第九回 母親たちは親友同士、親と子の再会


「ひさしぶりね! 修子ちゃん! ずっと音沙汰なしだったけど夢でも会えるなんて嬉しいわ! 歓迎会の準備も万端よ!」
 ぴゅう! 開始早々妖精さんのじっかんだよー。
 あー、辛。じゃなかったあ。えっと、説明、ていうか確認ー。サキちゃんはボスモードの時は夢だと思ってるから、こういう発言になるんだよー。
 んで、なんでそれで平然と修子さんが疑問にも思わず聞き流しているかというとそれはあ。
 …………。
 ……。うん、この……の時間に語りきれない凝縮された念がね。あは。身の危険を感じたから帰るねー。ばーい。妖精さんはつっらいなー。チクショー。
「ひさしぶりね、サキちゃん。今はジョッリーナかしら?」
 妖精さんに凝縮された念を放った張本人は妖精さんの登場を知りながらも完全スルーだ。
「あら、それを言うなら修子ちゃんだって。ボンダラ使いのボンダラーナ?」
「昔の名ね。その最悪なセンスの名前、先祖を呪ったわ。代々同名襲名なんて。呼んでいいのはサキちゃんと夫ぐらいよ」
「私以外に呼ばれると、修子ちゃんったら相手に容赦ない制裁を加えたものね」
「特にあの赤悪魔にね。あのピーに」
「赤悪魔でもピーでもなくて、ヨッちゃんよ」
「あら、ピーにも名前なんてあったのねえ。忘れてたわ」
 ふふふふふ、と朗らかに子持ち主婦の二人は笑いあった。サキちゃんはジョリホイ衣装でボスモード全開だ。趣味も好みも正反対だが、馬の合う二人だ。
 並び立っているとその異様な存在感に一般人はきっと目を逸らすことだろう。
「ああ、そうそう。はい、これ。サキちゃんにも一応見せておくわね。サキちゃんが息子さんに頼んだものでしょう? ――ボンダラビッチ様。出してくださいな」
 命令と同時に、修子さんの腕の中に、吟醸生大蛇の酒瓶が現れた。
「まあ。夢でも私ったら京話におつかいたのんだのね。でもどうして修子ちゃんが?」
 お上品に修子さんは満面の笑みをたたえて言い放った。
「それはね、かくかくしかじかよ」
 ジョッリーナは、ほほほほ、と高笑いをした。
「かくかくしかじかなのね!」
「……サキちゃんは、あっちモードなると少し人格が変わるわねえ……。強制覚醒させた後遺症かしら? ボスとの約束通りにしたのに、となると微調整が……。しくじったのかしら、ボンダラ……」
 微調整が、の下りで別空間に待機中の巨大三本つららはビクゥっと自身の氷から水滴を滴らせはじめた。失敗じゃないよ? 微調整もしたよ! と訴えている。
「……。まあ、いいわ」
 ボンダラはふぅーと氷成分をペキパキさせた。
「どうしたの? 修子ちゃん」
「たいしたことじゃないわ。それより、私のお酒の好みを覚えていてくれて嬉しいわ。わたくし、お酒は全部好きだけれど。さすがわたくしの認めた親友ね」
「そんな、前回では共に戦った仲間じゃないの。そんな親友の修子ちゃんの好みを私が忘れるわけじゃない」
「そうね……嬉しいわ。だけどサキちゃん、まだあの赤悪魔と別れていないのね」
「赤悪魔じゃなくてヨッちゃんよ。修子ちゃんこそ、まだヨッちゃんが嫌いなの」
「視界に入れたら即デリートしてしまいたい程。むしろ空気を吸っていて存在して欲しくないわね。サキちゃんは親友だけれど……男の好みだけは別ね」
 あの暑苦しい勘違い正義アホとサキちゃんが結婚するなんて、何度赤悪魔の息の根を止めてやろうかと思ったか……。
 親友の気持ちを思い遣り、詳細な罵倒を修子さんは避けた。
(サキちゃんが止めるから結局未遂だったけれど……。このわたくしが後悔なんてものをするなんて……。だいたい、赤悪魔とサキちゃんが恋仲にならなければ、わたくしたちが勝利していたのに……惜しいわね)
「修子ちゃんだって、ブラックライダーと結婚したでしょう?」
「それは別よ。そう……いけない。わたくしとしたことが、つい」
(熱血赤悪魔の話題だと熱くなるのよねえ……たぎるような殺意がどこからともなく。天敵というやつかしら?)
