第三回 ブルーライダー


 何も、幸太は母親と一緒にいるのが嫌だという理由だけで逃げ出したわけではない。
 ――それも、理由の一つだということは否定しないが。
 皆木宅を訪問する予定があったのだ。実家のほうを。指定時刻よりも一時間ばかりはやいが、こっちにもこっちの事情がある。多少、予定を繰り上げてもらってもいいだろう。
 それはともかく。
(んー。どうすっかなあ……)
 さっき、周囲から冷たく、白い視線を浴びまくっていた幸太は、他の変わり者たちの出現のおかげで、その他大勢へ埋没することに成功していた。
「へーい! へーいっ」
 構成員は三人。貧乏クジを引いた口だろう。んで、悪の上司、成瀬。幹部名『白き狼』が高笑いをしている。ブランドメガネにこだわりあり。
 いつも、幸太は思う。
 恥ずかしくないのだろうか。成瀬の衣装はサラリーマンスーツ風とかで、顔の面積があまり隠れていない。知人に目撃された場合のリスクをどう考えているのだろう。
(俺が会社の上役だったら、即クビにする)
 驚くことなかれ。
 成瀬は某大手薬品会社勤務なのだ。組織に薬の横流しもバンバンしている。
「ふわーはっはっはっ。……ごほっ」
 笑いすぎたのだろう。――成瀬は咽た。格好悪い。通りすがりながら、珍妙な集団に注目していた一般人――一部のギャラリーから失笑が漏れた。ギャラリーと構成員たちは冷静だが、当事者二人だけは真剣だ。つまり、成瀬と……。
 青き勇姿が、眩しく太陽のもと、輝いていた。たぶん、変身スーツがラメ入り素材?
「くっ。おのれっ! 白き刃め!」
 ブルーライダーは、頑張っていた。この間、京語に見捨てられたライダーとして幸太の記憶にも残っている。
「へーい!」
 成瀬の周りで構成員たちがウロウロしながら叫んだ。構成員たちも気苦労が多いのだ。あんまり怪我させないように一般人を威嚇したりと。
「へーい。へーいー。へーい」
「へいへい! へーいっ」
「へーいへーいへーい」
 ふんふん成程。
 ギャラリーに混じった幸太を発見した構成員仲間は、実は奇声を発しているようにみせかけて説明してくれている。改造人間は視力も素晴らしくよいのだ。
 要約すると、結社に向かおうとしていた成瀬は、偶然平和のために変身済みで巡回中だったブルーライダーに遭遇。瞬時に戦闘態勢へ移行した、と。突っ込みどころは満載だ。
 前から思ってはいたけど、双方行動範囲狭っ、とか。つまり所詮局地的抗争? とか。変身済みで巡回って正気? 逆にお巡りさんに職務質問されなかった? ブルーライダーさんよ、とか。
 で、成瀬が優勢だ。
(なーんか、なあ……)
 もしかしなくても、弱くない? ブルーライダー。
 京語、つまりレッドライダーは変身後はきちんとパワーアップしていた。
 しかし、このブルーライダー。
 ――弱い!
 必殺ライダーキックには精彩はないわ。足はあがっていないわ。回転しようとしてでんぐり返りしているわ。運動神経が欠如しているようにしか見えない。
(こんなのに、世界の平和……)
 だが、ブルーライダーは決め台詞とポーズはうまかった。
「青き空が呼んでいる! 海の青さが力の源! この世に悪と呼ばれるものがある限りっっっ! ゆくぞおおおっ。はああああっ」
 腹に左手、右手を空へと真っ直ぐ伸ばし、足を開き踏ん張る。
「とおおおっ。必殺っ! ブルー・コスモス!」
 ダダッと直進。青い平和パンチ。そんなの当たんねえよっ、は、とギャラリーの九割が心を一つにした。第一、空、晴れてるけど雲いっぱいだし。海、遠いし。たぶん、力の源そのものが届いていない。そして、残りの一割は、当たると思ったというわけでなく、単に無関心だった。
「ぐおっ!」
 当たったよ。
「…………」
 ――訂正。成瀬もどっこいだった。なのに、好敵手に出会った、といわんばかりのニヤリ笑い。
「ふ。やるな。ブルーライダー」
「そちらこそ!」
 なんか、通じ合ってる。よきライバルって感じ?
