしてあれで戦っているのか不思議よね、ライダーって。タダ働きだし。自分の生活サイクルを壊してまで世のため人のために戦うなんてお母さん、赤悪魔の気がしれなかったわ」
「おかーさま。その発言はいろいろと問」
「同感です」
 京語が感極まった様子で深く深く同意した。
「え? おい京語……」
「だってそうだろ! 正義のため! とか世界を救う! とか世のため人のためとかいうと聞こえはいいけどなっ」
 ぐっと京語は拳を握り締めた。相当キている。
「オレ個人の人生はどうなる! 生活ボロボロだぞ? ぼろぼろ。親があんなだから家出て一人暮らしだし、それなのにやっぱりライダーからは逃れられなかったし。なーんーでー! オレが感謝もされないのに見ず知らずの赤の他人たちのために正義のヒーローなんてもんをやらなくちゃいけないんだよ!」
 そりゃ家系だからだろ。
 真実を口にしては京語が荒れに荒れそうなので、幸太は黙して聞いている。第一、言ってしまったら幸太自身も身も蓋もないのだ。
(俺も血筋でブラックライダーで怪人ボンダラ使いかの二択だしな……。……………………。どっちもやだな……)
 幸太の心に木枯らしが吹いた。
「オレはまず自分の日常生活の確保をしたい! 自分をも救えない奴がどうして他人の世話ができるんだ? 本末転倒だろっ?」
「その通りね」
「そうですよ! ライダーなんてごめんだ! お前も止めといたほうがいいぞ!」
 京語と修子さんは意気投合している。
「いや、俺ももちろん嫌だけど、お前、今自分を全否定し」
「同意見なのね? 息子よ」
 京語の切なる叫びに納得している幸太に修子さんは満足げだ。
「そうでしょう、そうでしょう。ライダーになっても何のメリットもないものね。あなたたち、正しいわ。お母さん、もし幸太ちゃんが赤悪魔の仲間になったらどうしようかと……。さすがに実の息子の息の根をとめるのは少しばかり躊躇われるし」
 母の物騒な発言に、幸太は心の底からおののいた。やりかねない。やりかねないこの女なら。
(もしそうなったら、親父に間に入ってもらうしか? けど親父は元ブラックライダーだし?)
 ひとしきり叫び、スッキリした京語が懊悩する幸太の顔を見た。
(なあ……赤悪魔って、ウチの親父のことかな?)
 幸太もちょっと我に返った。
(該当する人ってそれぐらいじゃねえの? それよりも俺は息の根をとめる云々はもちろん『少しばかり』に突っ込みたい。少しだけなわけ?)
(親父……一体何をしてここまで嫌われて……)
(そーいや、住吉さんもブラックライダーの話してたっけ)
 内的会話をしているようで二人の思考はバラバラだ。
(ブラックライダーか。ぶらっくなんだよなあ……。親父)
 ちょっとは考えたことだったのに。もっとも、自分の母親がボンダラーナだとは露とも思っていなかったから、どうにもならないことには変わりないのだが。
(いやいや、もっと想像力を逞しくしていれば、ちょっと考えたあの時点で父親がブラックライダーだってことも確定事項にな)
「……んないな」
 どうしても父親とブラックライダーが確定となるまでには結びつかない。別に、この母親、江口修子がボンダラーナで元悪の結社幹部ということは、素直に、それこそ素直に受け止められる。疑う余地皆無。
「――そうか!」
 と、京語が突如、膝を叩いた。
「江口、お前はボンダラを継ぐべきだ。ああ、そうだ。そういうわけで、決定を祝してボンダラ連れてお前のお母さんのために新たな酒を買いに行こう。ぜひ行きたい? そうかそうだよな。じゃあ行くぞ。ボンダラビッチに店まで送ってもらおうだからつららも一緒にな。すいませんちょっと失礼します」
 酒に修子さんは大変弱い。
「あら? もしかして吟醸生大蛇?」
(京語……こいつ、何を企んで)
「いえ。吟醸黄金生大蛇」
 すかさず京語が言う。吟醸黄金生大蛇は、黄金がつくだけあって、価格はいたってリーズナブルだがマニアなら垂涎の一品だ。
「あれも大好物よ。いってらっしゃい」
 修子さんは見送り態勢に入った。修子さんも垂涎の一品なのだった。幸太のお母さんは、酒が絡むと思考能力が低下する。なんだかんだいって幸太がこれまでやってこれた一番大きな原因だ。


