第五回 なんとか冷静? 赤ライダー


 非常に不本意だったが、勝利を適当に言いくるめて、サキを家から出させないための監視要員にすえた京語は、買い物に向かっていた。しかし……サキが何を考えてこんなリストを渡してきたのか、理解しかねる状況だ。
「吟醸生大蛇? に、特選名産地酒百選金賞受賞桜露? 極上搾り黒神酒。あと生ビール?」
 なんで酒ばっかりなのか。父も母も、特別酒豪というわけではないはずだが……。また、両親の正義の味方陣営内での交友関係にも、酒豪はいなかったはずだ。
 まあともかく、さっそく酒屋で入手した吟醸生大蛇を左手に持ち(桜露と黒神酒はそこでは取り扱っていなかった)、右手でリストメモを見、京語は首を捻っていた。その際、自分の手首にはまっている赤い時計も目に入り、なんともイヤ〜な気持ちになる。
 変身ツールの赤腕時計。
 外していると、住吉は泣いて鼻水垂らして延々ブツブツいってきてうるさいので、しかも、住吉は厄というヤブ博士に頼んで、時計に外していると感知されてしまう専用システムをつけやがったので、実家にいる時だけつけている、という方法も通用しない。
「親父め……」
 言っても言っても言っても言っても言っても言い足りない父親への悪態を一言に凝縮して呟きかけた時だった。
「……まあ、それは困りましたね。生憎、わたくしもこの地域の地理には疎くて……」
 老人と着物姿の婦人の組み合わせが目に留まった。二人の様子からすると、老人が道を尋ね、婦人は地元の人間ではないので返答に困っている、というところだろう。
(まともなそうな人だな……)
 婦人の横顔は落ち着いている。二十代後半から三十代前半、ぐらいだろう。着物姿だからか、お茶やお花の先生でもやっていそうだ。
(ウチの母親は……ジョリホイサーカスだしな)
 悲しいかな。あっちモードの先の印象が強すぎて、京語が母親を思い出す時の姿は常にジョリホイである。
(せめて服のセンスを)
 もう、『白き刃』のボスであることは百万歩譲るとして、もうちょっとこう、大人しめというか。せめて、プリンス戦隊ゴーゴーゴーの衣装に、「きゃー、素敵」と感銘をうけないだけの感性を培って欲しい。
「孫と待ち合わせしているんですけどねえ。道が……」
「そうですか……。お役に立てず申し訳ありません。どなたかにお尋ねしてみましょうか」
 婦人はいい人らしい。老人を見捨てずに、親身になっている。が、京語は婦人が続けた小さな呟きまでは耳にしていなかった。
「……地理ぐらい、ボンダラビッチパワーを使えば簡単なんだけれど。さすがにご老人には、力は使えないものねえ……後遺症が強すぎて。困ったわ」
 婦人はお上品に微笑みつつ視線を彷徨わせた。カモを探している。が、目ではなく超常じみた彼女の直感が別のものをとらえた。
「あら……この奥深く濃縮され、職人気質な質感……これは吟醸生大蛇……!」
 京語の見たところの、婦人ならぬ、修子さん。カモネギ発見。


(今、どこからか冷気が……?)
 素で邪悪な気配も混じっていたような。
 敵? 敵なのか? 敵はどこだ?
 京語のスイッチは入りかけている。
(悪が! オレが倒さなければならない悪がっ?)
 スイッチはすでに四分の一入ってしまっている。
(変身だ! へんし)
 ん。
 し終えてしまう前に、京語はグギギギ、と変身ツールに思わずのびかけてしまった指先で拳を作った。
 ――危なかった。
 暇を見つけてはイメージトレーニングをしているおかげで、己の忌まわしき習性も寸止めもできるようになってきた。
 それに、邪悪なナニかを感じたと思ったのは錯覚だったようだ。深呼吸。素面でいるためのコンセントレーション完了。ふと、悲しくなった。
(難儀な性格になっちまったな、オレも)
 元凶はやはり親か。親か。親か。親か。はやく独り立ちしよう。そしてとっととライダーどもも『白き刃』も再起不能にしよう。二度と復活しないぐらいに。
 そしてできれば。正義の味方モードの自分も抹殺したい。自分が二人いたとする。素面モードと正義の味方モードで二人だ。もちろん、自分は素面モードのほう。
 そんな二人が遭遇する。
「――抹殺だ抹殺!!」
 京語は握ったままだった拳に力を込めた。自分であるが故に、耐え難い。ああ。恥ずかしい。正義の味方モードの自分。
 自分で自分(あっちモードだけ)が殺せたら!
