20. カーツとキと球体とお馴染みの


 球……。
 大穴の底にあったのは、台座と、そこに置かれていた球。明らかに、自然にできたものではない、人工的な空間だった。
 そして不毛の忌避地でありながら、モンスターによる殺気に晒されない場所。ここでは、戦闘からも解放される。
「……………………」
 ようやく、完全に身体から力を抜くことができた。
「キ キ?」
 安堵とともに、オレはその場で昏倒した。
「キっ?」
 キの鳴き声が子守歌だ。意識が闇に呑まれてゆくのを感じる。
 球が深淵なる力を発揮したせいでも何でもなく、気が緩んで、今まで抑え続けてきた睡魔に呑まれたからだ。
 やっと、やっと休める。
  体調が万全ならば、この大穴のことを調べ、球のことも放置はしない。しかし、オレは『強くなった』感を利用して戦い続けてはいたものの、不眠不休をしいら れていた。すなわち、火急の休息が必須だ。眠気にのまれながらも高速でここまで思考したが、欲求には逆らえなかった。来たれ、心地よき眠りの世界。
 オレは夢も見ずに眠り―――――――――――――――――、迫り来る殺気で目覚めた。
 一撃で仕留める……! という殺気。
 はっと目を開け、身体を転がす。しかし掴んだままでいたはずの剣を手放してしまった。拾う暇はない。
 頭上から急降下してきた鳥型モンスターの嘴が地面を抉る。
 怒りに燃える目がオレを捉えた。をつけて鳴いていたとは思えない変貌だ。
 キだ。
『みりょうっぽい剣』の効果が切れたか! オレの馬鹿野郎が! 予想できた事態だったというのに、対策を怠り、睡眠という欲求に負けたオレの失態だ。
 剣は、でかい図体のキを越えた向こう側。
 キのさきほどの一撃により、吹き飛んでいった。
 多少なりとも仮眠をとれたため、体力は回復したが、休んだ時間が短かったため『失われる何か』は減ったまま。剣も手元にはない。効果的な魔法――早口言葉を唱えようにも、そもそもオレの体感的に、そうするには『失われる何か』が足りない。
 不毛の忌避地で繰り返した『強くなった』感の利用回数を考えると、オレはとてつもなく(謙遜などしない。事実である)強くなっている。この状況下でもキに勝てる見込みはある。倒すだけなら、だが。
 チラリと頭上を見上げた。空は見えない。
 それほど大穴は深かった。そして、大穴の底には横穴などは見られない。大穴の底についたはいいが、キがいないと出られないのだ。
 出られない→餓死。
 つまり、再び、何としてもキに『みりょうっぽい剣』を放つ必要がある。
「キキキキキキキキキ!! ギキキキキキキキ!」
 威嚇の咆吼をキがあげた。人間に操られた怒りか……。
 とにかく、オレがすべきことは剣を拾う……。いや、剣でなくとも……媒体に『失われる何か』を注ぎ、キに当てるというのはどうだ? 
 可能なら、媒体は丈夫な……。とはいえ、オレの所持品にはろくなものが……。
 ――あるな。
 所持品ではないが、良さそうなのが。キの一撃必殺の余波。その衝撃でも、びくともしなかった樹木の台座。そこにはあの球が置かれている。
 球は掌ほどの大きさだ。色は薄い透明な緑色をしている。
 高速で思考を巡らせ、オレは球に手を伸ばすことにした。片手で掴む。固定されている台座はともかく、キの攻撃の余波でもまったく動かなかった球は、かなり重量のあるものではないかと危惧していたのだが、軽い。
 途端、少し浮かびあがり、再び滑空攻撃を行おうとしていたキの動きがピタリと止まった。何だ?
「キキキィ!」
 ついで、慌てて地面に降り立った。球に触るな! と言っているようにも思える。
 キの怒りは、人間に操られたことよりも、この球のある場所に、オレがいるからか?
 大穴にモンスターたちが近づかなかったのは、もしや、この球が重要だからか?
「…………」
  球を剣に見立てて『失われる何か』を注ぎ、『みりょうっぽい球』を実行する前に、と、一歩、移動してみる。キの両目は殺意と憤怒で爛々と輝き、威圧感が息 苦しいほどだが、戦闘に明け暮れ、『強くなった感』を幾度となく繰り返した今のオレにとっては耐えられないものではない。
 二歩、三歩。
 剣が飛んでいった場所まで歩いても、剣を拾っても、キが攻撃を仕掛けてくる様子はない。
 明らかに、この球のせいだ。
 球をオレが持っているがために、キは攻撃をしてこない。
 オレは安心して『みりょうっぽい剣』をキに放った。
 もちろん、球を持ったままでだ。
「キキキキキキキキキッッ! ……キ
  敵意に満ちていた、キの両目に宿る色が友好的なものに変化する。自分で使っておいてなんだが、魅了とは使う分に素晴らしいが、フリでも何でもなく実際にかかるとなると恐ろしいものだ。オレがかかった立場だと……たとえ ば、エセ聖女がオレに……ちょっと想像しただけでも絶望しかない! 
 オレは強い耐性があるほうだが、完全にこういった攻撃を無効化できるよう、エセ聖女と戦う ときは万全をきすことを新たに心に誓った。そうだな、手っ取り早い方法として、大枚をはたいてでも専用の装飾品を買うとしよう。
「キ♥」
 キが寄ってきた。友好的になったキに対し、非常食用に採取し、束にして腰にぶら下げていた球根付の草、「ヒィィィィイォッヤアアアアアッ」を差し出す。キは丸呑みした。
 前回同様、『みりょうっぽい剣』で負っていたキの怪我が癒える。
 オレ自身も栄養補給に草を食べた。特に変化はない。


