第十回 究極の選択、前半


「ところで息子よ。下っ端だと思ったら、聞いた所によると幹部らしいわね? お母さん、鼻が高いわ」
 折れ、そんなもん。
「ああら? 今、不穏な心の呟きがどこからともなく響いてきたわ。わたくしの幻聴かしらね?」
 修子は菩薩のような微笑を浮かべているが、息子にそれとなく圧力をかけている。シャキーン、とそそっとボンダラは幸太に擦り寄った。
「こらっ。寄るな! ボンダラっ」
「シ、シャキーン……」
 すげなく拒否され、つららからボッタボッタと溶けた氷成分が滴り落ちる。
「へーい!」
「へーい? へーいっ!」
 幸太を指差しで構成員たちから非難の声が続出した。ボンダラを慰めている。
「邪険にするの、よくないよー。君、好かれてるんだから」
 雑用で走り回っていたはずの、ノラン君まで。
 そりゃ、ないよ。ていうか。
(ていうか、皆さ……お前らさ……)
 何故巨大三本つららが生き物のごとく動き、鳴き声まであげていることに突っ込まない。
 構成員たちはボンダラにお手をしたり、ベタベタ触ったりしている。
「シ、シャキ?」
 なんだか黒タイツに仮面姿の人間に囲まれ、フレンドリーに対応されているボンダラビッチは人生初の経験に戸惑っている。
「へーい? へーい!」
「へーい。へいへいへい?」
「へーい……。へーい……」
 訳。これってさ、新しい怪人? おどおどしてる!
 訳。前のはお花星人だっけ。巨大ラフレシアみたいなー。あれ役立たずで参ったよね。このつららはどっかなー。冷たー。
 訳。なんか、このつらら、可愛い……。ラブ……。
「シ、シャキ……」
 巨大三本つららは照れている。珍しいことに、溶けるのではなく、逆に氷の張り具合が良くなっている。
 幸太はぶんぶんと首を横に振った。
「お前ら、ぜってえオカシイって! つららだぞ? つらら!」
「「「「「へーい」」」」」
 んなの、みりゃわかるよ。
 はもって仲間から返され、幸太は言葉を失った。修子さんが一連のやり取りを見、口元に手をあて、ほほ、と微笑む。
「まあまあ。ボンダラ様、大人気ね。ほら幸太。お前も皆さんのようにボンダラ様を受け入れなさいな。お役立ちよ」
 こうなったら、京語が頼みの綱だ。と救いを求めて姿を探すと、ショッ○ースタイルのレッドライダーは、ボンダラを囲む会の仲間になってしまっていた。ぎこちなく、へーい、を連発している。和気あいあい。
 京語もある意味、現実逃避をしているのだ。ジョッリーナな母親との対面は、キツいらしい。すぐ近くにいるから。
(母親よりはつららのほうがマシなのかよ! それでいいのかっ? っ。あいつもダメだっ!)
「いい加減、そろそろ観念しなさいな、息子よ」
 スーハー。幸太は深呼吸してみた。母親と会話する時は、まず平常心だ。つい思ったこと、たとえば。産んでくれたことは感謝してるけど、俺はもっとまともな母親が欲しかった、とか。この妖怪変化、とか。若作りババア、とか。などを口にするどころか、思っただけでも我が身が危うかったりする。なんせ相手は人間離れしているからして。
(……あ)
 思ってしまった。
「…………」
 母と息子の間の気温が、一瞬氷点下にまで下がった。凍りついた空気を緩和すべく、幸太はわざとらしく咳払いした。目線は泳いでいる。こうなったら、他人の振りをするしかない。
「えー。お初にお目にかかります。私は『白き金』と申します。断じて幸太などという人間ではありませんです、はい」
 別人です、と主張してみた。
「まあ。その声で、背格好で? ボンダラ様に好かれているのに? ボンダラ様。この中に幸太がいるはずなんですけれど、いたら隣に移動してくださいな」
「シャキーン」
 ボンダラは飛んできた。白き金衣装な幸太の隣にバッチリと。構成員たちから拍手があがる。へーい語だが、「忠つらら物語!」などとほざいている。
「ほら。やっぱりあなたが幸太なのは明らかでしょう? まったく、往生際の悪い」
「……おかーさま。こんな所まで乗り込んでくるのはやり過ぎだとボクは思います。ここは、あー、ボクのバイト先でして。バイト先に迷惑が……」
「大丈夫よ。わたくし、ゲストだから」
「――は?」
 幻聴だ。幻聴だろう。
「おかーさま。雑音がうるさくてなんか、間違った風に聞こえてしまったんですけど」
