第八回 レッドライダー、ショッ○ーに扮する、そして再会半歩手前


「へーい、へーい!」
「へいへい」
「へーい?」
「へーい、へーい?」
 ショッ○ーたちは、とある事象を観戦しながら、へーい語でひそひそ会話をしていた。上司の使いっぱしりで外へ出ようとした一人が、他の仲間を呼び寄せた結果だ。皆かったるくて歓迎会設営をさぼりたかったので喜んで招きよせられた。
「へー、い!」
「へーい!」
 何やら財布から紙幣を取り出して指を一本あげたり二本あげたり、両手で十を示したりと、彼らなりに白熱している。
「へーーーーい!」
「へーい、へーい、へーい」
 ぴゅう。やっほー。妖精さんの簡単便利、解読ターイム。それにしても、この人たちれっきとした人類なのに、なんでへーい会話してんだろね? やっぱ連帯感? 楽しいの?  ま、いっか。

 おれ、幸太に千円!
 おれもおれも。
 えー? まじ?
 やっぱさー? 変身済みだしレッドライダーじゃねえ?
 おれはライダーに三千円! 自信ある。
 んじゃおれはライダーに二千円。決めた!
 そらみんな、賭けた賭けた! 金出せ金!
 皆決まったかー。そろそろ決着つきそうだぞー。

 だってさー。江口幸太VS皆木京語。ちなみに四対六でレッドライダーに票入れてるショッ○ーが多いねえ。何をこそこそしてるのかと思ったら、即席賭博だね。ダメだこいつら。ちなみに妖精さんとして票を投じるなら引き分けー。つーか無効? じゃねー。


 へーい語会話は、幸太には丸聞こえだった。日本語翻訳も同時になされているため、脱力もひとしお。
 賭けんなよ。
 おまけに、そろそろ辛くなってきたぞ? 変身前ならともかく、変身済みレッドライダーはなかなか強い。さすが、半分、いや、半分以上本気なだけある。
「お前、ショッ○ーのくせに粘りすぎだぞっ? さっさとやられろっ」
「アホか! やられたら重傷で大ピンチってことじゃねーか! お前手加減してねえだろうがあっ」
「しなくてもお前、たぶん死なない」
 たぶん死なないだろうけど、そういう問題じゃない。じゃないぞ。
「おま、俺を何だと思ってる!」
「元ショッ○ー。そして人を噂のネタにした敵?」
 確かにそうだが。
「そうだけどそうじゃなくてだな! 一応同志だろっ?」
 会話を交わしながらも、レッドライダーの元ショッ○ーだけど気持ちはまだショッ○ーの攻防は続く。チッと幸太は舌打ちした。仲間がいればコンビネーション技が使えるのに。コンビネーションキックやパンチ技があるのに。ああ惜しい。
 だが仲間は、賭けに夢中でムダにこちらを煽っているだけだ。へーい! と。
「そうだ! そもそもお前なんでアジトに来てんだよ! なんで場所知ってんだっ?」
「ノラン君に教えてもらった。はあああっ」
 なんか、構えとってる。レッドライダー。必殺技がきそう。溜めに入ってる。
(ノラン君のバカ! アホ! なんで教えんだよっ?)
「落ち着け! 京語! 買い物はどうした? お袋さんは? なんでお前変身してんだ?」
 必殺の構えが一旦停止した。よし、このまま説得すれば行ける。幸太は確信した。
「俺と戦ってる場合じゃないだろ? ほら、これみろ」
 両手を叩きはやし立てている全身真っ黒、顔だけ仮面付の構成員たちを指差す。ショッ○ーたちからはブーイングがとんだ。
「へーい!」
「へーい! へーい!」
 あ! 中断する気? 無効試合になっちゃうじゃん! 賭け金どうしてくれんだよ! と言っている。幸太は叫んだ。
「へーいっっ!!」
 うっせ賭けなんかしやがって。
 それを聞いたショッ○ーたちは互いに両手を広げ肩を竦めている。だって、ねえ?
「だって、ねえ、じゃ。……! へーい、へーい、へーい!」
「「「「へーい!」」」」
「お前たち。何を外で。ちょっ、何?」
 下っ端の監督のため、ごっそりと消えた構成員たちを叱りに外に出た小巻は、急にその下っ端たちに取り囲まれてひいた。何も見えない。
「ふう」
 幸太は安堵した。仲間が小巻を妨害している今のうちだ。
「皆が小巻をおちょっくてる間に行くぞ! 中入れ!」
 裏口へと京語を誘導する。
 突如開始されたレッドライダーと元ショッ○ーの半分本気戦闘。白き刃幹部小巻の登場により中断。結果、無効試合。
 大穴をあてたのは妖精さんだ。