 ねえ。あんたら、間違ってるよ。
(……平和だったんだな、世界って)
 幸太の目頭が知らず熱くなった。あれ? 涙が止まらないや。
 大抵の人間ならよけられそうなへろへろパンチを食らった成瀬は呻くと、構成員に合図を出した。痛いらしい。――ホントか? あれで、ホントにいたかったのか? 幸太は今すぐ問い正したい。
「ここは引くぞ!」
「へーい」
 悪の人員、撤収。幸太は構成員たちにお疲れ、という視線を送っておいた。
「「「へーい……」」」
三人は微かに頷く。あー、だりー、オメーもあとで来いよ、と言っている。
 変な見世物を見物していた数少ないギャラリーも、散らばっていく。ブルーライダーだけが、腰に両手をあて、満足そうに、雲がいっぱいの空を見上げている。
 幸太も空を眺め、物騒なことを考え出していた。
(いっそのこと、構成員の皆と手っ取り早く結社を乗っ取るかなあ……。簡単にできそうな気がするなあ……)
 よって、忍び寄ろうとしている魔の手に気づいちゃいなかった。
「……? おおっ! 君はっ! 京君の友達じゃないか?」
「……え?」
 気づいた。
 ブルーライダーが、見ている。近づいてきた。変身済みのままで。解散しかけていたギャラリーの足が止まる。あの人、アレと知り合い? という視線が。。
 視線が、非常に、痛い。
 違うんです。俺はあんな変な人とは断じて知り合いじゃないです。
「そうそう思い出した! 江口君だったよね!」
 知り合いじゃん? そういえば、あいつ、さっきへーい連発してた奴? 似たもの同士?というギャラリーの視線が幸太に突き刺さる。
 そして、幸太はブルーライダーに捕獲されたのだった。

 


 玄関扉をあけた京語は固まった。
「…………」
「…………」
「やあ! 京君、おじさんいる?」
 不自然な京語と、自分が連れてきた幸太の様子には無頓着なブルーライダーは家屋内をのぞいた。タイミングよく、廊下から住吉が登場した。
「んっ? おおっ! ブルーライダー! 今日も熱心なっ! さあさあ入ってっ」
 妻の慰めによってご先祖様との会話から復活した住吉はブルーライダーをいそいそと招きいれる。
「お邪魔しまーす」
 ブルーライダー(まだ変身したまま)は、皆木家宅にあがりこんだ。
 玄関口に残された二人、幸太と京語はまだ黙り込んでいる。やがて、口火を切ったのは京語のほうだった。
「ちょっと聞くぞ」
「……ああ」
 京語は親指で背後を指し示した。
「なんで、アレと一緒に?」
 注。やあ、ワンポイントレッスン。妖精さんの時間だよ。
 説明しよう! 京語君はね、仲間を仲間と認めていないんだな。知り合い以下さ。ひっどいよねー。特に変身済みバージョンの仲間なんて、アレ呼ばわりさ。でもそのくせ、変身しちゃうと自分が一番アツい奴になっちゃう。素面の時はアレ呼ばわりのくせに、いきなりブルーライダー、行くぞっ! とかやらかすのさー。
 あはは。んじゃあねー。
 ぴゅう。どこからともなく現れた妖精さんは、瞬間的に出現し、突風のように去っていった。この間、二人は妖精さんの存在を感じ取ったような、感じ取っていないような。
 なーんか、いたような? と首を捻りつつ、幸太は答えた。
「不幸な事故があってな」
「……アレと、歩いてきたのか?」
「途中で逃げようとしたらさ、あいつ、俺の名前を連呼してな……。迷子かーっ? どこ行ったーっ。江口幸太くーんっ……」
 痛ましげに、京語は幸太の肩をポンポンと叩いてやった。
「まあ……そういう日もある」
「今日はツイてねえんだよな……俺」
 ため息をついた幸太に、京語は真顔で訂正した。
