第一回 幸太、帰る


 ようせいっさんの、じっかんですー。
 第三話は初っ端から妖精さんタイムさ。アハハ! ほら、第二話終了から現実時間では間が空いたしね! もちろん作中では別さ!
 それと第三話って第三話なんだけど実は第三話じゃないみたいなさ! まあなんていうか過去編さ! 過去編だけど本編なのさ!
 つまりさ、第二話は「つづく?」っていう意味不明な終わり方になってたけど、ようするに続くわけなんだよ! 
 でもその気になれば一行で終われるんだけどねこのシリーズ! 妖精さん的にはさ。
 ホントだよ! 妖精さん嘘つかなーい!
 一例だとこう。第二話の「幸太は挫折しそうになった」の後に一行あけて続けてみるよ。
 そして幸太は目を覚ました。なんだ、全部夢だったんだ。良かったっっっ! とか。
 ほら、王道夢オチ! いいんじゃない? グ。
 どんな話であろうとこれで最終回さ!
 他にはこんなの。
 こうして、二足のわらじの幸太とイヤイヤヒーローの京語は、後に待ち受ける辛く厳しい戦いを乗り越え、呪いから解放されたのであった。完。とか。
 ……後に待ち受ける辛く厳しい戦いってなんだろうね? 行間読んでよ! 君ならできるさ!
 とまあこんな風に、だいたい一行でいつでも終われるのさ!
 冗談だけどね! ないよそれは!
 それじゃあ第三話に本格的に入る前に、妖精さんの簡単親切ポイントまとめ、今までのあらすじ。
 白き刃の下っ端ショッ○ーとして働いていた江口幸太。運悪く幹部『白き金』に昇進! そして何とバイト仲間はレッドライダー(赤ライダーでも可)のくせに親の精魂こめたライダー教育のせいで人生に嫌気がさした皆木京語。二人は互いの組織を倒すために一致団結さ! そんな折、幸太のもとに母、修子さんが訪ねてくるのさ! ボンダラ持参!
 ボンダラビッチ。意味はつららの子! 日本語とロシア語の無理やり合体! そんな感じ! よくわかんないね!
 結果! ボンダラを受け継いだ幸太は二足のわらじになるわけさ!
 幸太の父親はブラックライダーで、母は悪の秘密結社のボンダラーナだったわけさ!
 サラブレッドだよ。ボンダラだよ!
 幸太と京語の因縁に満ちた結束は強まるばかりなのさ!
 こんなトコかな!
 わかんなくても何とかなるよ!
 んじゃ、ばーい。
 久しぶりだから一生懸命仕事してみた妖精さんでしたー。もう修子さんからの攻撃もないしこの第三話は気楽なもんさ! 
  アハ! 楽しいな!

 