 しかし、この球だが。
 草を食べ終わり、肌身離さず持つことにした球をオレは凝視した。
 生物……にしては、通常、生命体にあるはずの、呼吸や動きなど、生きている反応が見られない。まさに球。
 これは一体、何だ?
 球だが、まさかただの球であるはずがない。
「キ
 魅了にかかっているキに問いかけることにする。非常に従順だ。
 ――キよ。
「キ?」
 ――オレの言葉が聞こえているな?
「キ!」
 獰猛な強モンスターのキが勢いよく鳴いた。やはり、意思の疎通が可能。
 ――少し質問したいことがある。はい、はキキキキキ、いいえ、はキキギ、で答えて欲しい。
「キキキキキ!」
 偶然でキキキキキと鳴きはしないだろう。通じていると見なして、質問を開始する。
 ――この球は大切なものか?
「キキキキキ!」
 はい、か。つまり、モンスターたちが大穴に入ろうとしなかったのは、それだけこの球が大事だから、だ。予想通りだ。
 ――この球に攻撃できるか?
「キキギ!」
 いいえ、だ。これも予想通りだな。
 ――それは他のモンスター、この不毛の忌避地にいる他の強モンスターも同様か?
「キキキキキ!」
 はい、だ。……不毛の忌避地からの脱出方法が見えて来たな。一番の問題は、戦っても戦っても倒し切れそうにない強モンスターたちだったのだ。球を持っていれば、戦わずして不毛の忌避地を通行する権利を得たも同然。光明だ。
 質問を続ける。
 ――ところで、魅了にかかっていなかったら、この球にオレを近づけたか?
「キキギ!」
 やはりだ。
 ――むしろ戦って排除しようとしていたか? ぶち殺す?
「キキキキキ!」
 魅了にかかっているとはいえ、即答か、キよ。効果が切れる前に定期的に『みりょうっぽい剣』を振るう必要があるな。
 ――確認だが、オレがこの球を持っていない状態で魅了の効果が切れた場合、オレとおまえは、即戦闘に移行するな? 
「キキキキキ! キキキキキ! キキキキキ!」
 殺る気だ。
 ――しかし、現時点ではオレの味方だと判断するが、良いか?
「キキキキキ♥♥♥ キキキキキ♥♥♥♥ キキキキキ♥♥♥♥♥
 人為的とはいえ、すさまじく好かれている。この様子だと魅了が効いている間は、問題ない。
 ――この球は、オレにとって危険だと思うか?
 いままで、ほぼ即答だったキの鳴き声が聞こえない。
「……………………キキギ?」
 思考していたのだろう。強モンスターも熟考するようだ。
 熟考の結果は、疑問符のつくいいえ、か。キにも本当のところはわからないが、おそらく大丈夫だろう、と結論を出したわけだ。
 その根拠も知りたいところだが……。
 はい、いいえ、の問答では、得られる答えに限界がある。質問を打ち切り、オレは一旦大穴の中から外へと戻ることにした。
 キ以外のモンスターの反応を見るためだ。これを真っ先に確認したい。
 キの足首に紐で括り付けた手製の板に乗る。
「キ♥♥
 キが羽ばたき、上を目指す。
 うまく均衡をとれるようになったのか、オレという荷物がいるにもかかわらず、飛び方が安定している。
 そして、大穴を抜けた。念のため、剣を構える。鳥型モンスターが抜けた先にはいたが、向かって来ない。
 好き勝手に聞こえていた強モンスターたちの鳴き声が、伝染していくかのように止まった。
「キィィィィィィィィィィィ!」
 キが高い一声を発した。無数の強モンスターたちの注目がキとオレに集まる。
 しかし……どのモンスターも、接近してきたり、攻撃してくることはない。
 むしろ、キの進行を妨げないよう、他の鳥型モンスターなどはキを避けてすらいる。
 球の効果は絶大だった。
 これなら、体力を充分に回復し、そうすることで『失われる何か』も回復、食糧として「ヒィィィィイォッヤアアアアアッ」の草をもっと採取、準備を整え、人がいる場所まで辿り着くことも可能だな。
 草の群集している箇所を探そうと、不毛の忌避地を見下ろす。
「……?」
 大穴の底へ行こうとしていた時は、大穴にばかり目を向けていて、空を飛んでいても気がつかなかったが……。
 オレは、己の喉に手をあてた。
 ――キよ、もっと上へあがってくれ。
「キ!」
 指示を出すと、キが羽ばたき、上昇する。ある高度まできたところで、
 ――ここでいい。
 キに言う。
 不毛の忌避地の全景を見渡せる位置で、上昇は止まった。
 地上にいる分には気づけないだろう。しかし、高みから落ち着いて見下ろしてはじめて、気づくことがある。
 不毛の忌避地は、ある形をしていた。それとも、描かれているのか? どちらにせよ、その中心が、あの大穴だ。
 空中から見る不毛の忌避地は、オレの喉にある古代の封印陣と、まったく同じ形をしていた。
 喉の封印を解く鍵がこれか?
 喉に当てていた手を離し、顎に置く。
 
 「――カーツ!」
 
 と、ほぼ同時に、悪魔の声が不毛の忌避地にこだました。
 空に、純白の光が突如現れ、滲む。
 羽根が、一枚。光の中から出現した純白の羽根がふわり、と舞う。忌々しき羽根だ。こんな羽根の演出を使ってくる奴は、オレの知る限りでは一人しかいない。
 
 「カーツ、どこにいるの?」

 ――これは、お馴染みのアレだな。
 そうだな?


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