17. このまま世界の敵になるのはどうだろう、と絶好調だったカーツは出鼻をくじかれたが決意は深まった


「ミレイ……! お前、何をした……っ?」
 ロシェルがクリステルとリッテの前で防御の方陣を発動させ、叫ぶ。
「おかしいわねえ……。能力の増幅幅が大きすぎる……。おかしいとはいえばロシェルもよ? どうあっても敵を庇うのねえ……。――もう少し様子を見ようかしら」
 女、ミレイは、しかし術の行使者である自分が攻撃されることはないと自信を持っているのか、そんな答えを返した。
 ロシェルとエセ聖女は敵対しているが、オレがクリステルを攻撃しようとすると、リッテが身を挺して庇う。そのリッテを庇おうと、ロシェルが立ちはだかる。
 よって、ロシェルが二人を守ることになるのだ。さきほどからずっとそれが繰り返されている。
 攻撃が防がれるのは不満だが、ロシェルがエセ聖女を守っている構図は、状況としては悪くない。
  この際、昔からそんな予感はしていたものの、ロシェルがパーティーメンバー入りで(オレは抜ける。男に二言はない)いいだろう。そして、リッテがきっかけ となって敵対する関係からロシェルとエセ聖女の間に愛でも生まれればいい。もうそれで行くがいい。基本、オレはヒロイン教信者の増加を憂慮しているが、愛 が生まれる仮定でロシェルがヒロイン教信者になるのは歓迎しよう。
 ――ところで、オレはエセ聖女と戦いたいんだがな。エセ聖女、訴えかけるような目で見てきても無駄だ。オレには効かん! 
 それより、今も絶対に出し惜しみ力を温存しているだろう!
 いつものハネ力はどうした? ハネを出していてもその程度か? 
 そしてオレと戦うがいい。
 大いなる神の意志なのか、基本、仲間同士で戦うことはできないからな。
 オレは魅了にかかったふりをしているだけだが――精神系の攻撃による魅了や混乱、洗脳などの異常にかかった場合に、まれに味方を狙えるぐらいだ。
 オレは精神系のあらゆる攻撃にかかりにくい。が、他のメンバーは……傾向として、貴族ボンボンが魅了にかかりやすく、エセ聖女は……。
「……!」
 今までの旅路での戦闘を顧み、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
 そうだ、エセ聖女は、混乱にかかりやすかった。
 旅のはじめ、まだリッテもいなかった頃、戦闘要員の入れ替えもできず、エセ聖女も戦闘に参加していた頃のことだ。不本意ながら二人旅だった頃のことも含まれる。
 エセ聖女は、聖女扱いされているぐらいだ、一応、神職だ。精神も強いと思っていたら、弱すぎた。よく混乱にかかり、他の奴がいても、オレを杖で殴ってきたものだ……。オレが重傷を負っているに、殴ってきた時もあった。
 そして、不思議なことに、エセ聖女はこういった場合、味方が混乱等に陥っても、一切、攻撃を受けなかった。こんなところにもエセ聖女への絶対加護は及んでいるのだ。
 馬鹿野郎。そんなものは、今、ここでオレが覆す。
 今までになく好調なオレはロシェルの隙をかいくぐり、エセ聖女の近くに跳躍した。普段なら自らエセ聖女に近づくことなど皆無だが、オレは魅了で操られているため、前後不覚に陥っているのだ。だからだ。そうなんだ。
 このままずーーーーーーーーーーーーーっと敵対でいい。
 オレは旅の中で独力で編み出した技を放った。いつもより切れがいい。
「――!」
 しかし、エセ聖女を傷つけることはなかった。エセ聖女の双眸が輝き――出し惜しみパワーが炸裂したのである。
 一体どんな作用で可能になるのか? 初歩魔術がせいぜいなはずのエセ聖女が、高位魔術を行使し、防御結界を展開する。
「カーツ……」
 エセ聖女が呟いた。オレは喋れないかわりに、表情を少し動かす。
「…………」
 このままずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと敵対でいいが。
 しかし、エセ聖女を敵に回すということは、必定、世界を敵に回すということか。
 アレの法則やオレの実体験、危機的状況になっても何故かエセ聖女は最終的に助かる――などなどを考慮すると、それは決して間違ってはいないだろう。
 だが、だが。だ。
 エセ聖女の敵になれば、こんなにすがすがしい気分で毎日を過ごせるということでもある。ヒロイン教に煩わされることもない。むしろ、喋れないなりに、堂々と他の人間に改宗をすすめることもできるだろう。
 ……良いことずくめだな。
 ミレイという女のかけた魔術が変異して魅了が永遠に解けなくなったことにするか。そうすれば、故郷に帰るまでもなく――。
「カーツ……!」
「……っ?」
 エセ聖女が、純白の翼を広げた。正体不明の光が迸る。エセ聖女が出し惜し力を発揮する時は大抵そうだが、実はこの光が眩しすぎて目が痛い。すぎるとどんなものでも凶器だ。
「あなたを、わたしの力で、元に戻してみせます……!」
 最初から、戻すも戻すもない。
 しかし、そんなことは知らないエセ聖女が目を閉じ、どこぞに祈りを捧げた。一応剣を構えたものの、オレはなんともないが……、いや、エセ聖女の真っ白なハネがはらはらと舞ってオレを包んだ。払おうとするが、どこからか生じた風でくるくるとオレの周囲を回る。なんだ……?
「ああっ……!」
 エセ聖女が、耐えきれない、というような声をあげて膝をついた。
「――!」
 オレの周囲のハネが、紋様を成し、魔法陣を形作る。意図は不明だが、発動する前に、斬って捨てるのみ。日頃の鬱憤や恨み辛みをかまえ、オレは渾身の一撃を陣に叩き込んだ。
 我ながら、惚れ惚れする最高の一撃だった。
 異変は、次の瞬間に起こった。
「カーツさ、」
 リッテが大きく目を見開いて、駆け寄ってこようとするのが、見えた。


