19. 不毛の忌避地にて


 オレは驚異的な成長をとげた。
 一対一に持ち込んでいたのは、六体目までだ。
 それ以降は、複数を相手に戦えるようになっ た。戦闘中に『しょぼい剣』の亜流を閃き、オレは、範囲内の敵すべてに攻撃する、早口言葉を使った魔法と剣の合体技、『ぜんぶ・しょぼい剣』を会得した。 それからは、効率がさらにあがった。『ぜんぶ・しょぼい剣』を数回振るうだけで、強モンスターをまとめて倒せるからだ。
 オレは目を爛々と輝かせ、空前絶後のモンスターを狩りまくった。その間に、いろいろと新しい技や能力を身につけた。
 不毛の忌避地には人間が食べられるものがあるということも知った。
  その方法とは、忌避地にも木の実や食べられそうな草が生えている場所がある。比較的食べられそうなものを見繕い、大抵は、食べたものが食用に適さないどこ ろか、人体に悪すぎて死にそうになるのだが――その直前に強モンスターを一気に倒し、『強くなった』感の全快を利用する、というやり方だ。
 薬も 尽きているからこれしか回復方法もない。とはいえ、この方法で、一見どう見ても毒色のどす黒い草が食べられることがわかった。茎に水を多量に含んでもい る。地面から引き抜く際、「ヒィィィィイォッヤアアアアアッ」と嬉しげに絶叫するのだけが難だ。食欲が著しく減退するが、背に腹はかえられない。――強モンス ターも美味そうに(特に、この草の球根を好んでいる)食っていたので、草は、モンスターにとっても食用のようだ。
 
 ――しかし、困った。
 
 日もまったくささない、この不毛の忌避地にて、一体何日が経過したのか。
  強モンスターを倒せるようになったのはいいが、『強くなった』感が、久しく来ない。『何か』の回復手段もないのに、強モンスターと戦うたびにそれが減るだ け、という事態になってきた。オレは大分、いや、見違えるように一気に強くなったが、さすがに技抜きでずっとここの強モンスターどもと戦い続けられるほど ではない。
 しかも、見たところ、オレに数百体は倒されているというのに、強モンスターはちっとも減っていない。もともとの生息数が桁違いだ。
 目下、とりあえず謎のどす黒い草のおかげで、最低限の食べ物と水は確保できたわけだが、オレは単独。強モンスターは無数。ここにいる限り消耗戦だ。
 
 ――脱出を考えなければならない。
 
 オレは強モンスターをやりすごした岩陰から、不毛の忌避地の特徴とも言える、巨大な穴に視線を走らせた。
 単純に、穴を起点として外側へ延々と、延々と歩き続ければ、忌避地から出られることだろう。……いつかは、と付け足さなければならないが。途方もなく時間もかかることだろう。
 ……そもそも、あの穴だ。あの穴は、忌避地外に通じていないのか?
 強モンスターが穴を避けているようなのも気になる。鳥型のモンスターも、決して穴の上空には行かない。無論、降りもしない。
 大穴の底には、何が?
 と、高速で思考を巡らせていた時だった。

 ――いかん。

  いま、ふっと眠気がよぎった。オレはエセ聖女によってここに飛ばされてからというもの、不眠不休で戦闘に明け暮れていた。『強くなった』感で身体は回復す るが、眠気は別だ。また精神的な疲労も同様。人の身体というものは、どんなに鍛え上げようとも、絶対にどこかで休ませる必要がある。
 脱出の前にまず、モンスターのいない場所で少しでも休息をとらねばならないようだ、が……現実問題としてそれが可能かどうか。

 巨大な、底などなさそうな、穴を見た。縁の近くに立つだけで足が震え、眩暈のしそうな空洞だ。やはり、モンスターは穴を避けている。

 思いついた。
 穴の中――そして底があるとして、到達できれば、休息場所になり得るだろう。そこが安全とも言い切れんが……現状、あの穴ぐらいしかないのも事実だ。あとは方法だ。
  オレは浮遊の魔法は使えない。上級魔法であるという事実もさることながら、使いこなすのが非常に難しい。飛んでいるときも延々と早口言葉を唱え続けなければならず、もし一音でも詠唱を間違えれ ば、仮に空中にいた場合、即落してしまうとても恐ろしい魔法だ……。そこから冷静に早口言葉を唱え直せればいいが、多くの先人たちが実行できないままに、あえなく墜落していると聞いた。
 頭上を仰ぐ。
 暗い曇天に、雷雲がゴロゴロと鳴り、空が光る。だが、それらは日常茶飯事とばかり、鳥型モンスターが、よりどりみどりだ。

 ――あれを捕まえてみるか。

 鳥型モンスターの翼を折り畳んだ姿は人間ほどの大きさだ。しかし、その翼を広げると、様相は異なってくる。両翼は、優に胴体部分の数倍はある。翼が半端なくでかく、かつ尖っている。その翼をバッサバッサと動かし飛んでいる。
  これを見ていると、エセ聖女の白いハネが飾りに思える。あのハネでは、身体の大きさに対して、絶対に翼の長さも幅も足りないだろう。エセ聖女のハネは見か け倒しか……? 確か道中、空に浮かんで説教などをしていたから、あのハネで飛べるということになるが、エセ聖女があれで飛べるのはどういう理屈なんだ。 裏技でも使っているとしか考えられん。
 いや、エセ聖女のことを考えるなどよそう。
 エセ聖女、そして(必然的に)世界の敵となることをオレは決めたが、せっかく奴のいない空間にいるというのに、奴のことを考えるなど……!
 精神が疲弊する。
 休息だ、休息。
 オレは高速思考に結論を出すと、鳥型モンスターの捕獲に取りかかった。
 