 幸太たちが向かった場所は、酒店ではなく、ショッ○ー専用控え室だった。
 ウキウキ気分の巨大つららにくっつくな! と怒鳴った幸太に、ドアを閉め、振り返った京語が放った言葉は。
「二足のわらじだ!」
 だった。
「――ハア?」
「シャキ?」
「お前、ちょーどいい。最適。抜群」
 幸太の正面に立って、両肩に手をのせる京語だった。
「……。……まさか」
 幸太もようやく理解した。
 二足のわらじの意味するところを。自分は今現在、ひっじょーに不本意だが『白き金』なわけで。選択次第では、ブラックライダーにもなれるらしい。
「ボンダラは受け継いで完全に『白き金』になり、一方ではブラックライダーになる。完璧だろ。両陣営をさっさとぶっつぶすためには最高の役回りだ。どっちにもなってどっちも裏切れ!」
「すげーこというな、お前」
「こっちにはそのままいればいいだけだし、現ブラックライダーの存在なんて知ったら、ウチの親は感涙してむせび泣いて歓迎することだろう。特に親父」
 想像できる。想像だけでうっとおしい気分になった。
「シャキーン……」
 ボンダラが何事かを呟いた。これ幸いと幸太が翻訳する。
「あの、あの江口修子がそんなこと、黙っているはずが……と言っている。それにな、世の中そんな甘くないぞ! ポライド反応俺あるし! 変身ツールなんかつけたら即バレだ」
「シャッキーン」
(……げ)
 巨大三本つららの言葉がわかってしまう幸太は、ボンダラの呟きに頬を引きつらせた。そして今度はわざと翻訳しなかった。が。
「そうか。ボンダラパワーでポライド反応はどうにかなるんだな。そもそもブラックライダーの血を引いてるしな」
「お前、このつららの言葉がわかんのかっ?」
 自分だけだと思っていたのに。しかし京語は真顔で否定した。
「わかるはずないだろ」
「んな?」
「そうだったらいいなー、って希望だ。その反応からするに現実だったみたいだな。良かった良かった問題解決だ。さあ、これで心置きなくブラックライダーになれる。ていうか、このままライダーになるためにはどっちみちボンダラは必要ってことだな。そうだな」
 京語は言い放った。
「さあ。今すぐとっととボンダラを継げ。お前のお袋さんがかぎつける前に! それしかないだろ! 二足のわらじだ。今がチャンスだぞ。それとも何か? 異論が? 文句が?」
「ありまくりだ! 俺の負担が重過ぎるぞ! 不公平だろーが!」
「不公平? オレだってあの親のもとに生まれときからすでに不公平にまみれてる!」
「俺だってなあ!」
 二人が不幸自慢に突入しかけたその時だった。ボンダラが叫んだ。
「シャキーンっ!!!」
 焦りと不安と緊張感に満ちた叫びだった。
「なに? 騙されたと気づいたお袋がこっちにむかってる? 主と自分は繋がってるから全部もろばれ? 繋がってんじゃねえよボンダラ!」
「シ、シャキーン……」
 ただでさえ緊迫感で溶け出していたつららはしょんぼりして、ダラダラ水を垂れ流している。
「こうなったら来られる前に継げ、さっさと!」
「方法わかんねえって!」
「聞け、つららに!」
「うおっ? 圧迫感が徐々に? 来てる来てる! 近いっ」
「だからさっさとっ」
 このまま、改造されているとはいえその他は普通な自分と、変身していない京語では怒れる修子には太刀打ちなど――。
「っておいっ」
 京語がプルプル震えている。雷にうたれたような表情だ。
「邪悪な波動を感じる……! 敵? 敵がっ! 変身しないとっ。いやダメだ。オレは変身なんかっ。くっ」
 ロッカーに走っていった京語を追いかけると、自分で捨てたはずの変身ツールを手に、己と戦っていた。
「こ、堪えろ! 京語! 確かにウチの親は邪悪で、今はきっとその邪悪さを隠していないが、お前、レッドライダーになんかなったらウチの親は容赦しないぞっ? しかも自分に向かってきたとあったら」
 はむかってくるものは全て倒す。それが江口修子だ。レッドライダーな京語には赤悪魔憎し補正が入って親友の息子であったとしても仏心など絶対出さない。
 そしてレッドライダーの、しかも完全モードになっちゃった京語はきっと若かりし頃の住吉にそっくりだ。
(血、血が流れる……!)
