第九回 ブラックライダー二人とレッドライダーと一般人



 まず、幸太は周囲の探索を行った。遠出すると迷子になりそうだったので、近場、半径五メートル以内の 確認だけで済ませた。建物構造等は、まぎれもなく自分の家のように見えた。が、確実だ! と思った道が閉ざされているなど、違いもある。その上、忌まわし き十不思議スポットがなかった。とても喜ばしいのだが、これはおかしい。おかしいったらおかしい。
 
 一見、俺ん家っぽいんだけど、何かが違う。
 
 そんな疑惑を京語に伝え、結果、幸太と京語の二人は、現在、戦闘が終わるのをただひたすら待っている。
 戦闘――とある、二人のライダー同士の。
 何故なら、単純に、一番近くにいるのが、ただ今激戦中のそのライダー二人(双方、親父疑惑濃厚)だったからだ。
 周囲探索を終えて戻ればさすがに戦闘も終わっているだろうと思ったのに、何と、終わっていなかった。
 そもそも、何故仲間同士で戦っているのか。まあ、腐っても仲間同士だろうし、片方の死で幕を閉じる、なんてことはない……はずだ。
 よって、戦闘を観戦している。
 ブラックライダー姿のまま、あぐらをかいて膝に片肘を幸太はついた。
 ――だれてきた。
(ここは見切りをつけて、他に人探し……。つまり遠出……。でもなー。ここが別邸? だと仮定して、室内探索か……外なら突っ切るルートとか、覚えてるんだよ……。別邸内はな……)
 遭難の記憶が幸太の中で蘇った。
 迷う自信がとてもある。
 その時だった。
『シャッキーン!』
 実は幸太たちについてきていた巨大三本つららが、道案内? 案内するよ? 案内するよ? 出来るよ! とここぞとばかりに冷気を迸らせ、新しい主に自己主張した。
 チラ、と幸太はそっちを見た。
『シャキン……?』
 巨大三本つらら、ボンダラビッチは期待に胸を躍らせている。とけがちな氷のハリも心なしか強まっている。
「…………」
 幸太は華麗にスルーした。
『シャ、シャキーンっ?』
 つららは凹んだ。
「どうすっかなあ……」
 いつものように、巨大三本つららの存在は完全になかったことにして、悩み出した幸太とは対照的なのが、京語だ。
 まず、ここに落ちてから、この突発事態から落ち着きを取り戻すと、京語は早々に変身を解いた。変身を解くまでに、ちょっとした紆余曲折があったが、解いた。
 次に、それがバイ菌でもあるかのように変身ツールを親指と人差し指で摘み、キョロキョロと周囲を見渡した。 
 そして、外設置のゴミ箱を見つけると、思い切りよくその中へと放り捨てた。一仕事やり終えた、という風にパンパンと手を叩いた京語は、とても爽やかな表情をしていた。もうこれでオレの問題はすべて片付いた! という顔だった。
「そこだ……ブラック! やれ!」
 今。戦闘観戦中の京語は、かなり感情移入して応援している。
 ――黒いライダーのほうを。
「――くっ。惜しい! ブラック!」
 ちょうど幸太ではないほうのブラックが地面めりこみキックを、これまた京語ではないレッドにお見舞いしてかわされたところだった。
 レッドが「どうだ! ハハハハハハ!」と言わんばかりの決めポーズをとり、あっちのブラックがイラっとしたのが伝わってきた。
 一割程度は違うかも? とも思っていたわけだが、やっぱあれって住吉さんとウチの親じゃね? と幸太の確信が深まった。
 主に、前代ライダーたちが綴っていた『ライダー連絡帳』的に。あの中の担当、ブラックの記述的に。その後の、あの送られてきた宅配便を厳重梱包していた自分の父の様子から想像するに。
「よしっ!」
 京語が歓声をあげた。ブラックの必殺技がレッドに決まった。庭の地表を削りながら、赤い物体が超特急の勢いで滑り込んできた。
 赤い物体……勿論レッドライダーが。
「!」
 あおむけの体勢からすぐさま起き上がったレッドライダーは、幸太を見て硬直した。
「バカな……? ブラックが二人……? まさかっ?」
 二人のブラックライダーを見比べている。
 幸太がまだ変身を解いていないのには理由がある。
  解くには何か恥ずかしい掛け声を真面目にし正規の解除方法をとらなくちゃならないからだ。普通は簡略化できるようなのだが、京語が変身を解こうとした際に 失敗し、この勝手に手首に巻き付いて変身させてくれた迷惑な変身ツールの場合、変身解除は正規の手続き必須、と判明した。張りのある声で声量を満たしつつ 台詞を言い、ポーズを完璧に決める必要がある。
 拷問すぎた。
「親父め……! また余計な機能を……!」
 と京語がストレスゲージを溜めていたので確かだ。
 幸太も試したが、ベルトがピカーっと光り、
『ブッブー! 本気度が足っりませーん! 失格! しっかーく! そんなんでさー、ライダーやってけると思ってんの?』
 という人工音声が出て駄目だしされた。
「ねーよ」
 と幸太が思わず答えたら、何とさらなる応答があった。
『ブッブッブー。ブブッブー。基本からやり直してくださーい。ノルマ100!』
 正規の変身解除の掛け声とポーズを百回こなさないと解けない仕様に変更になった。そんなわけで幸太はとりあえず変身を解くのを諦めたのだ。
 百回なんてやってられるか。
 その横では、初回の失敗を経、一発オーケーで完璧な掛け声とポーズを披露し、京語が変身を解いていた。
『ピン、ポーン! カンペキですっ! ユー、アー、ヒーロー! ロゴが光る特別衣装を進呈!』
 人工音声の反応も段違いだ。さすがだった。しかし京語の目は確かに死んでいた。そして捨てに行く前にビタンっと地面に腕時計を投げ捨て、叩きつけていた。
  ともあれ、そんな経緯で幸太はブラックライダー姿で、京語は一般人スタイルだ。京語のほうは変身を解いてもショッカースーツ姿ではなく、正義の味方っぽい Vマークロゴ付きの赤いジャケットとジーンズというレッドライダーの変身前指定服です! な服装になっていた。人工音声の言っていた特別衣装らしい。余談 だが、この赤いジャケットも京語は思い切りよく捨てていた。