 そんな京語と、京語の左手にある吟醸生大蛇に修子さんはターゲット、ロックオンだった。老人に、「少しお待ち下さいね」と微笑みかけ、ススッと京語に忍び寄った。
「失礼」
「!?」
(い、いま、気配が……)
 しなかった。
 が、いつの間にか側へと近づいていた婦人、修子はお上品に佇んでいる。修子さんは猫を被っている。
「丸琴デパートをご存知かしら? 道をお聞きしたいのですけれど」
「……それなら、この道を真っ直ぐいって信号を三つこえた道路の左側に……。三角の屋根が目印なんで簡単にわかるかと……」
 釈然としないものを微妙に感じながらも、京語は答えた。なんか、ご婦人の目線が、自分の左手にある酒に釘付けのような、気が。
 はっと修子さんは我に返った。
「あら、いけない。わたくしとしたことがつい……。お暇かしら? あのご老人を丸琴デパートに送り届けてあげたいのだけれど」
 丸琴デパートの地下には、名産酒のコーナーが確かあったはずだ。開店時刻も過ぎている。ちょうどいい。
「構いませんが」
「では、行きましょう」
 今度は修子は草履で普通に歩いている。
 そんなわけで、三人で丸腰デパートに到着。老人は孫と無事合流し、京語と修子に感謝しつつ去っていった。
 で、何故か京語はご婦人と共にいたりする。ご婦人は、さっきから感嘆の息をついている。
「素晴らしい品揃えだわ……。ご近所に誘致しようかしら……」
 デパート地下一階の名産酒コーナーで修子さんは幸せにひたっている。それを聞きとがめた京語は眉をひそめていた。誘致? このコーナーを? 婦人はどこぞのマダムなのか? 頼まれた分の酒の会計をすませた京語は、修子を改めて観察してみた。
 着物姿。髪は結っている。やっぱり華道の先生が似合っている。右手に抱えた小さめのバッグも着物に合っている。修子は、酒を大量に購入しているようだ。地元に送り届けてもらうようだ。
 店内の全品を。カードで。
 ブラックカードで支払っている。京語の周辺にカードで支払いをするようなお知り合いはいない。なんせ自分からしてバイトで生計を立てている。
(あ、そーいや明日深夜のシフトいれてたな)
 深夜勤は自給がいい。客もたいして来ないし。どうせ日中は学校があるから入れないし。
 配達の手配が終わり、修子は京語の側へと戻ってきた。
(ちゃんと、足音がする……)
 思わず確認してしまう京語であった。
「まあ。どうかしまして?」
 不審を感じ取ってか、修子さんは微笑んでみせた。息子ならば一目で見破るだろうが、いかんせん、京語は会ってまだ一時間も経っていない。
「いえ……オレも買い物が終わったんで、この辺で失礼させてもらいます」
「そう……さようなら、わたくしの吟醸生大蛇」
「え」
「何か?」
「いえ……」
 京語は聞かなかったことにした。
「そういえば、お名前をお聞きしていなかったわ。聞かせてくださる?」
「皆木京語です」
 修子さんの目がなんだかとっても誤魔化しのきかない眼力を放っていたので、正直に答える。その途端、修子は頬に手をやり、まあ、と口をあの字にあけた。
 以下、修子さん心の呟き。
 道理で……。わたくし好みのオーラとあのにっくき赤悪魔のようなオーラを放っているわけね……。半々なのが惜しいわ……。サキちゃんの血筋だけを受け継いでいればよかったのに……。あのうっとおしい男(息の根を止めておくべきだったと今でもたまに思うわ)の血も流れているのね、この子……。礼儀正しいし、吟醸生大蛇を持っているのに、たまに殺意が湧き上がってきたのはそのせいなのね……。あのピー(修子さんは口にもしたくない)の血を引いているなんて、返す返す、不幸な子……。
「それで……そちらは?」
 修子から何とも言えない、蔑みと好意と哀れみの入り混じった視線を受けている京語はいたたまれない。
「わたくし? わたくしは、江口修子と申します」
「――えぐち?」
「ええ、江口」
 江口って、もしかして――。その時だった。今まで店内を物色していた一人の客――包丁を持ち、紺の目だし帽をかぶったジャンパー姿の男が、レジ係に包丁を突きつけた。
「まあ、大変」
 京語は、走った。店内の隅っこに。そして、変身! もうどうにも止まらない。
 ぴゅう。やっほ。妖精さんの時間だよ。今回は、正義の味方のお約束さ! デパートっていったら、人が多いからね! 大変さ! 堂々と変身はさすがにできないからね! 正義の味方は世を忍んでないと。代々受け継がれる鉄則さ。京語君にも、そりゃもう、刷り込まれてるからね!
 変身はこっそりと! 大切だよ! え? さっき? さっき京語君、往来で変身しようとしたじゃんって? 