「さあ着替えろ、今すぐ着替えろ。身を隠すには変装が一番。そして最も自然なのがこのスタイルだ。へーいって言ってれば怪しまれもしないぞ」
 ショッ○ー服の入ったパックを渡された京語、つまりいまだレッドライダーなまま、は変身スーツの下、微妙な表情だ。一応、正気に戻っている。不完全燃焼ながら、ストレスは多少解消された模様だ。
 白き刃のアジト、幸太が一直線に向かった構成員が出払っているショッ○ー専用共同控え室にて、京語は渋々パックを受け取った。
「だいたいな、変身してくるなんてお前どういう了見だよ?」
「顔が割れるよりいいと思ったんだ。生身でなんか来れるか。変身はもんのすっっっごくっ、ヤだけどな。最低その一と最低その二があってどの最低を選ぶかという難題だった。……変身したせいで、日頃抑圧されているモノがちょっと吹き出したな」
 不満を吐き出しながら、遠い目をしている。
「ちょっと? ちょっとか?」
 異議がおおいにある幸太である。
「ちょっとだ。オレの長年にわたる有象無象が全部が吹き出したらあんなもんじゃない。それにそっちにも非はある」
「ただ面白おかしく話題にしてみただけで。ショッ○ー仲間には大人気だそ? お前。そのおかげでさっきだって快く協力してくれたんだ、皆」
 京語はうさんくさそうにしている。
「単に、面白がってだろ? ところでこれ、誰かの? 使い古し?」
「ああ。予備っつーか、この間スカウトに失敗した奴の。病院から脱走したんだって。今は外国で生活してるらしい。裏社会でダークヒーローやってるって。まー、改造手術で怪我は完治してるし、大丈夫だろ。末永く頑張って欲しいな」
「それって、現代のニューヨークに出現した正義か悪か正体不明のHEYマンじゃないだろうな?」
 幸太はパイプ椅子にもたれ、雑誌を捲りながら頷いた。メチャくつろいでる。
 なんせ、幸太にとってはアジトの構成員専用共同控え室は自宅と学校の次に足げく通う場所だ。ついでに控え室には余程のことがない限り幹部も来ない。つまり、ずっと閉じこもっているわけにはいかないものの、ライダーがいても安全だ。幹部は専用個室を持っている。幸太の『白き金』専用個室も近々完成予定だ。いらないけど。
「それそれ。そいつ。改造されるとさあ、へーいって、なんか組み込まれるみたいなんだよな、脳に。だからそいつもついついへーいって言いながら戦ってるって。よく言ったもんだよな、HEYマン。皆でそっと応援してるぞ、HEYマン。人間と人造人間との狭間で苦悩してるらしいけどさあ、HEYマン。一回ショッ○ー同士でバスケットしたらそんな小さい悩み吹き飛ぶのにな」
「……。お前らがバスケットしてるのなんて一般人が目撃したら恐怖とわけわかんなさでトラウマになるぞ」
 すでにトラウマになってしまっているヤスという青年が存在していたりする。
「だから気を使って深夜にやってるって」
「そんなのを万一目撃したらますます怖いぞ」
 幸太は、京語を眺めた。どこからどう見てもレッドライダーだ。正義の味方だ。他にも別カラーのライダーが存在する。幸太からしてみればそっちのが怖い。なにしろ京語を除いて奴らは本気だ。
 そう言おうとした幸太を京語は片手をあげて制した。
「待て。言わなくていい。お前が思ったことが何となくわかった。言うな。わざわざショックを受けたくない」
 ふるふるとレッドライダーは首を振った。
「そ? じゃ言わねえ。お前も今度来る? 深夜バスケット。楽しいぞ」
「――それ、変身済みでないと、ボールにも触れないだろ。お前らに混じってだと」
「だからレッドモードで」
「拒否する」
 幸太は非常に残念そうに楽しいのに……と呟いた。
「ところで、もうお袋来てるか?」
「はあ?」
 今までずっと基本的には雑誌を見ながら京語と会話をしていた幸太は、雑誌を閉じ、問い返した。
「俺は途中で帰ったから顛末はよく知らないが。サキさんを外に出さないように、お前が買い物行くことになったんじゃなかったっけ?」
「あああああ!」
 ここで京語は初めて気づいた、というように叫び声をあげた。
「な、なんだよ、いきなり」
「買った分の酒、忘れてきた……。きれいさっぱり頭から抜け落ちてた……」
「酒?」
「説明しないとわかんないか……。お袋のかわりに買い物には行ったんだよ。で、その買い物リストが全部酒で……」
 京語は簡単かつ正確に、白き刃アジトにたどり着くまで、自らが辿った道筋を語り、