 その頃、住吉は会社で盛大なクシャミをし、悪寒を感じていた。
「話を戻しましょう。わざわざ訪ねてきたのは、息子のことなの」
「幸太くんの?」
「ええ」
 その後しばらく、秘密の交渉が続いた。
「あら、そうだったの」とか「ええ、そう。だからとっくに」やら、「なら、あとはボンダラ様だけね」など。
 そして二人の間でとんとん拍子に話が進み、
「こき使ってあげてね」
 との修子さんの言葉で締めくくられた。
 どっかの誰かさんは自分の知らない所で今後の人生を左右しかねない事柄を勝手に決定されてしまっている。

 


「……。プッ」
「……。いっとくけど、お前の母親の趣味だからな? それを忘れるなよ」
 京語に笑われた幸太は、しっかりと釘をさした。一転、京語が苦悩の表情となる。ショッ○ー仮面のせいで生憎外には現れていないが。
「お前、イヤな事をまざまざと気づかせてくれるな……」
「着てる俺がもっと悲惨だということにも気づけ」
 幸太は本来の地位、白き金用の衣装に身を包んでいた。すなわち、白マント。白いシルクハット。白スーツ。顔面全体を覆う薄笑い仮面。
「アレだな……。お袋がはまってる冥迷探偵『デッスー』の。まんまだな……。いや、オリジナルが劣化したっていうのが正しいか」
「『プリンス戦隊ゴーゴーゴー』よりは、『デッスー』だろ……」
 マントをつまみ、幸太ははらりと布地を落とした。マントがふわっと広がる。なんだか空しくなった。
「オレもどの底辺をとるかと選択を迫られればまだ『デッスー』だ。かぼちゃパンツはちょっと」
「ああ。かぼちゃパンツはちょっとな……」
 白き金と、ショッ○ースタイルなレッドライダーは頷きあった。
 ようっせいっさんのじっかんですー。あー。だっるー。
 ……ハッ? ……。仕切りなおして解説するヨ! 冥迷探偵『デッスー』はAAAテレビで毎週火曜夕方六時から放送中の推理アニメさ! デッスーは死神なんだ。真っ白衣装、手に持った鎌で殺された人の魂を刈り取りつつ、その無念を汲み取って犯人を暴くっ。ていうか犯人の魂を刈り取っちゃう。刈り取られた人は当然ダーイ。でもたまに間違って善人の魂を刈り取っちゃうお茶目な奴なのさー。結構シュールダーク系アニメ? 親御さんたちからクレーム殺到、話題沸騰中のアニメなんだよー。わかった? じゃねー。はー。やばかった……。減給……。
「今、なんかその辺を飛んでいかなかったか?」
 幸太はキョロキョロと室内を見回した。
「いや、オレにはなんにも」
 ボンダラに好かれているだけあって、幸太は何気に人外の気配に敏感だったりする。遭遇回数が多いなら、なおさらだ。
「そーいえばさ」
 京語は缶ビールを手に疑問を口にした。なんでも、歓迎会の主役のためにショッ○ー全員でビールシャワーをするのだそうだ。なんだソレ。
「歓迎会って誰来るんだ? お袋の知り合い?」
 妖精さんの気配がまだ引っかかっていた幸太が我に返る。『デッスー』に似せた薄笑い仮面が京語を凝視した。ちょっと京語はイヤな気分だ。はっきり言って『デッスー』仮面は不気味だ。
「それ、俺も知らないわ。ノラン君なら知ってんのかも。サキさんの交友関係なんてしらねえし。白き刃関係での誰か?」
 ノラン君は会場に一足先に向かっている。これから幸太と京語も合流予定だ。
「午前中に誰かと電話ならしてたな、お袋。その人かも」
「じゃその人じゃねえの? しかし親が電話してたのなんてよく覚えてるな、お前。……そろそろ行かないと。イヤだけど。行くか」
 幸太はショッ○ー専用共同控え室を出た。結社廊下を、二人は歩く。全然違和感はない。片方はレッドライダーなのに。ちなみに京語は、変身ツールの腕時計は、ショッ○ースーツを上に着るとその部分だけが盛り上がって目立つので、ロッカーに捨てて来ている。住吉は泣くだろう。もう泣いているかもしれない。
 本気で捨てそうなので、後でちゃんと渡しておかないとな、と幸太は思っている。
「今朝のは特別だったんだよ。珍しく、あの親父が怯えてた」
「へえー。あのうっとおし……熱い親父さんがか」
「お前、そこまで言っといて言い直す意味もないぞ。実際うっとおしいからな」
 京語は遠い目をしている。親関係の事となると、遠い目をする確率が増える京語だ。
