第六回 罠にかかってご対面


「へーい。へーい、へーい? へい! へーいへーいへーい! へいへいへいへいへいへへいっ! へーいっ!」
 訳。てめえら覚悟できてんだろうなオラ! ったく、通り道で余計なことしくさりやがって! だいたいなあ、おれは生まれてこのかた、こんな場面に遭遇したことなんて一度もないんだぞ? なんで今日に限って! やっぱあの妖怪変化の呪いかっ?
 へーい、で登場したと思ったら、今度はへーい語でまくし立てられて、一同、ポカーン、だ。変なのに因縁つけられちゃってるよ、どうしよう?
「へーい!」
「アニキぃ。へーい、って言ってますよ? なんか怖いっす。真っ黒だし。こいつ、何なんスか?」
 被害者は、これは好機とばかりに、隙をついて逃げ出した。
「あっ、待て!」
「へーい!」
 すかさず、追おうとした加害者を幸太は妨害する。進行方向に腕を組んで仁王立ち。被害者が逃げたので、これで目的は達したも同然なのだが、幸太はせっかくだから、ストレスかいしょ――運動しようかな、と思っている。
 ボコる――と相手側が大変なことになるので、ま、死なない程度に。加害者側だし、ま、いいだろう。ちょっとの怪我ぐらい負っても。それで改心するかもしれないし。
 幸太は首と拳の骨をポキリポキリと鳴らした。あー、効く。運動前の体操、終了。
 敵。ならぬ、幸太の標的にされてしまったのは、二名。年は……成人はしているだろうか。服の着崩し方が、雑魚っぽい。その筋ではなく、小規模な個人活動で悪さをしている、と幸太は判断した。言っちゃなんだが、面も悪人面だ。世の中の悪人さんには悪いが、そういう風に見られがちなご面相というものは存在する。
「ちっ。世の中変な奴らばっか増えやがって! 来やがれ! イカれ野郎!」
「頼んます! アニキ!」
 二人しかいないのに、親分子分の関係かあるらしい。というより。そんなことはどうでもよく。幸太はカチン、ときた。イカれ野郎とは何事だ。
(俺の周囲は確かにイカれた奴ばっかだがなあ! 俺は! 俺はまともなんだぞ! あの変人たちの中にあって!)
 人間、自分のことは客観的に見れないものである。
「へーい! へいへいへいへいへいへいへい! へーいっ」
 へーい語で怒り心頭を表現するが、二人組は不気味そうにしている。抗戦の構えを見せていた親分格も、怯み気味だ。
「アニキィ。こいつヤバイっすよ。なりきりさんとかいう奴ですよ。日本語通じてないし」
 や、通じてるって。
「おれ、前にも似たような奴ら見たことあるっス! 集団だったス! へーい、って言いながら夜中の公園でバスケットしてたっス! 怖かったっス! バスケットゴールが高くて、奴ら四メートルジャンプしてたっス! あれ夢じゃなかったんだ! 黒い奴らがああああっっ」
 心当たりが幸太にはあった。
「へーい」
 構成員たちでバスケット大会を開いたことがあった。あれは楽しかった。目撃された場合のことを考え、夜中に開催したのだが。なんだ、見られてたのか。
「へーいって叫びながら黒い奴らがやってクルーーーーーーー! 朝からヤな予感してんっス。さっきあのおばさ! ぐふっ」
「どうした! ヤス!」
 ヤスという呼び名らしい、子分、死亡。誰も触れてもいないのに、勝手にぶっ倒れた。ヤスはぶつぶつやっている。
「うーん……。○×□★××?%……。へーいが、つららが……つらら……。つらら怖い……」
(っ?)
 幸太はヤスの胸倉を引っつかむと、その身体を揺さぶった。しかし、ヤスはぶつぶつしているだけだ。
「へーい! ……ああクソ! おい! お前、今なんつったっ?」
「つらら怖い……巨大つららがやって来る……! へーいとつらら……。あのおばさ、ぐふうっ!」
 幸太はヤスから手を離した。ちなみに、ぐふう、は断じて幸太のせいではない。
「ヤス! どうした!」
(つららに、あのおばさ、の意味。――間違いない)
 これは、幸太の母にして、妖怪変化、江口修子が張り巡らせた罠の一つに違いない!