「あの人が酒を拾っててくれると助かるんだけどな……」
 で締めくくった。
 それを聞き終えた幸太は頭を抱えている。
(まさか、まさか、まさか!)
「くそっ。あー、嫌な予感がする。帰るかな、俺。江口修子って言ったんだろ? その女。俺の母親だよ母親あっ」
「はあ? あの人、まさかとは思ったけど母親?」
 今度は京語がびっくりする番だった。
「ああそうだとも! 全否定したい事実だけどな! 実の母親だっ」
 一拍おき、しみじみと京語が言う。
「……すごい人を母親に持ってるな」
「!」
 幸太は泣きたくなった。短時間接しただけの京語にも、すごいと言わしめる江口修子。どんな女だ。どんな母親だ。どんな風にすごいんだ。
(まず冷気か? それとも気配なしで接近か? そして本人にしかわからないであろう言動か?)
 息子の指摘は全て正解だ。
「えー、と、とりあえず、着替えてくるわ」
「……おう」
 どーんと、幸太が沈んでしまったので、居心地の悪くなった京語は控え室の脇にあるロッカーに入った。
 数分後。
 新たなショッ○ーが誕生した。どこからどうみても構成員にしか見えない。混じったら見事に溶け込むだろう。ただし、変身していないとライダー陣はごく普通の人間なので、見た目だけは、だ。
 数分で心を落ち着けたのか、幸太は暗い影を背負いながらも、立ち直っていた。
「……よし、できたな。じゃまず、へーい。これ復唱」
 しかし、どこか覇気がない。
「その前にお前、まだちょっと死にかけてるっぽいぞ?」
「――嫌な、嫌ないや〜なヨカンがする。激しく。今日一日、何度も感じたが、そんなのメじゃない最大のヤな予感だ」
「オレもそれはする」
 京語は己の母親、サキを思い、幸太も己の母親、修子を思い、こみあげてくる本日最大値のヤな予感に沈黙した。
 その沈黙を破ったのは、へーい、という掛け声だった。
 入ってきた新たなショッ○ーをどこで区別したのか、一目で、
「ノラン君」
 と幸太が応じる。
「やっと来たねー、幸太君。歓迎会の準備は整ったし、ボスもお客様も到着してるから、はやく顔を出してくれないとー」
 ノラン君も、当然のごとく幸太を幸太と認識している。見た目は同じなのに何故? と京語は不思議でならない。背格好は幸太も京語もさして変わりないのだ。
「お? 君だれ? 新人君、はー、ニューヨークでHEYマンしてるから違うか」
「諸事情により追求はナシで頼みます」
 幸太の発言に、ノラン君は顎に手をやり、首を傾げた後頷いた。京語の肩を叩く。
「なんか、見当ついたよ。表の騒動聞いたから。大変だねー、キミ。今日は潜入? 楽しそうだから協力するヨー」
「はあ、どうも……。そんな感じで」
「んじゃ行こっかー。幸太君は幹部服に着替えてから来てね。ボスが暴れるから」
「ご迷惑をおかけして、すいません……」
 ノラン君の口調から、ボスに苦労をさせられているらしい様子を感じ取り、心の底から京語は謝罪した。
「? なんでキミが謝るの?」
 慌てて幸太がフォローする。京語のことを話しているとは言っても、レッドライダーとボスとの関係まで話してしまっているわけではない。
「共感してるんですよ。苦労に」
「うんうん。ボスについてくのは、苦労だねー、確かに。たまに故郷に帰りたくなるヨー」
 また謝罪しそうになった京語を、幸太が目で制した。
(気持ちはわかるが、堪えろ)
(ホント、うちの親は……)
(うちの親もいい勝負ができるぞ。お前だけじゃない)
「っといけないいけない。仕送りのためにも働かないと。歓迎会が終わったら待ちに待った臨時ボーナスがでるんだヨー。明日なんだー、支給日。今から銀行ATMのボタンを押すのが待ち遠しいネ! へーい!」
 そういえばそんな時期だった。
 幸太の気分は少しばかり浮上した。京語の気分は下落した。
「白き刃って、ボーナスも出るんですか……。羨ましい」
「ハッハッ。そうだよネー。正義の味方は無償だもんね。ボクはボーナス出たら航空チケット買ってウチに帰るんだー」
「いいなあ……悪の秘密結社って」
 かなり本気で京語は呟いた。
「いっそのこと入るか?」
 そして、かなり本気で幸太も勧誘した。
「登録改竄なんてチョチョイのちょいだからネー」
 ノラン君も後押しした。


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