「て、敵、敵っ。敵敵敵敵敵敵! 変身!」
 スチャッ。衝動に負け、京語はツール起動。
(あー。変身しちゃったよ……)
「シャッキーン」
 あー、やっちゃった。
(やっちゃったじゃねーよ……ボンダラ)
 しかし、もらした感想はそっくりだ。
 京語は迎え撃つ体勢に入っている。
「回転稲妻キーッック!」
 控え室の扉が吹っ飛んだ。そこから入ってくるはずだった修子さんは、何故かほほほほほほほほほ、と笑いながらすでに室内に入っている。
(怖え。怖えよ。我が親ながら人間じゃねえ!)
「シャキーン」
 ボンダラ同意。
(でもウチの親の異常の最たる原因はお前だろ)
「シャキ」
 てへ。
(てへ、じゃないぞこのつららがっ!)
「チッ。さすが、この驚異的な邪悪オーラの持ち主だけある。一筋縄ではいかないようだな! しかし!」
 レッドライダーは決めポーズをとった。後で死ぬほど京語は後悔するだろう。恥ずかしさで。
「オレが倒す!」
 台詞も決まった。
 修子さんの眉がピクッとあがった。
「ああ! その姿! その口上! 赤悪魔そのものね……。腸がにえくりかえること……。お酒もないし……。吟醸黄金生大蛇の恨み。ふふふふふ。やっぱり赤悪魔の血だけ抜いてあげるとしましょう。ぞくぞくするわ」
「トゥ!」
 修子さんはボンダラパワーを用い、京語はライダーとしての力を用い、戦闘開始。
「シャキーン?」
 幸太はおいてけぼりだ。ボンダラも観戦している。
(……確か俺が『白き金』のままでいるか、ブラックライダーになるのかの話だったはずなんだが)
 何故に自分の母親と、たぶん友人がかなり本気戦闘を繰り広げているのだろうか。
「あのー、もっしもっし?」
「息子よ、まとめて倒されたくなかったら大人しくしていなさい」
「邪魔だ! 避難していないと巻き込まれるぞ!」
 控え室はすでに半壊している。会場で酔ってどんちゃん騒ぎをしているために、誰も駆けつけてこないのが不幸中の幸いだ。
(それはそれで組織としてはどうかとも思う)
 ロッカーに京語のキックがめり込み、避けた修子は必殺拳を放った。
(こりゃあ、どっちかが倒れないと終わらない、な……)
 もしくは、どちらかの力を削ぐか。
「……ボンダラ。どうやったらお前継いだことになるんだ」
「シャキ」
 訳。つららロシアンルーレット。
「…………」
 幸太はどっと疲れた。ついでに拡大する戦闘模様のせいで控え室が全壊した。
(あー、やってらんねえ)


 やあ皆! 久しぶりの妖精さんの時間だよ。ちょっと休暇とっててね! 心の洗濯さ! でも全然洗濯できてないんだアハハ!
 そんなもんさ!
 今回はつららロシアンルーレットについて説明するよ!
 ボンダラビッチにはつららが三本あるじゃない?
 真ん中がロシア産、右側が日本産、左側が日本とロシアの混合。
 アタリのつららを引いて氷を食べればもう主!
 え? 方法がやけに簡単? 食うだけじゃんって? 考えてもみなよ! こんな怪しい氷、食べる奴なんていないよ!
 それでね、ハズレを引くと……どうにかなっちゃうらしいよ! たぶん死ぬんじゃないかな!
 アタリのつららがどれかは代々秘密さ!
 でも恐ろしいことに、代々の当主たちはそれを勘でクリアしてきたらしいよ!
 只者じゃないね!