「あんた、もしかして今日、着物姿でやたら外面のいい若作りな中年女に会わなかったか?」
 親分格に話しかける。ショッ○ー用仮面に隠された顔の下は、鬼気迫る形相だ。その鬼気迫っている感じは、気となって溢れ出ていた。つい、相手が変な格好をしたイカれ野郎だということも忘れて、親分格も真剣に考える。
「ヤスが怯えてた女ならいたが。財布をすろうとしたのを止めやがってな……。中々美人だったぜ。……あの女には何もしてねえぞ?」
 たぶん、それが修子だ。
「あんた……いい子分を持ったな」
 子分に止められていなかったら、この親分格は、想像を絶する恐ろしい目に合っていたろう。目に浮かぶ。修子は、自分のモノに手を出そうとする輩には、相手が友人だろうと親族だろうとわが子であろうと容赦しない。容赦してもらえるのは、夫ぐらいだ。もっとも、幸太の父親ははじめからそんなことはしないが。
「何の話だ」
「例えると、あんたは村人その一。あんたが財布を盗もうとしていた女は、善良な市民の振りをした裏ボス大魔王だ」
「兄ちゃんよ。おれが言えた義理じゃねえが、病院いくか? ストレスたまってんのか? そんな格好して……。ヤスがかかってる行きつけのところを紹介してやるぞ。辛れえことが多い世の中だからな」
 親分格は、実は面倒見の良い、昔かたぎの男だった。
 でも、違うから。論点が。
「トラップ、トラップなんだよきっと……。たぶん四方八方に俺がいつ引っかかってもいいように、人知れず……」
 幸太は、死んでるヤスと、親分格を見た。へーい、と観察だ。
「あんたさ……なんで恐喝してたんだ?」
「ああ! 人聞きの悪いこというな! てめえさっきから勘違いしてんぞ! さっき逃げた野郎はな、貸した金踏み倒しやがったんだよ! 取立てして何が悪い。一ヶ月も見つけられなかった奴をようやく発見したところだったのに……っ」
 幸太は叫んだ。
「それだっっっ!」
「アア?」
「一ヶ月も見つからなかった奴を、どうして見つけられたんだよあんたら!」
「そ〜れ〜は〜、あのおばさ。ぐっふうううっっ!」
 生き返りかけていたヤスがまた死んだ。
「――着物姿の女になんか入れ知恵されやがったんだな? そうなんだろ? うっわーマジ? もうバレてんのか俺?」
 ショッ○ースタイルの幸太は頭を抱えて悶絶した。後悔先に立たず。
 無視しちゃえば良かったよ。
(それなのに妖怪変化と違って俺ってば根が善人にできてっから)
「あー、着物の女だろ。失せモノ占いをしてやるって言われてな。ヤスは必死に止めてたが。おかげで見つけたんだ。あっさりとな」
「あー、もう。あんた馬鹿、大馬鹿。あんた、ボンダラビッチパワーの影響下だよ……」
 ヤスがむくりと顔だけあ上げた。
「そう……そうなんだよ……。気のせいじゃあ、なかった。あのおば……じゃなかった美しき着物姿のご婦人に出会ってから、つららが、つららが……。そんでさらに君と出会ってからパワーが強まってるぅぅぅ。そんで自分の意思とは裏腹に君を引きとめようと!」
 ガシッ。
 何かを学習したらしく、今度は失言によって死ななかったヤスは、幸太の足にしがみついた。
「こら! 離せ!」
 ヤスは泣いている。
「無理〜。身体が勝手に動く〜」
「おわあ?」
 親分格まで、ヤスに倣っている。
「なんだこりゃ? どうなってやがる?」
 幸太の右足にヤス、左足に親分格。改造されちゃったショッ○ーパワーで振り払おうとしているのに、二人は全くダメージを受けていない。
「殴っても蹴っても無駄っス〜。おれらは足止め要員〜」
 半ば、死んじゃってもいいか? 肋骨折れるぐらいならダイジョブ。入院費は払う。いいや。せめて成仏してくれ、な気持ちで蹴りをくり出しているのに、
「くっ」
 強力接着剤並の二人は、びくともしない。それに、ひゅう。
 風、いや冷気が高まっている。兆候をビシバシと感じる。幸太は必死に抵抗した。しかし、足をとられて無常に時間だけが流れていった。
(あー、終わった。俺)
 息子だから、わかることが多々ある。
 もうすぐあの妖怪変化が来る。ボンダラ伴って。
 数十分後、息子の予想、大正解。


「シャキーン」
 ――ああ。来ちゃったよ。妖怪変化たちが。
 すっげー耳ふさぎたい。思ったので塞いだ。でも聞こえる。
「シャキーン」
 修子は微笑ましげに頬に手を添えている。
「あらあら。ボンダラビッチ様ったら、喜んじゃって。アパートでは姿を隠してもらっていたから、生では久しぶりの対面だものねえ」
「シャッキーン!」
 勘弁してください。マジで。幸太の目は虚ろになった。
「シャキーン」
 巨大三本つらら。
「シャキーン」
「あらあら。ボンダラビッチ様ったら、はしゃいじゃって」
「シャキーン」