 会場内を、色とりどりのカラーライトが乱舞した。バックミュージックも流れている。いつの間にか配置についていた構成員が、シンバルやらドラムやらで効果音を鳴らしている。指揮をとっているのはノラン君だ。給料のために頑張っている。そんな場合じゃないが、幸太は感心した。
(プロフェッショナルだよな。ノラン君は。勤勉だし、きっと国に戻ったら大成する)
 と、ステージに、パワーアップしたお姿のボスが登場した。京語は恥ずかしくて耐えられなくなったのか、さっと顔を逸らした。
「お前たち、よくお聞き!」
 ボスが叫ぶ。で、くるりと一回転。幹部たちも、めんどくさそうに舞台上にひかえている。
「彼女が親友にして、かつての幹部のボンダラーナよ! 皆拍手!」
 修子さんに、どぎつい紫色のスポットライトがあたった。不気味だ。構成員たちは、ほけーっとしているが、幹部たちには驚愕の色が走った。
「ま、まさかあの?」
「あの! 私、お会いしたかったんです!」
 小巻が何の魔法がサイン色紙をどこぞから取り出し、修子さんの前に色紙とマジックペンを差し出した。
「尊敬してます! お噂はかねがね!」
「あ! 俺もお願いします!」
 成瀬まで。
「ほほ……」
 ファンを前に、修子さんは所望されるまま、サインを書いてやっている。
(マジか……)
 マジだ。
 幸太は、よろめいた。めまいがする。ぶったおれかけた。支えたのは忠つららボンダラビッチだ。
「シャキーン?」
 元気出せよ、と言っている。普段ならありえないことだが、幸太はつららの助けをかりて踏ん張った。
 ボンダラーナ。それは、前代幹部の名前だ。裏の女実力者。幹部になると、結社の極秘歴史も叩き込まれる。前回、どんな風に結社がやっつけられてしまったのか学んで、今代に活かしましょう、ということらしい。
 でも当然幸太はそんなもんを覚える気はさらさら、これっぽっちもなく、右耳から左耳へ垂れ流し、資料も流し見していただけだ。
 しかし、覚える気がなくても、記憶の隅に残ることもある。
(え? ちょっと待てよ? 思い出してきたぞ? ボンダラーナってのは、確か敵とデキてて……? そのデキた相手のライダーと相撃ちになったんじゃなかったけ? 二人はお星さまになりました……。星になってねえっ? 生きてるし俺の親あああああっ?)
 聞いてないよ、そんなの。
「事実というものはね、いくらでも改ざんできるものなのよ、幸太ちゃん」
 幸太は耳を塞いでいる。
(ボンダラーナとデキてたライダー……。何色ライダーだったっけ。おーもーいーだーせー、俺。白、緑、ピンク、どれも違う。赤…は住吉さんで今は京語……。他の色……イロ……いろ……)
「ぶらっく……」
 何だろう。考えたくない想像をしてしまいそいうになって、幸太はそこで止めておくことにした。だが止めきれない。
(母親と、父親……)
 いや。いやいやいやいやいや。
(母親はともかく、父親はまともだったんだ。昔からウチの家庭は。一般常識人で。だってライダーっていったら、言ったらなんだが皆どこか一本突き抜けてるっていうか)
 父親だけは、普通だったのに。嘘だろ。マジか。俺は信じないぞ。
 幸太は苦悩している。
 そんな幸太に、白いスポットがあたった。
「白き金は、修子ちゃ……ボンダラーナの息子よ! いわばサラブレッド。二人に拍手!」
 おー、と湧き上がる拍手。
 余計なことしないでくれよ、サキさん。
 が正直な幸太の気持ちだった。気の毒そうな視線が伝わってくる。たぶん京語だ。
(息子なら止めやがれ)
(ムリ)
 幸太と京語。二人の間では、視線会話という芸当まで交わされている。
(お・前・は、サキさんを連れ戻しに来たんだろうが!)
(予定は未定だ。お前、あの状態のアレにオレに近づけてってのか? 断固拒否する)
(っ。京語のバーカ。バーカ! お前の母ちゃんジョッリーナ!)
(なっ。いつの時代の文句だ! オレに八つ当たりすんな)
(さっきは俺に八つ当たりしたくせに棚上げしてるなっ?)
「丸聞こえよ、二人とも。仲が良いのねえ」
 ファンたちをうまくあしらい、何故か酒の一升瓶を抱えた修子さんが微笑ましそうに割り込む。
 子世代息子二人組は、顔を見合わせた。
(オレら……声出してない、よな?)
 京語の心の問いに、幸太はふ、と首を横に振った。
(出してないさ。でもな、声出してるとか出してないとか言う次元の問題じゃない、すでに。俺の母親にとっては)
(……そうなんだ?)