 そんじゃバーイ。
「適当に選んで食えばいいわけだな? 三本のうち一本のつららの氷成分一部を」
「シャッキーン!」
 元気よくボンダラが答える。
「トゥッ! ドラゴンキック!」
「ホホホホホホホ!」
 レッドライダーと修子さんが戦いながら幸太たちの脇を通り過ぎていった。
「…………」
 ある意味、二人がとても楽しそうに見えたのは、幸太が疲れているからだろう。
「はー。ハズレだとどうなるんだったけ? 死ぬ? え? 絶対大丈夫? 念を送るから? それを受け取れ? へいへい」
「シャッキーン」
「あー、はいはい左のつららね」
 主とボンダラの相性を試すためのものらしいが、すでにボンダラと会話ができている幸太には難しくもなんともなかった。
「俺にとってはロシアンルーレットじゃあないなあ、すでに」
 しかも最初からこれっぽっちもロシアンルーレットではない。
(ロシアンルーレットって言ったら、正式なのは拳銃使ったのだよな)
 なのにつらら選びか。
 ボンダラの左つららを少し削り、幸太は嫌々口に運んだ。
 しょっぱい。
「海水かこれ」
「シャキーン」
「へー」
 転覆したときに海水もまじったせいらしい。
「――しかし、俺にはなんの変化もないぞ?」
(全然継いだっていう実感は……)
 ないが。もはやバックミュージックと化していた「とうっ。なんたらキーック!」やら、「ほほほほほほほ」という妖怪さながらの哄笑がやんでいる。
 静かになり、また結社の施設崩壊も食い止められて大変喜ばしい事態だ。
 二メートルほど離れて対峙していた修子さんとレッドライダーは戦闘態勢を解除していた。
「むっ? 邪悪パワーが消えた? 敵ではない?」
「あら。ボンダラ様の力が移動したみたい? せいせいしたわね」
「シャキ!」
「あらあら。ボンダラ様喜んじゃって。わたくしの支配下から離れてとっても嬉しいのねえ。でもこれでわたくしの肩の荷もようやくおりたわ。あとはよろしくね、幸太」
 修子さんは清々した面持ちだ。戦闘の際の髪の乱れをなおしている。着物から埃を払った。
「これでわたくしも一般人ね……。感覚が戻るのには時間がかかりそうだわ」
(なんか、やけにあっさり? もっとこう)
 こう、ないのか。
「……あのおかーさま。怒ってらっしゃらないんでしょうか」
 修子さんは清々しさに満ちまくっている。
「おかしなことを言うのですね、幸太さん。わたくしは常に菩薩のように穏やかですよ」
 嘘付け鬼婆。
(は? しまった? いつもならここで攻撃が)
 来なかった。両手を突き出し前をかばった幸太は、何事もおこらないので疑問の目で実母を見やる。
「なんとなく、あなたが何を考えたのか読めないけれどわかったわ」
 しかし、修子さんは不穏な呟きをもらしたのみだ。
「こういう時に、心を読めなかったり思う存分制裁を加えられないのは不便ねえ……」
「てことは、本当に俺はこの巨大三本つらら怪人の主に?」
「そうよ」
「で、ボンダラに未練なんかは……」
「ないわね。まったく。これっぽっちも」
「シ、シャキッ」
 ひどい元主だったとはいえ、こうもきっぱり言われるとボンダラも大ショックだ。
「わたくしもねえ、嫌で嫌でたまらなかったのよ、継承。でもほら、あの当時、わたくしは一人娘だったから拒否のしようもなく。おまけにあの婆、あ、お祖母さんの事よ? わたくしが主になった後も忠実であるようにと、余計なしばりまで加えて……。そうでなければ、どうしてこのわたくしが先祖代々であろうが、何者かの下になどつくものですか。結果的にはサキちゃんと出会えたし、それは良かったのだけれど。お祖母さんもひいお祖母さんに同じことをされたみたいで、まったく子供にも同じ嫌がらせをするなんてねえ」
「しば、り」
「ああ、安心なさい。わたくしはそんなものつけないから。好きになさいな」
「え、じゃあ、ほら、幹部とか、ブラックライダー、とか」
「どっちでもいいんじゃないかしらね?」
「さっきまでの発言は」
「しばりによって、しきたりに忠実であろうとするがために言っていたことよ。ボンダラがわたくしから離れた今は、オールオッケーよ。だってもともと正義と悪の戦いなんて、興味ないほうだもの、わたくし」
(さすが俺の親だ。やっぱ血、繋がってんだなあ)
