第七回 再会一歩手前
ブルルルルル。
トイレにこもって数十分。京語はのそりとポケットを探った。自分の携帯に着信が来ていた。親からひっきりなしにかかってきてうっとおしいので、いつもマナーモードだ。そして相手が父親だったら出ない。
画面で相手を確認し、京語は電話に出た。
「……はい」
『京君? 声が死んでるね……。ハッ。もしかして敵と遭遇を?』
ああ。正義バカって疲れる。しかもあたらからずとも遠からずなのでタチが悪い。
「用件、言え」
『あ、一応伝えておこうと思って。サキさん、出かけたよ』
「……でかけ、」
た?
『うん。京君遅いしさ。お酒ももう一品つけたしたいし、自分で買いに行くって。京君は見張ってろって言ったけどさー。サキさんを止める理由も見つからなくて』
変身して醜態をさらしてしまったショックなど吹き飛んだ。
「――お前を頼りにしたオレがバカだったっっ!」
『いきなりなんだよ? きょ』
即効で電話を切る。すると、またブルルル、と振動音が響いた。二つの携帯からだ。京語のものは、抗議したい勝利から。プチッ。ボタンを押して京語は電源を切った。一件落着。
しかしもう一つもしつこくなり続けている。懐を探ると、現れたのは、預からされたままの、幸太の携帯。
着信相手は、『ノラン君』となっている。
ノラン君は、しつこく、しつこく携帯を鳴らし続けている。今すぐにでも母親捜索に向かいたいがずっと鳴らされているのもたまらない。電源を切るのも……まあ、幸太の交友関係にヒビを入れるのもしのびない。
「あー。はい?」
『へーい! へーいへーいへーいへーい! へいへいっ』
へーい?
ということは、ノラン君はショッ○ー軍団の一人か。
(ショッ○ー同士って仲いいんだな)
京語とは大違いである。京語はライダー仲間(仲間なんていいたくないけど)には、一切情報は与えていない。メアドも携帯電話の番号も現在の住所も、出来れば高校も隠したかったぐらいだ。親経由で勝手に流されたが。
「すいませんけど、オレ、江口幸太じゃないです。本人は……」
(あいつ、どこにいるんだ?)
パワフルなおかーさまと巨大三本つららに捕まっている。
『へー。ええっ? ソーなの? 幸太君どこ? 皆もう集まってるんだよー。困るなあ。連絡用の携帯は圏外通知で繋がらないし。そして幸太君の携帯に出てる君はダレ』
「知り合いその一です」
ノラン君は何の疑問を持つこともなく納得してくれたようだ。
『そうなの? じゃあ、幸太君に、『ボスお友達歓迎会』がもうすぐ始まるからはやく来いって伝えてくれる? あと、アルコール一品持ち寄りだって。ちなみにすっぽかすと皆で制裁決定だとも。嫌なこと、皆で向かえばイヤさ半減、がモットーだから』
『『『『へーい!』』』』
賛同の意、らしい。へーいの大合唱だ。
「そ、そうですか……」
『そうなんだよ。へーい!』
『ちょっとそこの! 何をしてるの! 準備が途中でしょ? ボスの指示の通りにお酒を配置して!』
『へーい!』
『まったく、こそこそして使えない構成員なんだからっ。白き金はまだ? ボスの到着は?』
『へーいへーい……』
「た、大変みたいですね」
『わかる? 参っちゃうよね、下っ端って。恩もあるけどたまに下克上したくなるんだねー。あれ? でもこんな話が通じてるってことは、幸太君ともかなり親しいんだね、キミ。もしかして、噂の?』
「は?」
『幸太君がねえ、不幸てんこもりの同年代の友達ができたって。構成員仲間の間で噂のまとだよー』
「は、はは……」
最近、クシャミが多くなっていたのはそのせいか!
(あの野郎……。よくも人の不幸をっ)
――江口幸太、許すまじ。
力を込めたせいで、携帯が苦しげに軋む。
『君も大変そうだけど頑張ってー』
「……はあ。じゃあ切りま……ちょっと待った」
歓迎会とやらが、『白き刃』側で開かれる。ボスもそこにいく。
(お袋は、そこだな)
「歓迎会の会場って、どこです?」
幸太との、理解し合えたね、ようやく! シャキーン。なひとときから一転、強烈で自然体すぎる幸太の拒絶に、巨大三本つららは溶けまくっていた。精神のダメージは甚大だ。
そのまま溶けきってしまえ。と幸太は思っていなかったりしないわけがない。
思ってる。
相互理解をはかったとはいえ、やっぱ、ボンダラは巨大三本つららだし。シャキーン、シャキーンうるさいし。普段は他に見えないように消せるが、つららだという事実は変わりない。
要するに、幸太はボンダラがつららだということが気に入らないのだ。
(擬人化してる生物……せめて動物が俺の譲歩出来る範囲だ)
守備範囲に、ふよーんと浮いて人外話を話す巨大つららは断じて入ってナイ。
(守り神っていったらだ、もうちょっとこう。あ? さっきそーいや、怪人とかなんとか)
「――ボンダラ、いちいち動揺するのはおよし。見苦しい」
ボンダラの溶けっぷりに、眉をひそめた修子はピシャリと言い放った。
「シャ、シャキーン……」
ダラダラ溶け出していた水が、瞬時に固まった。さすが長年ボンダラをこき使い続けてきた鬼女どもの現当主。ボンダラの服従度も並ではない。
(でも、これでこいつ、ストレスたまってんだな……。人外ながら。しかも許容範囲外だけど、つくづくわかるぞ。その気持ち。巨大三本つららなんぞいらないけど。断じていらないけどな!)
