18. すべては初戦で決まる


 ――空前絶後の、強モンスター数体に一斉に襲いかかられたら、現在のオレでも勝ち目はない。
 死ぬまで三秒が五十秒に延びる程度だ。
 しかしだ。
 五十秒あれば、なんとか、強モンスターとの一対一には持ち込める。
 一対一なら、死にかけのボロ雑巾にはなるかもしないが、強モンスターに勝てる可能性はある。
 そうしたら、こっちのものだ。
 そして、二戦、三戦、と続けていけば、勝率はあがってゆく。
 
 ――何故か。
 
 根拠は、オレが旅に出てからの実感だが――強い敵と戦って勝てば、勝者の強くなる度合いがあがる――ということだ。戦いに身を投じて知った世界だった。そういう現象が存在し、常識だ。
 しかし、この強くなる、というのが何とも表現し辛い。それがいつ来るかも、漠然とした予感でわかる、としか言いようがない。
  戦闘に勝利し、敵を倒すと、ある時、『強くなった』という感覚が訪れることがある。傷は癒え、それまでの戦闘で『失われた何か』も復活する。大いなる神の 加護だというが、重要なのは、それまでボロボロの状態だったとしても、『強くなった』感がくると、身体も万全の状態に戻るということだ。さらに、自分より 強い敵を倒した時などは、この『強くなった感』はすぐに、かつ一気に押し寄せる。
 よって、重要なのは初戦だ。一番辛いのは、対一体目だ。
「ギ、ギギギ……!」
 この不毛の忌避地において、強モンスターを一体倒すことができれば、飛躍的に俺の強さも上昇するはず。
 まず、一対一に持ち込むため、偉大なる先人の努力の結晶、早口言葉で魔法を発動。閉鎖空間を作り上げ、一対一に持ち込んだ。この魔法は、一度発動すれば、早口言葉を唱え続けたりする必要もなく、持続される。が、その間、身体から『何か』が失われ続ける。
 この何か、は魔法の他にも、魔術や特別な技を使用することになって失われる。失われるのが何なのかはわからないが、身体から何かが失われてゆく感覚があるのだ。その何かが底をつくと、当然魔法も魔術も特殊な技も使えなくなり、戦術の幅が減る。
 ただし、何なのかわからないなりに、先人が作り上げた薬などを服用、または十分な休養をとると、その『何か』は回復する。
「ギギキ……。ギギ……!」
  威嚇の声は依然ととして勢いがある。強モンスター――鳥型から泥っぽいのから、ドラゴン型、獣型など――数えたらきりがない。その中の強モンスターと、一 対一には持ち込めた。まずまずと言える。が、狙った奴と一対一に持ち込めたわけではない。対しているのは、獣型の頭が八つ、オレの三倍ほどの巨体の強モン スターだ。多頭モンスターは、オレが戦いたかった奴を踏みつぶし、閉鎖空間に誤って入ってきた。しかし今更どうにもできなかった。
 かくして、戦いは始まった。
 もはや時間の感覚はない。何十時間かは経ったろう。
  ミレイという女にかけられた魅了の魔術による、オレの強化効果はすでに失われている。パーティーメンバーの装備を財布と相談しながら新調するかたわら、や りくりして携帯の道具、ため込んでしていた諸々の薬もこれで底をつく。残るは、切り札として大切にとって置いた秘薬。体力を回復し、『失われた何か』も全 快させる薬だ。
 多頭モンスターの頭は――残り一つ。長時間の死闘の賜物だ。
 最後の薬を口に含む。
 そしてオレは、二百十二……いや六回目か? になる技を繰り出した。