 ――ぴゅう。
 文章の間を切り裂き登場、妖精さんの時間だよ! 変 身解除についてチョロっとでたから、第九回は、変身について! 京語君たちカラーライダーは、「変身!」ってやると変身するようになってるんだけどね、こ れも正規の方法だと長いんだよ! 京語君のレッドライダーへの変身なんて一分五十一秒かかるね! 本当は派手な効果とか入るんだよ! ちなみに正規の変身 解除はこれも効果が入って、計二分三十三秒かかるよ! うん、変身解除のほうが時間がかかるんだ!
 まあでもさー、いつもそんなに時間があるわけじゃないからね! 
 だから変身! で三秒で終わるよ普通は! 簡略化バージョンだとピカっと光るんだけど、光に包まれてる間だけ時間の経過速度が変わってるんだよ。すごいね! ていうか京語くんの代で簡略化が進んだね! 
 そして何を隠そう妖精さんも毎回時間の経過速度を変えて登場しているのさ! だからこの説明の間も実は一秒も経っていないんだよ! じゃ!

「ブラックが、二人……!」
 震える声でレッドライダーが呟いた。
「いや、微妙にスーツが違うんで……」
 ブラックはブラックでも、スーツデザインに違いがある。ほら、あっちのブラックの変身スーツには、額にBVって入ってるから。こっちのにはないから。イッツシンプル。あと模様っぽい線の入り方も違うんで。
「そ、そういえば確かに……」
 幸太の言い分を黙って聞いていたレッドライダーが頷きかけたが、レッドライダーに止めをさそうと上から振ってきたらしきブラックライダーによって振り出しに戻った。
 ブラックライダーは変身済み幸太の姿を認めると、一瞬静止し、徐に、
「本物が現れたか……!」
 と、吹いた。
「本物、だとっ?」
 レッドライダーが食いついた。続いて、
「バレては仕方がない。そいつが本物のブラックライダーだ。ライダー連絡帳の記入も、ライダーグッズの配布も今後はそいつにするがいい! ニセモノの私は去るとしよう!」
 さらにさらに、吹いた。
 レッドライダーもすんなり信じている。
「やはり、そうか……! 思った通りだ……。おかしいと思ったんだ……。親友のブラックが攻撃してくるなんて……。白き刃め、姑息な手を……! 内部分裂を狙うとは……」
 などと返している。
「その通りだ。ちなみに一応言っておくが私の変身前の姿もニセモノだ。あれは私に操られていた善良な無関係の一般市民Zだ。ライダーとは一切関係ない……! 本当にいっっっさい! 彼は関係ない……!」
「つーか、ほら、スーツのデザインが微妙に違」
 幸太の抗議を封じ、
「スーツも実はそれがホンモノだ!」
 ブラックライダーが幸太を指差し、言い切った。
「そ、そうだったのか……」
 レッドライダーは愕然としている。信じられないことに信じている。
「こっちの君が、真のブラックっ?」
 熱い視線が幸太に注がれている。
「そのとおりだ」
 重々しくブラックライダー(自称・ニセモノ)が頷いた。
 しかし、そのとおりだ、じゃない。
 あまつさえ、ブラックライダーは颯爽と退場しようとした。
「待ったあ!」
 別に変身していなくても可能な高速移動で幸太はブラックライダーの退路を防いだ。しかし、ブラックライダーのほうが一枚上手だった。
  一瞬の隙をつき、幸太を出し抜いた。全力で走ったのか、遙か彼方だった。が、ここで逃がすと何かもうこっちがブラックだと(ブラックといえばブラックだ が)信じ切っているっぽいレッドライダー(中身が京語の父、住吉ならなおさらだ)の誤解を解くのが面倒だ。幸太は、追いかけることにした。
「すぐ戻るからそのままで!」


 ――すぐ戻るから、そのままで、と言われても。
 残されたレッドライダーと空気のように気配を消していた京語の間に、一陣の風が吹き抜けた。
「一体どうなっているんだ……? それはそうと、もしや、君もライダー関係者なのかい……? まさか、ライダー、なんてことは……」
 レッドライダーが京語に話しかけた。
「違います」
 京語は首を横に振った。
「――ただの! 無関係の!」
 妙に力を込めて、主張した。
「一般人! です」
 しかし真っ赤な嘘である。



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