「幸太ちゃんも。あんまり我がまま言わないの。コレ、案外役に立つのよ? わたくしが甘い顔をしているうちに観念なさい?」
コレ、案外、の部分でボンダラがまた溶け出しかけたが、使役主のひと睨みでおさまった。躾が行き届いている。
「甘い顔って……トラップしかけてるあたり全然甘くねーだろ……。ぐっ?」
今。衝撃が腹に来た。熟練のファイターが渾身の一撃を繰り出した。まさにそれと同等の衝撃だ。
改造されていなかったら、内蔵破裂ぐらいはしている! 絶対。
修子は涼しい顔だ。
「あらあら。ボンダラパワー中レベルにしたのに、いけるのね。生きてるわ。幸太ちゃん、丈夫になったのねえ。それとね、口は災いの元って、前から教えているでしょう?」
死んだらどうしてくれる。
幸太はギロリとボンダラに眼を飛ばした。
(てんめえっ。俺を主にしたいくせに殺す気かっ? たまには使役主に逆らえ! イヤなら反抗しろ、反抗ッ)
「シャ? シャ、シャ、シャ、シャキーンッ」
やっほー。妖精さんの時間だよー。今回は翻訳ぅ。ボンダラ語をわかりやすく日本語に!
えっとねえ。
何いってんの? 正気? 無理、ムリムリムリムリ、無理! 一杯一杯!
だってさ。
ボンダラビッチ、恐怖心が本能に刻み込まれてるんだね! 怖い怖い。アハ! じゃあねー。ぴゅう。
「根性なしめ」
妖精さんの翻訳がなくても、幸太は自力でボンダラ語を読み取っていた。驚異的だ。修子さんも驚いた。
「……やっぱり幸太はボンダラと相性がいいのねえ。まだ主でもないのに会話が成立しているわ……。江口家の異端児ね。そうそう、動こうとしても無駄よ。わたくしが解かなければあと二十分は持続するから」
見透かされている。幸太はヤスと親分格を何とかして引き剥がそうと試みているのだ。
「一般人をいいようにこき使っていいと思ってるのかっ?」
「思ってるわ」
「…………」
幸太は、修子に一般常識的な質問を発してしまったことを悔いた。
そーだよ、こういう親なんだよ。
「この人たちの他にも、何人か、周辺区域にバラまいておいたの。幸太ちゃん、意外に正義感だから、悪さをしてそうに見えるのを放っておけば引っかかるかと思って」
おいおい、マジかよ。
修子さんは全く悪びれていない。
「大丈夫よ。幸太ちゃんが引っかからなかった場合、自滅するか、何らかの修正が働くように仕向けておいたから。きちんと後始末はしないとね」
「そういう問題じゃねえって」
つくづく、この母親こそ、悪の結社のボスにふさわしいのでは。
「何を言っているの。そう見えるだけで、実際に悪さなど起こさせてはいませんよ。ちょっと荒っぽく見えるだけよ」
「いや、でもさ、たとえばこの人たちにも人権ってもんがさ……」
人間接着剤化した物体のいる、足元を見下ろす。
「適当に記憶は消すから問題ないわ。あとで宝クジでも当てるように手配もしておきましょう。それでプラスマイナスゼロよ。幸太ちゃんを捕まえてくれたからその二人には奮発してお酒をあげてもいいわね」
酒、ね。酒かよ。修子は酒豪だ。地元では御用達酒店を各地から引っ張ってきて誘致している。酒を愛しているのだ。酒好きなのは家系らしい。祖母も酒豪だった。妹も……たぶん、そうなる気配濃厚。
幸太は父親の血の方が優ったのか、未成年だしそもそも飲めないが、成人した暁にはまあ飲みたいかな? という程度。
そんな修子から酒をあげてもいい、という発言が出たのだから、二人にはこの母親も、修子なりに感謝はしているのだろう。
(どっちかくれるっつーんなら、俺は当たりクジだけど。……待てよ。酒? この酒好きという点をつけば、俺にも勝機が?)