 ――技。

 魔法は早口言葉なので全員共通だが、魔術や技は違う。
 貴族ボンボンは、「神流二刀両断!」と叫んで技を繰り出していた。
  エセ聖女も、「あまねく愛は、等しく降り注ぐ!」などと宣言し、回復魔術を行っていた。技に自分なりの名前をつける。おっさんもしかり。仮面魔術師ユーク ロアも、強魔術連発の時などは張りのある声で叫んでいた。しかし叫ばないこともあって、ユークロアは適当だった。リッテは、専用の魔術や技の名前がかなり 簡素だった。
 もちろん、オレは喋れないので、叫ぶことはできない。
 もっとも、一応技に自己流の名前はつけている。
 使う時に、区別がついてそのほうが便利だからだ。むしろわかりやすい区別以外に技に名前をつける理由がわからん。
「ギギギギ……!」
「…………!」
 オレの剣技と、強モンスターの一撃が交差した。
 オレの技は、その名も、『しょぼい剣』だ。
 これは初戦闘で自己流で編み出した剣技だ。戦闘中に閃いた。ただ戦うよりは強い攻撃になる、それだけの技だ。はじめはその名の通り、実にしょぼかった。くどいようだが、実際自分でもしょぼいと思ったので『しょぼい剣』だ。
  ところがどうして、身体から『失われてゆく何か』が少ないため、この『しょぼい剣』は意外に使えるのだ。何千回使ったかわからない。なにしろ、この戦闘だ けで約二百十六回だ。その分、熟練され、進化している。現在は、『改・しょぼい剣』といったところだ。『真・しょぼい剣』になる日も近い。
 他の技もある。
『や るきねえ剣』。これは、戦闘中、不動のように防御に徹し、仲間に攻撃をまかせる技だ。ヒロイン教に耐えられなくなり、何もかもどうでもよくなって何もした くなくなったとき(初回だ。以後、何回もそんな気分になることになるとは、あの時のオレはまだ知らなかった)に閃いた。
『それなり剣』。これは、弱いモンスターなら一刀で屠れる程度の技だが、『失われる何か』もそこそこなので使う頻度は低い。
『ほ ぼぜんりょく剣』。『失われる何か』をほぼすべて使う。これは高名な剣士に教わった。その剣士は「全知全能剣」という技名をつけていた。本来は、全力で 『失われる何か』をすべて使う技だ。つまり、『ぜんりょく剣』となるはずなのだが、どうしても完璧には会得できなかった。
 考えてもみろ! 『失われる何か』を全部放出するなんて、危険だろうが! そのすぐ後、ふいうちでもされてみろ! きつい場面で二戦連続なんぞあった日には――!
  エセ聖女とかかわるようになって鍛え上げられたオレの警戒心が、『ぜんりょく剣』の会得を邪魔した。そんな『ほぼぜんりょく剣』は、『ぜんりょく剣』でな くても、かなり強い技だが、『失われる何か』の量を考えると、完全に割に合わない。『しょぼい剣』を繰り返すほうが断然良い。
 もっとも、『失われる何か』を回復する薬は一般に高いので、オレは普段は技など一切使わず戦うか、せいぜい使っても『しょぼい剣』か、あるいは初期魔法程度だ。
 だが、今こそ、『ほぼぜんりょく剣』を使う時。
『しょぼい剣』から、続けて、『ほぼぜんりょく剣』を放つ。同時に、『何か』がごっそり減るのを感じた。
 しかし――ついに、『しょぼい剣』を食らった強モンスターが、ついに倒れ――。
 倒れず、踏み留まった。
「!」
 怒りに唯一残っている頭の両眼をぎらつかせ、跳躍すると、鋭い牙を剥きだし、強モンスターがオレの喉元に正面から食いついた。肉に牙が食い込み、強モンスターが持っている毒が即座に体内を巡り出す。呼吸が出来ない。身体から力が抜けてゆく。

 ――ここまで、か……。無念……。

 一村人だったオレが、旅に出ることになったエセ聖女との出会い、旅の様子……。
 死の間際の回想というやつが、次々と脳裏に浮かぶ。
 唯一の救いは、エセ聖女のいないところで死を迎えられるということか。
 ……だが、安堵していいのか? もとはといえば、ここにオレを飛ばしたのはエセ聖女だぞ?
 死因の遠因はエセ聖女。
 オレの人生は、エセ聖女との出会いではじまり、エセ聖女で終わる……。

 終わる、だと?

 ――終わらせられるか! 馬鹿野郎!

 オレの魂が震えた。一瞬だが、全身に力が漲った。
「ギギ……! ……ギ?」
 ここでオレが死んだら、一体、エセ聖女を誰が倒すというのか? 誰もいないだろうが!

 ここでは死ねん。

 取り落としそうになっていた剣を掴み直す。かろうじて、閉鎖空間維持に回していた魔法を解除。これで『何か』が空になることからは免れた。
 技、『しょぼい剣』一回分はある。
 しかし、十分だ。
 いま、この瞬間、込み上げる感情に後押しされ、オレは、『真・しょぼい剣』を体得している!
 喉に食いつかれ、血が噴き出した状態で、強モンスターの最後の頭目がけて、技を繰り出す。食らえ。
「ギギギキ……!」
『真・しょぼい剣』はどす黒い光を放ち強モンスターを瞬く間に灰に変えた。しかし、せっかく繰り出せたというのに、放った瞬間から、編みだし方を忘れてしまった。無念……!
 喉の肉は抉れ、血が詰まって呼吸困難。血の臭いに、強モンスターがおびき寄せられてくる。
「…………」
 まだか……。
「…………!」
 来た。これだ。『強くなった』感が身体を包み、瞬く間に身体が癒えてゆく。真っ先に喉から傷が修復される。オレが喋れない原因らしい、喉の封印陣までもがだ。
 しかし、満身創痍からの、忘れもしない、この感覚。エセ聖女の尻ぬぐいによる、ギリギリの勝利からの生存は、過去に何度かあった。
 ただし、その度合いは、今までになく強い。
 何段回も飛び越えて、『強くなった』感がある。

 ――これは、いける。
 そして、不毛の忌避地は、オレの『狩り場』となった。


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