「――今日は、じゃなくてわりといつもだろ?」
「ふ。お・ま・え・も・な」
 幸太も真顔だ。互いが互いの痛いところをついた。
「…………」
「…………」
 ちょっぴり、協力関係にある二人の間に亀裂が入りかけた。
 やはり、かたや、正義の味方レッドライダー。かたや、悪の結社の幹部だ。真実は、時に辛辣なのである。
 そこへ、サキがスリッパの音を立てながら乱入してきた。無意識に、幸太は身構えた。
「幸太君じゃない。最近よく遊びに来てくれるのね。ほら京語! なにそんなところに立たせてるの! はやくあがってもらいなさい!」
 美人だが、それ以外は普通の主婦だよなあ、と幸太は思った。そしてサキという人物の存在が、二人の間に入りかけていた溝を緊急修復した。
(こいつの協力は、必要不可欠だよな……。オレの未来のためだ)
(京語と険悪になると、後々やりづらいよな……。俺の後々のためだ)
 二人は同時に、決意のために顎を引いた。
 大事なのは、自分だったりする。
 
 
 幸太は、悪の結社の幹部『白き金』であり、京語は正義の味方の中心、レッドライダーである。そんな二人が何故協力関係にあるのか。
 サキちゃんが、悪の結社のボスだからだ。
 正義の味方は家系である。それで京語は幼少期から教育を受け、こんなになってしまった。正義の味方なんぞごめんである。給料がもらえるだけショッ○ーのほうがどうせなら良かった、と本気で思っている。でも、敵と認識するものに出会うと正義の味方モードに突入の難儀な高校生だ。
 幸太は、改造されちゃって、つい先ごろ行われた昇進試験がきっかけで嬉しくないことに幹部に昇格した。
 二人の出会いも宜しくない。タコ殴りして、された仲だ。変身ツールの売買をした仲だ。
 その後、愚痴を言い合ったりしてひっそり交流を深めてはいたが、決定的なあの出来事がなくば、こんな協力体制は実現しなかっただろう。
 それもこれも、サキちゃんが前代のライダー戦争で、悪の結社のボスの娘だったことから、まず始まる。
 かつてのサキちゃん、元の幹部名ジョッリーナ。京語の父親、住吉と運命の恋。愛のパワーで世界を平和に導く。現在は主婦、だったが。
 悪のボスも、家系らしく。
 サキちゃんの人格を突き破って、時たま悪の人格出現。ボスモード光臨、とあいなる。
 知っているのは、幸太と、京語と住吉だけだ。ただし住吉は、妻を愛するあまり、現実から目を背け気味なので、役に立たない。サキちゃん自身は、ボスモードの時のことは夢だと思っている。夢だからやりたい放題だ。
 お前の母ちゃん、やりすぎだぞ? と幸太は週に四回は京語に訴えている。
 京語としては母親を倒すわけにもいかないし、幸太も結社が勝ってしまうと一小市民としては困る。つーか、サキちゃんがボスのままだと『白き金』として勤労しなければならないので、ぜひとも回避したい。
 結論として。
 二人は、双方の組織をぶっ潰すことに決めたのである。非常に消極的な方法として、それとなーく、素面のサキ自身に悟らせる作戦、なるものも決行したのだが。
 え? 私、悪の結社のボスなのっ?→あら大変、止めましょうっ! てな具合に。
 ――無理だった。
 息子である京語が、一度真剣に話したのだが、彼女に笑い飛ばされた。
「お母さんはね、お父さんと愛し合うことによって改心したのよ! そんなことあるわけないじゃない。ね? ヨッちゃん」
 そんなことある。
 息子の、同意すんじゃねえ! の眼光もなんのその、住吉は大賛同した。だって、いっちゃなんだが息子よりもサキちゃんを愛しているから!