 え……。
 ……例外もあるのさ。あの時は結局変身しなかったからいいんだよ! んじゃあねー。
 しかし、隠れて変身したはいいが、京語の行方を目で追っていた修子には目撃されている。あと、これもたまたま目撃していた、母親に連れられてきた幼児は「すっげー」と目をキラキラ輝かせている。
 ――まあ、こんなときもある。
「か、金出しやがれ! 刺すぞ! ほら、さっさとしろ!」
 修子という上客のおかげで上機嫌だった店員は地獄に落とされていた。強盗にせかされて、レジの金をかき集めている。
 そこに、京語は颯爽と現れた。赤ライダーモードだ。
「貴様! 恥ずかしくないのかっ?」
 相手が武器を所持しているためか、しょっぱなから京語は高圧的に切り出した。
 修子さんは、「わたくしが出る幕はないようね……」と呟いている。愛する酒取り扱いコーナーの為ならば、あんなことやこんなことのひとつやふたつ、彼女にとってはお茶の子さいさいである。もちろん、犯罪ではない。超常パワーの類で、偶然に人が怪我をしても、立証は不可能だ。法律には触れない。
 強盗は、なっ、なんだてめえっ? と変なコスプレ野郎にどう対処していいか困っている。
「屋上でやってるライダーショーの役者か? アホかてめえ! 現実とテレビをごっちゃにしてんじゃねえ!」
 強盗は正論を吐いた。一理ある。大人たちは頷いた。しかし、子供は純粋だった。
「赤いライダー! 頑張れー。あんなおっさんやっつけちまえ!」
 ここに至って、強盗は本当の犯行をしていたのだが、なんだか雰囲気が実演ライダーショーの雰囲気をていして来つつあった。
 赤ライダーは、叫んだ少年と目に見えないコンタクトをとった。少年にたくされた夢と希望を胸に、京語はさらに強盗を追い立てる。
「お前のような奴がいるから! 平和が遠ざかるんだっ。何故悪の道に進もうとするっ?」
 京語は完全にあっちの世界へ入ってしまっていた。修子は眉をひそめる。血は争そえない。ピーに似すぎている。無駄に熱い。
「う、うるせえ!」
 強盗は包丁を振り回した。
「とう! 必殺! 稲妻キック!」
 説得を京語は諦めた。実力行使に出る。空中にジャンプし、そこからキック姿勢で標的に一直線だ。右足部分に発生した稲妻が渦巻いている。おお、すげえ特撮だ、とギャラリーは思った。しかし、生憎、必殺キックは外れた。強盗にとっては幸いだった。
 かわりに強盗の右脇にあった棚が崩れ、さらに壁を貫通し大穴が開いた。悪人とはいえ、一般人が食らったらキツすぎる処罰だ。ブルーライダーのへなちょこ攻撃と違って、レッドライダーの攻撃はおおいに実害がある。
 カラン、と強盗は刃物を落とした。
 こりゃ降伏しないと殺される。
「くそっ! 外したか……」
 訓練が足りていなかった。モードの違う京語は、仲間との定期訓練を心に誓った。キックは見た目と精度が共に重要だ。
「お、おれが悪うございました! 改心しました! ほら、仲良しです! ねっ! ねっ!」
 強盗はさっきまで包丁で脅していた店員の手を握り、ぶんぶんと振った、必死だ。強盗だって、命は惜しい。え? という店員に、頼むよ! まだ死にたくないんだよ! と懇願の目つきだ。
「ならばよし! だが覚えておけ! いつでもオレはお前を見ている! 二度目はないと心に刻め!」
 人差し指を強盗に突きつけ、レッドライダーは飛び上がると、姿を消した。
 フロアにいた子供たちの目はキラキラマックスだ。
 大人たちは、あの壁、セット素材にしてホンモノっぽいけど……と首を傾げ、店員は、保険、降りるかな……と考え、強盗は、はやく、警察来てください。おれをあの赤い奴から守ってください、と到着を心待ちにしていた。
 そして、修子さんは、
「……あら。罠の一つにまんまと引っかかったようね」
 何かを感知した。彼女自身にしかわからない謎の言葉を吐く。
「サキちゃんの息子の行方も気になるところだけれど……。幸太を捕獲するのがまず先ね……引っかかったことだし」
 京語が変身する際に隅っこに置きっぱなしにしていた荷物(主に酒)を持ち、ススッと混乱する特設? ヒーローショーの舞台を後にした。
 さて、京語であるが……男子トイレに隠れていた。幸い、無人だった。個室にこもって、深い深い、底に沈んでもう出られないんじゃないかというぐらいの底なし沼にはまっていた。彼の懊悩は深い。彼の周囲の空気は澱んでいる。
 久しぶりに、久しぶりに、でかい失態をおかしてしまった。
(オレは……オレは……)
 人間やめたい。ていうか、正義の味方を止めたい。
 立ち直るのには時間がかかりそうだ。


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