「…………………………」
 そして、こうだ。
 ふう、とオレは息を吐いた。カチャリ、と剣を構える。
「キシャャヤャャャャャャャャャアアアアッ!」
「キシャャャャャャャャャャャャャャャャャッッッ!」
「キ、キキキキキキキキ」
「ギ、ギギギギ!」
 モンスターたちの鳴き声がひっきりなしに聞こえる。それもそのはずだ。モンスターの大軍が、オレを囲んでいる。オレと共にここに来た――エセ聖女のハネが光の粒子をきらめかせハラハラと散り、暗黒色に満ちた景色に色を添える。そして地面に触れると、消えた。
 ――オレをどうしようとしたのかは不明だが、エセ聖女は転移の魔術を用い(断っておくが、やつは普段はそんなものは使えない!)、結果、俺はどこぞに転移した。
 最初からここが指定されていたのか、オレがハネによる魔法陣に攻撃を加えたせいかは定かではない――。
「ギ、ギギギギギギギギギギギギギギ」
「キッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「キシャシャシヤシャシャシャシャシャシャシヤッ!」
 モンスターたちがオレへの距離をつめている。
 ――オレの知識が正しければ、ここは、こんな風である、と言い伝えられている、とある場所に非常によく似ている。

 その名を、不毛の忌避地、という。
 徒歩でしか踏み込めず、魔法や魔術は打ち消される。よって転移の魔術で行けるはずがない。だが、出し惜しみパワーを炸裂させたエセ聖女は法則をも超越する。
 そして、オレの気のせいでなければ、オレたちの目下の最終目的地が不毛の忌避地、だったように思う。
 確かエセ聖女関連の謎か何かで、最終的にはそこへ、といつの間にか決定づけられていたのだ。オレの喉の封印が云々、とも言っていたように思う。
 しかし、最終的に、とオレも記憶しているように。
 まず、行ける方法がない。徒歩では行けるとされているが、徒歩で行ける範囲にまで辿り着く方法がそもそもない。よって行けない。
 たとえ奇跡が起こって行けたとしても、不毛の忌避地は、空前絶後の強モンスターの生息地である。生半可な覚悟では足を踏み入れられるものではない。モンスターの栄養になるからに決まっている。
 たとえば、村人をやっていた時のオレならば、何をどうやって頑張っても三秒以内に死ぬだろう。
 なお、オレは高速で思考を巡らせているので、今はここに到着してから二秒ほどだ。
 これらの知識は、大昔の言い伝えによるものだ。
 最後に、不毛の忌避地の特徴。

 ――巨大な、底の見えない大穴がある。

 奇遇にも、オレの視界にも、大穴がある。
  しかも、「キ、キキキキキキキキ」「ギ、ギギギギ!」「ギ、ギギギギギギギギギギギギギギ」「キッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」 「キシャシャシヤシャシャシャシャシャシャシヤッ!」と戦闘意欲に満ち満ちている空前絶後の強モンスターたちが、いずれもきっちりと穴から距離をとった場 所にいることからして、ただの穴でないことは一目瞭然だ。

 よって、ここは、不毛の忌避地、という結論に達する。

「…………」
 オレに声が出せたなら、意味不明の叫び声をあげ、悪態をつきまくっているところだ。
 エ・セ・聖・女……! やはり、奴がオレの最大の敵……! この認識に間違いはなかった!
 ……三秒経った。すでに一体目の強モンスターが涎をしたたらせながら、オレの攻撃射程距離に入っていた。

「…………」
 ――ここから生還できたら、エセ聖女と世界の敵になる。
決めたぞオレは。


前のぼやきへ   目次へ   次のぼやきへ