 シャキーン、シャキーンうるさいのは、巨大三本つららだ。巨体三本つららの登場に、ヤスと親分格は気絶している。気絶できてとっても羨ましい。しかし、幸太の足にはしがみついたままだ。力もそのまま。
(いっそ、俺も気絶してえよ……)
「……お母様、どうぞボクのお願いを聞き入れてくださいませんでしょうか?」
「まあ、どうしたの幸太ちゃん? 畏まっちゃって。それにその格好。わたくしはお前が下っ端になどなるように育てた覚えはありませんよ」
 母親の言い様に引っかかりを覚えたものの、深く追求している精神的余裕は生憎、今の幸太にはなかった。
「ソレ、ボクの視界から消してください」
「ッ! シャッキーンっ?」
 ぷるぷると下向き三本つららが振動した。ショックだったのか、つららの一本の先端が溶けちゃってる。
「幸太ちゃん! ボンダラビッチ様は繊細なのよ? それに幸太がお気に入りなんだから、そんな態度はおよしなさい」
「俺はんな変なのとは仲良くしたくない! ナンなんだよ? それ? 昔っから思ってたけどなあ! 守り神ってのはふつー、親しみやすい形してるもんだろ? 違うか?」
 猫耳娘とか、尻尾つき娘とかだったら、喜んで幸太だって引き受けてやる。そうでなくてもせめて動物系だったら。
「親しみやすいじゃないの?」
「シャキーン」
 ボンダラビッチは修子の意に深く賛同の意を示した。
「だ・か・らあ! 生きてるモンの姿だよ! 擬人化とか、犬とか、狐とか、鳥とか! 妖怪にしたってカタチがあんだろ、カ・タ・チ! なんで巨大化した三本つららなんだよっ?」
 ありえないから。
 一気に言い切った幸太は、肩で息をしている。
「パワーはあるのだし、夏は涼しいじゃない」
「冬はクソ寒い」
「……メリットばかりだと、ありがたみがないものよ、幸太ちゃん? それにねえ、ボンダラビッチ様を受け継がないと、そのうちおそらく別方面から勧誘が来るわよ? お前はお父さんの血も受け継いでいるから」
「ハア?」
 何言ってんですか、おかーさま。
「お前はわたくしと聡さんの息子。そうね。言わばボンダラはわたくしの側。お母さん、幸太ちゃんは、わたくしの側の性の方が強いと思うわ。熱血赤悪魔とは反りが合わないに違いないわ。わたくしの側ではボンダラを受け継ぐのが代々の決まりごとだし」
 まあねえ。わたくしもこんなつららの出来損ないが一番強い力を持っていたのはどうかと思うのよ。微妙に使い勝手も悪いし。気も弱いし。こんな怪人ができるはずではなかったとご先祖様も嘆いているでしょうね。
「シャ、シャキーン……」
 ボンダラ、二本目のつららもダラダラ溶け出している。ボンダラは精神攻撃に弱い。しかし、主に精神攻撃を加えてくるのは、いつも使役主サイドだ。
「あら、いけない。口が滑ったわ。嘘ですよ? ボンダラビッチ様。ボンダラ様はありがたい江口家の守り神ですから」
 修子の先ほどの呟きからすると、守り神っていうのも怪しい。
「シャキーンっ!」
 巨大三本つららの硬度が復活した。冷気も強まる。
(ボンダラ……お前、騙されてんぞ)
 つくづく、哀れな奇妙物体だ。江口修子にこき使われ、その前は修子をもしのぐかもしれない今も健在の鬼婆にこき使われ、家系図ではその前も確か……。
「そうそう、それでね。ボンダラ様の強い意向でもあるのよ。お前を選んだのは」
「だから、今までずっと女系できただろ、ウチ。なんで今回に限って……」
 修子は嘆かわしげに息を吐いた。
「ボンダラ様ね……」
「ボンダラが?」
「ストレス性疾患なの。それで幸太がいいって。今よりは辛くないはずだからって」
 困ったわねえ、理解しがたいわ、と修子は言いたげだったが、幸太は、違う。
 そーか。お前、長い間鬼女どもにこき使われて神経すり減らしてきたのか。もう、イヤなんだな……。それで俺か……。そーだな。美弥もプチ修子だしな。
「ボンダラ……お前」
「シャキーン……」
 見た目は巨大三本つららでアレだが、昔から江口家の異常のそもそもの代表みたいな存在だったので毛嫌いしてきたが、お前も。
「お前も……犠牲者だったんだな……」
「シャッキーン! シャッキーン!」
 わかってくれた? わかってくれた? 苦節うん百年! よーやくこの血統にも理解者が現れた! 
 ボンダラはぶるぶると振動した。氷成分が感動でペキパキしている。
 修子さんは、息子とボンダラの交流が深まるのを、何故だか面白くない……と感じていた。交流はいいのだが、そのネタがどうも。
 ボンダラに後で説教しておかないと。しかし、ここはひとつ。修子さんはにっこりと微笑んだ。
「幸太ちゃん。なんだか分かり合っているようね。じゃあ、ボンダラ様を受け継いでくれるのね?」
「や。それは別」
 幸太ははっきりきっぱりしていた。
「シャ、シャキーンっ?」
 三本目も溶け出した。


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