1. 忘れられし雨にて


「ひどい! ひどいわっ。こんなひどいこと……。誰も、誰も傷つきたくないはずなのに……!」
 説明してやろう。
 これを言っているのはヒロインだ。聖女だ。実はすさまじいパワーをその内に秘めているのだが、ここぞという時しか使わない女だ。非常時には羽も生える。羽が散ってウザイ。
 誰もがこの女を褒め称える。いわく、美しい。いわく、なんと慈悲深い。いわく、とにかく素晴らしい。
 ほめりゃあいいってもんじゃない。
 実態は、だ。いくらたいそうな力を秘めていても、だ。
 普段の雑魚との戦闘ではヒッジョーに非力ではっきり言って役立たずで回復ぐらいしかできず。そのくせたいして強くもないくせに、残酷攻撃技を持っていたりもする。だからオレはリーダー特権でヒロインを選抜メンバーからは外している。おかげで気安い戦闘仲間である選抜の面子とヒロインとの間には天と地ほどの差が出来てしまった。強さの。
 なのに、一体どんな業か。そんな差は吹っ飛ばしてまあ、ヒロインが出張る出張る。オレはお前をご一行から外したいんだが。なあ。なんでそういう流れが派生しないんだ。
 ……やはり、ヒロインだからなのか? オレはこの女と恋愛しなくてはならないのか? 好かれてるっぽい気がしてそういう流れが始終オレを責めさいなんでも避けて通ってきたのに。
 選択肢が出たら、他メンバー寄りで今までやってきたのに。強制はマジやめてくれ。
「ひどい……!」
 ヒロインは泣いている。
 状況も説明してやろう。
 オレは勇者だ。世界を救うために旅をしている。ていうか、はじめは確かにゲストで勇者っぽいご一行の中に入ったはずなのに、あれよあれよとリーダーに降格されていた。
 抜擢ではない。降格だ。
 まあそんなわけでオレは勇者。今、忘れられし雨という土地にいる。
 先ほど、哀しいことに、敵の攻撃によりとある都が消滅した。オレたちは必死に戦い、勝ったが、敵の罠だった。奴らはオレたちを足止めし、都を破壊するために新兵器「砲」を使用した。「砲」により、都は……。
「――私たちの、せいだわ。私たちが!」
 ヒロインは、焼け跡に転がっていたぬいぐるみを拾い、抱きしめた。泣いている。
「…………」
 オレは無言で首を振る。
 ……そうだな、ヒロイン。この惨状は、てめえのせいだ。
 ヒロインは、敵にとっ捕まっていた。それを仕方なく救出したオレたち(いや、選抜メンバーすら、浅深はあれども皆ヒロイン教の信者っぽいから、仕方なかったのはオレだけかもしれない)一行。そのまま脱出するはずだった。だが、ヒロインが敵に説教攻撃をかましたせいで、敵が「砲」を使用しようなんて考えついた。
 ヒロインが敵の過去の辛い記憶を無遠慮に抉らなければ、敵もあそこまでしなかったはずだ。敵の名前はロシェルと言ったんだが、奴は歩んできた過去が裏道街道なだけあって物の道理がわかっていそうな人間だった。ヒロインの説教攻撃で冷静さを失っていなければ憎しみが高じていても「砲」の使用にまではいたらなかったに違いない。今頃、きっと「砲」の威力に言葉を失い、心ひそかに悔いていることだろう。それだけの良心はまだあるように思えた。ま、奴のやったことは許されることじゃないが。
「人の命を……! 何故わからないの……!」
 わかってねえのはこいつだ。
 あー。ウザ。
「戦いは、何も生まない……! そう思うでしょう?」
 振り返ってオレに同意を求めてくる。何故人を、自分の意見に従わせようとする。
 オレは何も言わない。しかし、ヒロインは肯定と受け取った。
「ええ……! そうよ……!」
 言ってること自体はともかく、断じてお前に対しては肯定していないんだが。
 ヒロインの得意技には、曖昧な事柄は全て自分のいいように解釈する、がある。たった今、いかんなく発揮された。
 オレは生まれつき声が出ない。もともと声を取り戻そうと、このご一行に加わった。農作業を心から愛している農民だ。だが、声が出ないのは実は深遠な理由があるかららしい。それがようやく明らかになってきた。オレの喉には古代の封印陣をかたどった模様が刻まれている。
「傷つけあうのではなく、私たちは理解しあわなければ……」
 同感なんだが、ヒロインがいうと、ヒロイン教の教えを受けているようで複雑だ。
「――!」
 オレは不穏な空気を察知した。悲しみにかこつけて……この女、オレに抱きついて泣こうとしてやがる!
 馬鹿野郎! オレが胸で泣かせてもいいな、と思ってるのはオレの出身の村にある食堂の看板娘、リサちゃんだけだ! オレは旅を終えて帰ったら彼女にプロポーズするんだよ。
 阻止。大げさで動作で駆け寄ってきたヒロインの両腕を掴んで揺さぶった。が、何故かヒロインが感極まった様子で瞳を輝かせた。寄り添おうとしてくる。腕を突っ張ってやはり阻止したが。
「気をしっかり持てっていうのね……。わかったわ。優しいのね……。大丈夫よ、私」
「…………」
 オレは頭痛を堪えた。
 ちっがーうっ!
 ヒロインから手を離し、踵を返すと、こちらの様子を見守っていた仲間の元に厳しい顔をして戻った。
 この行動も、表情も、またいいように解釈されていることだろう。
 オレは旅に加わって、何度目かの実感を新たにした。同族、同言語を話す相手であっても、通じないものは通じないのだと。
 オレとヒロインとの間に相互理解というモノは存在しない。
 ヒロインとだけはくっつきたくない。
 ああ、声が出せたなら。
 非の打ち所のない完璧な論理でもってヒロインを論破してやるのに。
 言葉でぶちのめしてやるのに。
 なにしろ物理的に実力行使しようものなら、ヒロイン教の奴らが黙っていないからできない。口惜しい。オレが悪者になってしまう。
 オレは声が出せない勇者。
 ヒロインに日々むかっ腹が立っている。
 今日から、ヒロインをエセ聖女と呼ぶことにする。奴が出し惜しみの秘めたるパワーを解放したときはハネ女で。
 そして心で綴るとしよう。
 オレの勇者な日々を。



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