(不憫な奴め。どこが不憫かって、実際うっとおしいところだな。本気で)
「お袋が電話している最中は、まるで何かの気配を察知したかのように怯えまくってた。一人戦闘まで始めていた。敵か? 敵か? 来い! 相手をする! とかな。お袋が電話切ってリビングに戻ってきたらまたフツーにバカップルやってたけど」
「――本格的にビョーキ? 親父さん」
 深刻そうに京語は頷く。だがスタイルはショッ○ーなので仕草はどこかコミカルだ。
「……ここは息子のオレが、病院、連れていってやるべきかな。あんなんでも親だしな」
「うまくオブラートに包んで医者に診せる必要があるぞ」
「そこが問題だよな」
 住吉は息子世代に病気認定されている。会社での休日出勤な住吉はさっきからクシャミが止まらず部下から「風邪ですか?」などと声をかけられていた。
「オレは親父だけじゃなく、ついでにお袋も医者に連れていきたい気分だ」
 うんうんと幸太は頷く。
「それさー。ちょっと疑問だよな。いくら血統で悪の衝動っつってもさ、なんか、無理やりじゃねえ? 実は明確なきっかけとかあったりしてな」
「実は黒幕がいたとかか? でもいないだろ? お前、幹部なんだから人員把握してるんだろ?」
「幹部とかイヤなこと言うな。けどアジトに出勤してきてなくてもさ、テレビシリーズでたまにあるだろー。普段は全然別のところにいる、指南役みたいな。実は最強っての」
「あー。いるな、たまに。そういうやつ。ウチのほうもそういうのあんのかも。てかいたっぽい。親父世代でいうとブラックライダーだな。今いないけど」
 二人は押し黙った。幸太がポツリと言う。
「最強黒幕。いたら、ヤだな」
「オレもブラックライダーいたら、ヤだな」
 京語も顎をひく。
 ついで、ははは、と笑いあった。互いの肩を叩き合う。
「て、いるわけねえって」
「だよなー。親父にみせられたライダーシリーズでも戦隊シリーズでもそうある展開じゃないって」
 ありえない。ありえない。
 息子たちは一つの想像を笑い飛ばした。
 まだまだ息子たちは甘かった。
 そんな話をしているうちに、会場前に到着した。ショッ○ーたちがへーい、へーいと働き回っている。幸太と京語にも挨拶してきた。幸太はもちろん、京語もどもり気味の「へ、へーい」で返事をしていた。
「じゃ、打ち合わせ通りでいくぞ」
 ノラン君退場後、控え室で幸太たちは話しあっていた。会場でボスが登場したら、幸太が幹部としてサキちゃんを離れた場所に呼び出し、正義陣営開発の『三秒でねむ〜る!』薬を混入した酒を勧める。眠った母親を京語が背負い、タクシーを呼んで帰宅、と。
 説明しよう! 『三秒でねむ〜る』、それは言葉の通り。飲んで三秒後には死んだように眠ってしまう! 非合法スレスレの薬なのだ! スレスレであって非合法ではない。ちなみに白き刃にも似たような薬はあって『五秒であの〜よ』。こっちはバリバリ非合法。でも一粒しかないので使用厳禁! 使うのもったいないからね! 大事な場面までとっておこう。ただし、とっておきすぎて使用ポイントを過ぎてしまう、それが『五秒であの〜よ』。
 妖精さんが現在ストライキのため、自動テープでの解説でした。
 今度はなんか変なのが流れたような……? と眉をひそめつつ、幸太は扉の取っ手に手をかけた。重厚な扉が開く。
 そして会場からは冷気が――。
(冷気……?)
「シャッキーンッッッ!!!」
「うげっ」
 ボンダラビッチ、幸太と感動の再会。主からの許しもあるので姿は皆に見えている。
「感動じゃねえ! なんでお前がここにっ」
 ボンダラがいるということは、当然。
「あらあらあらあら。期待通りの反応でわたくし、とっても満足よ」
「巨大三本つららがいるよ、何これ、とかより、ここ、寒い……。クーラー効きすぎ」
 幸太の動揺をよそに、腕をさすり、京語が呟く。
「「「「へーい」」」」
 構成員たちも同感だ。
「シャ、シャキーン……」
 しょんぼりしたボンダラビッチは慌てて冷気をおさえてみた。
 過ごしやすい室温になった。


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