思いついたら即実行。
「あ! あんなところに幻の限定生産品、本腰生焼酎梅桜が!」
修子さんは見事に引っかかった。酒がからむと修子さんの明晰な頭脳も観察眼もたちまち劣化する。
「! 何ですって? わたくしでもまだ一度しか飲んだことがない、あのっ?」
息子が指差した地点を、修子さんは、血眼になって探している。
(お?)
ボンダラ力が緩んだ。これなら、逃げられる。
「あばよ! ボンダラ!」
足が自由になった。
騙されたと気づいた修子の報復が想像するだに恐ろしいが、とにかく幸太はこの場から逃げ出したかった。なし崩しにボンダラの引き取り手になりそうな気がするのだ。
本気で全力疾走。
「シャキーン……」
哀愁の三本つららの呟きがこだました。しかし次の瞬間。
「シャ、シャ、シャシャシャ」
まんまと酒につられて息子にしてやられた、暗黒オーラを背負う修子に、ボンダラはどもる。面白いように氷が溶けている。度重なるストレスで、既に三本つららは一回り小さくなっていた。
「ボンダラ様……。ちょっぴり、わたくしに反抗しましたね……? 捕まえておけたのに、躊躇したでしょう?」
「……シャキーン?」
すっとぼけてみるボンダラ。ダラダラしまくっている。
「――まあ良いでしょう。あの格好からして幸太はショッ○ーらしいし、向かう先は同じですものね。まさか既に働いているなんて……わたくしの血かしら……。下っ端というのは気に入らない点だけれど、これなら、逃してもすぐに会えるでしょう」
ペキパキ。安心したボンダラから冷気がたちのぼる。そんなボンダラに修子さんはただし、とお上品に笑って釘をさした。
「二度目はありませんよ。わたくしの目が黒いうちは勝手は許しません。さ、会場に向かいますよ。……と、お二人も、ご帰宅下さいな」
ふらふらー、とヤス、親分格が立ち上がる。十メートル付近までは意識なしで歩いているようだったが、やがて覚醒し、親分格は首を傾げつつ、ヤスは「へーい……? バスケット……? つらら……?」と呟きつつ、振り返りもせず歩いていった。
ボンダラパワーである。この後、二人は宝くじもちゃんとあたる。
「何等がいいかしらね。調節お願いしますね? ボンダラビッチ様」
「シャキーン……」
微調節はメンドイのに。
「――ボンダラ? まさか、不満でもあるのかしら?」
「シャキーン! シャキーン!」
滅相もない。
「よろしい」
はやく、幸太を主にしよう。
しなきゃ、ストレスと酷使されすぎでそのうち本当に溶けきる。ボンダラビッチは決意した。
こうも思った。
やっぱつらら心を出して幸太を逃がさなきゃよかった。
体よく逃げ出した幸太は、ショッ○ースタイルのまま道を走りぬけ、自分の連絡用携帯をチェックしてスピードを速めた。
構成員仲間やら、ノラン君やら、元上司やらからの着信がたまっていた。
(長い間路地裏っぽいところにいたからなあ)
電波が届いていなかったに違いない。いや、それともこれすら修子の策略か?
ともかくも、今度こそ、アジトへ向かって幸太は一直線だった。
そしてアジト前で、ガツンと、人に衝突した。
赤いのと。
両者は、激突したものの、ダメージは少なかった。相手が一般人でなかったのが幸いした。赤いの。レッドライダーだ。変身モードなんて久方ぶりに見た。
「お前京語? なんで変身してんだ?」
しかもアジトの前で。
「お前、江口か……。そうか。とうっ」
返答は空中回転な必殺キックだった。腕で受け止めようとしたが、勢いを殺しきれず、幸太は数十メートルあとずさった。腕から火花がパチパチ散ってる。
なんだなんだ?
(なんでこいつ戦闘モードなんだ? 俺への敵認定は変身済でも無い筈だぞ? 正気か?)
「聞いたぞ! お前に会ったら言いたかったんだ。よくも人の不幸を噂にしてくれたな。許せんっ」
それかよ。
「待て! だからっていきなり必殺キックはねーだろ! 場所もちっとは考えろっ」
「問答無用」
「お前、ちょっと正義の味方モードで人格変わってんな? それで相乗効果か? 正気に戻れ!」
「問答、無用っ!!」
「ちょっと噂にしただけだろうがあっ」
「ちょっと? オレはなあ、毎日ストレスたまってんだよっ! よくも人の不幸をっ」
「ボンダラみたいなこと言ってんなよ!」
「ボンダラ? なんかしらんが得体の知れないものに例えるな! とにかく八つ当たりされろ! はあっ。必殺っ」
「八つ当たりって自覚はあんのかっ? こんのっ。始末に終えねえっ」
何故か元ショッカーとレッドライダーの半分本気戦闘が幕を開けた。
悪の秘密結社『白き刃』のまん前で。