「――?」
 実家の門の前で、インターホンを押そうとしていた幸太はキョロキョロと辺りを見渡した、三回も。
 ハッピー気分の何かが一人舞台を繰り広げていたような?
「……まあ、いいか」
 いたのだとしても、今はいなくなったようだし。しかし、もし今度気配を感じたら、捕獲に挑戦してみよう。そして売る。できればボンダラビッチとセットで。幸太の暗い願望を察知したのか、ひんやりとした気配と「シャ……」という切なさたっぷりの鳴き声が現れかける。
 すかさず幸太はガンを飛ばした。
「消えろ」
 しょぼーんとして、ひんやり気配が去る。
「ったく」
 巨大三本つららの躾は大変だ、と髪をガシガシと掻く。
 しかし幸太は知らない。ボンダラビッチは今、春を謳歌しているのだ。
 今までの使役主のように、「南極の氷であいすくりんが食べたいわ……今すぐ。とってこい」や、「ほほほ。言いつけておいたことと実際が異なっているようですね? ボンダラ?」という微笑みつきのイビリや、「まあ。あらあら。あの大臣、ちょっと呪われているから祓ってさしあげなさい。え? 相手も強いから自分も危険? 溶けきってしまうかも? ……。まあ、じゃあぜひとも行ってもらわないと」やら。
 そういうのが一切ない。
 怒られても平気! 普段は消えていろ、と言うだけで幸太はそれ以外の無理難題はしてこないではないか! そんなわけでボンダラビッチは幸太が大好きである。
 つらら魂で一生ついていくつもりだ。加護しているのだ。そしてできれば、構ってもらえると嬉しい。いつかもっと打ち解けてくれるかな、とボンダラビッチの溶けやすい心は期待で満杯だ。
「…………」
 幸太は、なんともいえない表情で、実はボンダラビッチが浮いていて「シャキシャキーン」とつらら節で鼻歌を歌っている空間を見やった。
(気のせいか、三本つららのやつがすんげえ楽しそうな気配を発しているのを感じる……)
 そんなことは別にわかりたくもないのだがわかってしまう自分にも思わず眩暈を覚えそうになるし、ボンダラがウキウキ生活をエンジョイしているようなのもかなり不本意だ。
 幸太はイラッとしていた。
(あー。なんかに八つ当たりしてえ)
 拳を作って、押すつもりだったインターホンをそのまま殴りつける。破壊音が響いた。
 インターホンが陥没している。そう、幸太は改造されちゃっているので、物の取り扱いは慎重にしなければならない。
「……誰かと思ったら、お兄ちゃんなの?」
 気だるげな声が、いつの間にか、門のそばから聞こえてきた。そこには少女が一人立っている。夏用の制服姿だ。中学の部活か夏期講習があるのだろう。真っ黒いストーレートの髪を腰近くまで伸ばしている。
 断っておこう。気配はまったくしなかった。
 プチ修子なだけある。ついでに兄がインターホンをぶっこわしたことなどまったく意に介していないようだ。
「久しぶりだな。元気か妹よ」
「うん。暑い」
 違うだろ。何故久しぶりだという挨拶でかえってくるのが、暑い、なのだ。会ったのも数ヶ月ぶりだというのに、半日ぶりに会ったかのようなこの感情の昂ぶりが見られない希薄な態度。
「クーラー壊れて暑いの」
「髪切るか、結うかしろよ」
 髪を伸ばしっぱなしにしていたら、そりゃ暑い。妹の返答は意味不明だった。
「だって私は江口美弥よ?」
「それがどうした」
「この日本人形のような長い艶のある黒髪はいろいろと役に立つの。……ふふ」
 修子と対するのとはまた違う恐怖が、幸太の背筋を這い上がった。また母譲りの見かけはいい容貌をしているものだから妙な迫力がある。なんか憑いてるみたいな? 
 実際、巨大三本つららに憑かれているのは幸太なわけだが。
(また一段と、よくワカラナイ成長をとげたな、美弥)
 お兄ちゃんは怖い。
「つらら、いる? ね、私、暑いの」
 引っ掛けサンダルで外の門まで出てきていた美弥は、周囲を見渡してのたまった。瞬時に、冷気が美弥付近を満たす。
「ちょっと寒すぎ。ほら、微調整。つらら」
 しかし、微調整がお気に召さなかったようで、何度かやり取りがなされる。ようやく、美弥が頷いた。
「……こんなもんか。つららのレベルじゃ」
 幻聴かもしれないが、傷ついたボンダラの「シャキッ?」という叫びが幸太には聞こえた。涼しげな美弥が、門を開け、幸太を振り返る。
「おかえりお兄ちゃん。入れば」
 そうしてスタスタと歩いていってしまう。
「……。ボンダラ言うこときいてるし。あいつがボンダラ継げばよかったのに」
「そうだ。お兄ちゃん」
 行ったと思った妹が、目の前に立っていた。心臓に悪い。妹は美しく微笑んだ。こういう微笑みの時は、美弥が人の不幸を心底から楽しんでいる時だ。
「お父さんがお兄ちゃんのこと、首をながーくして待ってるよ」
(このプチ修子め)
 どうしてこんな妹に育ってしまったのか。昔は天使のように愛らしかったのに。
(お兄ちゃん、お兄ちゃん、と俺の後を無邪気についてきて……)
 幼少の思い出を回想し、幸太は首を捻った。
(お兄ちゃん、お兄ちゃん、と俺の後を――ついてきてないな)
 該当の記憶がない。
 どうやら自分自身の願望、捏造だったようだ。
 妹は昔っからこんなだ。
 お兄ちゃんはかなしい。

 