「……ブラックライダーもやるなら、お前のお父さんに変身ツールをもらいなさい。まだ持ってるはずだから。二足のわらじね……」
 修子さんは不自然に親切だ。
「おかーさま」
「何かしら」
「楽しんでるだろ」
「もちろんよ? ところで」
 母親の視線の先には、部屋の隅に膝を抱えて座っている京語の姿があった。変身は解いている。
「オレは、オレはまた。また新たな恥をっ?」
「あの子、どうにかしたら?」
「あー」
 ああなってしまったら京語は長いのだった。


 四日後、コンビニの休憩室兼控え室。幸太と京語は、顔を突き合わせ、ため息をついた。つまみのポテトチップスを時折パリパリやりながら、頬杖をついてだるそうに話す。
「だるいな」
「だるいな……」
 同期のバイトが恐れをなして、入って来れないぐらいに、室内には哀愁の空気が立ち込めていた。テーブルには、二個の腕時計が安置されている。一個はブラックライダー専用変身ツールだ。幸太はそれを指で弾いた。
 二個目、レッドライダー専用変身ツールを今度は京語が憎しみを込めて叩いた。
「オレはもう末期だ……。ダメなんだ……! 身についた習性が! 訓練して大丈夫になったと思っていたのに一日に二回も! 二回も変身するなんてっ? この世の終わりだっ?」
「ウチは、親父からさっそくこの変身ツール送られてきてさ。話がどう伝わったんだか……。ハハ。住吉さんにも連絡いったって? 親父から。ハハ、ハ……。へんしーん、だ。はは。ボンダラも結局セットで。親からのいらない遺産ばっかり受けついじまったよ」
 すうっと、消えていた巨大三本つららが姿を現した。ひんやりとした冷気が流れる。
「シ」
 ャキーンとボンダラは言い終えることが出来なかった。すかさず幸太が躾けたからだ。
「そこ! 出るな! 気配を感じさせるな、鳴くな、異空間に消えてろ!」
 哀しげなオーラを漂わせて、ボンダラは幸太に従った。見かねた京語が口を添えた。
「江口……つららが可哀相だろ? 飼い主なら優しくしてやれよ」
「ならのしつけてくれてやる」
「いらない」
「…………」
「…………」
「だいたいな、お前があの時ウチの親と戦いだしたりするから」
「邪悪だったんだ! 仕方ないだろ。あれはまぎれもなく本性を現した敵そのものだった。幹部たちが会場にいてもオレのセンサーは反応しなかったのに! 強力すぎた……」
「俺の母親は妖怪なんだよきっと」
「ほほほほほほほ、だもんな……」
 また深いため息を、二人はついた。テーブルの中央では、二個の腕時計が燦然と存在感を放っている。
「――聞いたか。歓迎スケジュール。親父、新ブラックライダーを迎える気まんまんだぞ」
「聞いた。念押しされた。それにウチの親父な、実は俺にブラックライダーになって欲しかったらしい……」
 江口修子は二日前、晴れやかに観光をした後に帰っていった。ボンダラを置いて。
 そして今朝、指定便でアパートに変身ツールが届き、即座に実家に電話した幸太だ。差出人は父親だった。妹が出たのですぐ父親にかわってもらった。
「『修子さんから聞いたよ。お前、ブラックライダーもやるんだって? 頑張れ。応援してるからな』だとさ。近々そっちに行く、とも言ってきた」
 応援のしどころが全然違う。来なくてもいい。京語が疲れきった笑みを浮かべた。
「所詮、同じ穴の狢か……ここまでくると呪いだな」
「呪いだな。はやいとこ断ち切るぞ」
 特に幸太はもはや認定されてしまったブラックライダーの役をさっさと降りたい。とっても降りたい。一回変身したのだが、あれヤバイ。口ではうまく言えないがとってもヤバイ。
「当然だ。親世代からの因縁なんて斬る! うまく立ち回ってどっちも裏切れよ江口!」
「こうなりゃやけだからな!」
 ガシッと幸太と京語はかたく、新たな握手をかわした。
 幸太、一人二役裏切り生活スタート。巨大三本つららのオプション付き。
「それじゃあさっそく明日親父主催の『正義ライダーの会』あるから」
「…………」
 さっそく幸太は挫折しそうになった。

 


                           つづく?


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