(うん)
 幸太と京語の、規格外の親を持っちゃったよ、な連帯感が強まった瞬間だった。
「今日は無礼講よ! ボンダラーナを歓迎して飲みなさい!」
「「「「「「「「「「へーいっ!!!!」」」」」」」」」」
 缶ビールを高く掲げて、ショッ○ーたちは喜んだ。ちなみに、ショッ○ーはほとんど皆成人している。ビールシャワーやら、揃えられた酒が惜しげもなく消費されていく。
「ああ……。お酒って最高ね」
 修子さんは悦に入っている。
(酒必須だったのは、ウチの母親のせいかよ……)
 未成年なので素面なままの幸太は、もう、どうしていいんだか。驚いたやら哀しいやら。
「うーん。ヨッちゃーん」
 真っ先にジョッリーナがアルコールに酔っている。ふらふらと千鳥足だ。これまた素面の京語がはあー、と深いため息をつく。
「お袋、下戸のくせに……」
「『三秒でねむ〜る!』いらなかったな。今なら回収できんじゃねえの。連れて帰れよ」
 幹部は幹部で適当にやってるし、ボスは酔いつぶれているし、ショッ○ーたちはつららを囲んで遊んだり酒を飲んだり、演奏部隊は演奏しているし、もはや何でもありだ。
「そーだな。行ってくる」
 京語はスタスタと母親に近づいていった。
「へーい」
 と、完全にショッ○ーになりきっている。
「今日のお夕飯、何にしようかな……」
「親父は野菜炒めがいいって言ってたぞ」
「そーお? まるさんスーパーで特売の野菜買いに行かなきゃ……」
「はいはい。そのためにも帰ろうな」
 ボスと一人の構成員が会場から姿を消しても、気にもされないのは、悪の結社としてはどうなのだろう。いいけど。
(ざる運営だよな、ここ)
「俺もついでに帰」
「それはダメよ。幸太ちゃん」
 背後に恐怖の気配が。
 ――酒に気をとられていると思ったのに。


(で、なんでオレまで?)
(俺が知るかよ)
「すごい仮装だねえ、お兄ちゃん!」
 などと感想をもらされつつ、京語はタクシーを呼び、母親を乗せた。そこで、幸太の携帯が鳴り、修子に呼び出されたのだ。本音としては、きっちりと母親を(ボスモードでまた結社に戻ってこないように)家まで送り届けたかったのだが、断ったらあとが怖そうだ、と本能で察知した。よって、家にいる勝利にあとは任せることにして、こうして幸太といるわけだ。
「まず、ボンダラビッチ様について、お前に本当のことを話しておきましょう」
 会場内に畳座敷を作り上げさせた修子さんは、そこに幸太と京語を座らせ、自らも正座して語り始めた。聞いているほう、特に京語はちんぷんかんぷんだ。
「ボンダラビッチ様は、日本とロシアのハーフなの。ロシア産の氷が原料よ。怪人をつくる際に、ご先祖様が樺太探検時についでにロシアに渡って日本へと持ち帰った記念の氷細工をシャレで使ってみたの。それが溶けてつららに。つららの息子ね。ちなみに三本つららのうち、真ん中がロシア産、右側が日本産、左側が日本とロシアの混合よ。溶けた上に合体しちゃって」
「シャキーン!」
 おお懐かしのロシヤ。ボンダラは母国に思いを馳せた。
「江戸時代からワールドワイドな家だな、お前んとこ」
「何故に持ち帰るのが氷なんだ? せっかくロシアまで行っておいて! しかもシャレ? シャレでできたのかこいつ?」
 話題渦中のボンダラビッチは何だか嬉しそうだ。
「あら、シャレだけど最高傑作なのよ。はじめは見事な氷細工だったし。ただ、帰りは船が難破して漂流してしまったからよ。その頃はボンダラもただの氷だったから……。けれど、さすがは江口家のご先祖様、生き残って北海道の港にたどり着いたわ」
「シャッキーンっ」
「昔っから耳にタコができそうなほど聞かされていた守り神云々の話は」
「嘘に決まってるでしょう? 信じていたのはお前だけよ。美弥なんてはなから信じていなかったのに。少しは疑いの心を持ちなさい」
「…………」
 こんな親、キライだ。京語の同情と共感の視線を感じる。
(まあ、強く生きろ)
(……ムリかもしんない)
「それでね、一応確認しておくわね。このまま白き金でいるのと、ブラックライダーになって、そちらの京語君と一緒にあの赤悪魔側に回るのと、どっちがいいかしら?」
「………………………」
 どっちもイヤです。おかーさま。
(えーっと。なんとなく事情わかってきたけど、まあ、強く生きろよ)
(京語。お前、他人事だと思ってるだろ?)
(うん。はっきり言ってオレよりヘビーだわ、お前)
 苦労性の京語のコメントだからこそ、グサッと幸太の繊細なハートに突き刺さった。


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