「新ブラックライダーも加わったせいかなあ……。ブラックに会いたいなあ……。旧友と昔の話で盛り上がるのもまたライダーの醍醐味……」
 ヒーローは永久不滅! とへったくそな字で書かれた掛け軸の前で、父親がまたぶつぶつ呟いていた。故障中の自分のビデオデッキにかわり、実家のデッキで予約録画しておいた深夜のF1中継のビデオを取りにきた京語は、そんな実の父を完全無視して、録画チェックを行う。
 声をかけなければ無害だ。
 忌々しい部屋だが、長年父が自分へのライダー教育のため、ライダー番組の視聴にも使用していただけあって、悔しいことに機材、設備ともに充実している。ほとんど使いもしないのにブルーレイ対応レコーダーまである。が、今でも現役で酷使されているのはビデオだ。何故なら諸々のライダー教育用テープコレクションがビデオテープ専用だからだ。ただし、復刻版でさらにそれらのブルーレイが出ることを父親は期待している。要望入りのアンケートハガキまで出している。
 京語は眉をひそめた。三倍速にしておいたのに、120分テープが使いきられている。
「それとも昨夜のなつかし番組。ライダー特集を徹夜でみちゃったせいだろうか……」
 まだ父親がぶつぶつ言っているが無視。
 巻き戻して再生。
 F1のレースの様子なぞこれっぽっちも映っていなかった。再生してまず出てきたのは、「へんっしん!」という決めポーズだ。
 畳に膝と両手をつき、京語は地の底からとどろくような声でもって父を呼んだ。
「――親父」
 掛け軸から、わが子へと視線をやった住吉は、なんで京語はあんな体勢でぷるぷる小刻みに震えているのか、と不思議そうにしている。
「オレの敬愛するレーサー、ジーク・フォンバイアーの復活後初参加レースの映像をどこへやった……! お宝として永久保存版にしておこうと思っていたのに……!」
 深夜というよりは朝方の放送だったため、どうしてもバイトの都合でリアルタイムではみれず、こうして予約録画しておいたはずが。何故「へんっしん!」にすりかわっているのだ。
 住吉は腕を組んで深刻そうに言った。サキちゃん、の下りだけを。
「なにか設定してあったの、京語のせいだったのか。助かったぞ父さん。サキちゃん、同窓会で明後日まで帰ってこないだろう? 京語も中々ウチに帰ってくれないし、父さん一人の夜が寂しくてなあ……。そうしたら昨夜、六時間連続のライダー特集番組が組まれててな! 徹夜してみちゃったんだけど、もちろん録画もな! 空のテープが入ってて助かった!」
(スランプと大事故を乗り越えてレーサーに復帰したジークの走りを見て、日々の疲れを癒そうとしていたのに……! 楽しみにしていたのに……!)
 親父許すまじ。
 京語の背後で、まさにレッドライダーとしか表現のしようがない怒りの炎が燃え上がった。
「ま、待て待て待て京語! な、なんで変身しようとしてるんだっ」
「……敵には……制裁を……」
 京語は結構本気だ。
「父さんは敵じゃないぞっ!」
「F1中継を消した罪、それは万死に値する! 特にジークの記念すべき走りだったのに!」
 そんな。京語がそんなにF1好きだったなんて。はじめて知った住吉である。自慢じゃないが息子の事など何一つ知らない住吉なのである。
「そ、そうだ! 父さん! F1好きな友達一人知ってるから! きっと録画してるぞ! その友達に連絡してやるぞ!」
 訝しげながら、京語の怒りの炎が弱火になった。チロチロ燃えているぐらいだ。
「親父にそんな友達が? 誰」
「ブラックライダーだよ」
 住吉がうんうんと頷きながら答える。
(ブラックライダー?)
 と言われて京語が思い出すのはたった一人。現在二足のわらじをはいて一人二役の江口幸太だ。なんとなくセットで巨大三本つららの姿も浮かぶ。しかし、幸太は住吉の友達ではないだろう。
「本城聡っていうんだ。かつてのブラックライダー! 音信不通だったけど最近連絡が来てさー。いやー、電話だったけど話が盛り上がっちゃって」
「かつてのってことは……」
「江口君の父親だ!」
 いそいそと住吉は電話をかけに行こうとしている。
「いや……親父」
 今確か幸太は実家に帰郷中だ。つまり、そこに住吉は連絡をとろうとしている。父親が電話をかけたからといって何があるというわけではないが、培われた苦労性センサーが警鐘を鳴らしているのを京語は感じていた。
 何しろ、元ブラックライダーの妻は、住吉を赤悪魔と言ってはばからない人物であるし。くわえ、現在、母が出席している同窓会って確か――。
(幹事は修子さんで、当然開催地は地元で――)
「えー? そう? そうなんだよ、サキちゃん出かけちゃって。え? いいの? もちろん行くともっ」
 父親の弾んだ声がする。
 やがて戻ってきた住吉が満面の笑顔で告げた。
「京語! たまには父子同士、水入らずで旅行しよう! ブラックライダーのところに! F1コレクションもあるそうだぞ! ちゃんと録画もしてあるそうだぞ!」
「行……! くっ。いや、オレは行かな……!」
 自分たちまでが行けばそんなの新旧大集合になりそうなので本来ならごめんこうむる。(しかし! だがしかし! F1コレクション……! もしかしてあんなのやこんなのがっ? お宝映像もっ?)
 鞭と飴だった。


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