 
 ――鳥型モンスターも食べる、どす黒い草を「ヒィィィィイォッヤアアアアアッ」「ヒィィィィイォッヤアアアアアッ」「ヒィィィィイォッヤアアアアアッ」 の絶叫に耐えて何本かぶちぶちと球根ごと引き抜き、球根で鳥型モンスターの群れをおびき寄せる。そこを『ぜんぶ・しょぼい剣』、『しょぼい剣』を使い分 け、戦闘。
 鳥型モンスター一体を生きたまま捕獲することに成功した。が、『強くなった感』はまだ来そうにないのに、『何か』を予想より多く消費 してしまった。そのことに少々不安になりながら、この不毛の忌避地にて、新たに閃いた『みりょうっぽい剣』という技を捕獲したモンスターに放つ。
  これは、俺が掛けられた魔術から発想を得、俺も使えないかと思いながら戦っていたら閃いた技だ。『何か』をかなり削られるが、敵を魅了することによって、 その魅了した敵を大雑把に自由にできる、を体現したものだ。持続時間はそもそもオレの体感時間が狂っているので不明だ。オレの勘では、それほど短くもな く、長くもない。また、強モンスターには効きにくい。解けたら再び戦闘になる。そのため、強モンスターを複数魅了して戦うという戦法は断念した。
 鳥型モンスターへの『みりょうっぽい剣』は、三回目での成功となった。回復手段もないのに、残りの『何か』が心許ない。
「キキキキキキ! キキ……! キ……? キ
 とりあえず、球根を食わせてみた。
「キ
  でかすぎる翼を畳み、ドタドタと寄ってきた、魅了済みの鳥型モンスターは、球根を棘付きのくちばしで丸呑みした。オレに向き直る。……オレが負わせた傷が、丸呑みした 途端、癒えていった。オレが食べても、そのような効果はなかった。この草……球根には、モンスターを癒す効果があるのか?
「キ?」
 よし、キよ。オレを穴へ運んでくれ。
「キ?」
 ――もちろん、通じないな。
「キ……。キ……? キ!」
 鳥型モンスター、キは、オレに「掴まれ」と促しているかのような素振りだ。オレが心で発した言葉に、悩んでいたようにも見えるが……。いや、それよりも、通じた?
「キ
 オレは心では常に饒舌だ。しかし、声が出ないため喋れず、現実には無言の男だ。だというのに。
 ――通じているのか? 
「キ!」
 ――通じているのかもしない。モンスターの生態など今までとんと興味がなかったが、心が読まれているらしいこと、なにより、話が通じているのかもしれないという点で実に興味深い……。
 それとも、強モンスターには知性があるとでもいうのか?
「キ!」
 ――あるようだ。


 オレはキの背にさっそうと飛び乗り……などということはせず(キは、翼はともかく、他は細身であるため、とてもオレが上に乗れるような身体構造ではない)、キの足首に、板を縛り付けた紐をくくりつけた。
 板……キを捕獲した時の戦闘においてのことだ。『ぜんぶ・しょぼい剣』でついでに切っていたらしい、苦悶の形相をしている木を利用し、『しょぼい剣』で手頃な厚さに切ってみた。
 紐……食えそうだと食べてみたら毒だった瑞々しい真っ赤な実のなっている太い蔦だ。
 この二つを組み合わせれば、キにとっても、オレにとっても楽な運搬方法となる。完成までに、数回の戦闘もあり、『何か』を消費してしまったが、その甲斐はあった。
 羽ばたくキの足首に括り付けた紐からぶら下がっている板に座り、巨大な穴の中へと侵入してゆく。穴の側面は切り立った崖のように垂直で、壁伝いの移動は御免被りたい。
 はじめは広かった穴は、徐々に狭まっていった。そして、底に近づくにつれ、微妙に明るくなっていった。
 ――深い。
 ただし、それだけとも言える。穴は深いだけで、危険は感じなかった。くわえて、運搬される方法を確立しただけあって、キでの移動は中々に快適だった。キのほうは、胴体の数倍の両翼をもってしても、オレという重しがあるだけで飛びにくいのか、少々不安定そうだったが。
 穴にはモンスターの姿は一体もなく――ゆらゆらと揺られながら、むしろオレは睡魔と戦っていた。
 その睡魔との死闘が最高潮に達したとき、オレはようやく底へと辿り着いた。
「キ!」
 キの鳴き声で呼び戻される。
「…………!」

 巨大な穴の底。

 底は、地上にあった入り口の何百分の一ほどに狭まり――。

 底の中央には、仄かに光る――。

 片手で持てるほどの大きさの――。

 球が一つあった。

 球だ。どこからどう見ても球体だ。……球体だな?

「キ! キ

 ――やはり、球体らしい。


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