「当たり前じゃないかサキちゃん!」
「ねー」
「ねー」
 この時、京語はなんだか世界から消えてしまいたいよ、という無常観に包まれたという。
 そんで、こってり父親をしぼり、泣いて鼻水たらされ、サキちゃん登場、日常化している親子喧嘩勃発。このサイクルは恒常化しつつある。
 まあ。よーするに失敗したと。
 で、大ボスではなく、端から切り崩す作戦に変更していくことにした。
 幸太は手始めにだれか幹部の失脚など。京語は仲間(じゃないと京語は思っているが)の戦線離脱など。
(でもなあ。皆木家とお近づきになるのは俺の予定にも入ってなかったぞ)
 何だろう。京語君が珍しく連れてきたお友達! で住吉とサキちゃんの中では定着している。なんでも、京語は家には絶対に友人を連れて来ない主義らしいのだ。
 ……三歳の頃から。
 それが、小学一年で決定的になったらしい。
 子供は、多感だ。己の家が一般常識からかけ離れていることを、悟っていたのだろう。授業参観では両親(特に来たがりの父親)の出席は断固拒否していたし、家庭訪問はすさまじく嫌だったという。
(俺もそうだったもんなあ……。俺の場合は、ガンは母親だったけどな)
 似たもの同士なのかもしれない二人である。
 だってさ。
 皆木さん家。
 フツーの人、ヒクよ?
 だってさ、地下室があってさ。なんか、あるよ? こう、秘密基地、みたいな? よくわかんない機械とか、そうだよ、アレだ。
 テレビの戦隊ものとかライダーシリーズとかでさ。拠点ってのがある。
 アレ。
(つまり、アレだな。俺はライダーの友人役で、基地に出入りしている普通の、何故か最終回まで出張ったりする主要登場人物めいた脇役)
 たぶん、住吉やブルーライダーの中の幸太への位置づけでは、だが。
「どうだい! これはね、ポライド反応検知機なんだ! この口に手を突っ込むと、その人物が悪の手先かどうかわかるんだよっ? 我々に全面協力の厄教授が開発したすぐれものだっ!」
 厄って誰、という疑問を幸太は封じた。きっと些細な問題だ。気にしちゃいけない。
「はー。すごいっスね」
 でかすぎるが、その機械が。大型冷蔵庫並み。開いている口も、審判の口じゃ、ないんだからさ。つーか、意味ないじゃん。ここにあっても。
(こんなところまで俺以外の悪の人員が潜入したってことだしさあ)
「あとね! あとね! これがね!」
 住吉は止まらない。
「はー。すごいっスね」
「これがキック力増幅の!」
 どでかい靴。
「はー。すごいっスね」
「こっちが防御重視の新変身スーツで!」
 キラキラ光ってるうっすいライダースーツ。
「はー。すごいっスね」
 地下作戦室? らしき場所。サキが出してくれた冷えたスポーツ飲料を飲んでいる幸太である。京語は変身をといたブルーライダーに捕まってストレスをため続けている。そのうち、暴れだすだろう。
 変身前のブルーライダーは、何と言うか……。
 熱い奴だった。爽やか秀才風の外見に反して。
 これぞヒーロー、という。ブルーじゃなくてホントはレッドだろ? と幸太が突っ込みたくなった程ほどである。
 歯がキラリ。
 誇張ではない。
 キラリ、だ。白い歯がキラリ。素で。一つ向こうの学区の進学校の高校三年だという。
 元宮勝利。かつとしではなく、しょうり、と読む。
 奴はホンモノだった。弱いけど。
 正義! 友情! 愛! その他もろもろのキーワードに洗脳されている。末期だ、もう誰にも救えない。彼が住吉の息子だったならば、きっと万事が万事、順調に進行したことだろう。
「京君も平和を守るための次の定期巡回、一緒に行かないか? グリーンやイエローとはもう約束してあるんだ」
「…………」
 京語は無視している。
「約束は明日でさ。勉強会のあとに、変身して商店街方面を……」
「…………」
 京語は無視している。
「合体技を編み出すべきだと思うんだ。ぼくとグリーンとの協力技も完成したし、京君だけだろう? 単独技しかもってないの」
 でも、単独技しかもってない京語が一番、ライダーの中では強いんだろうな、と幸太は思った。んで、ブルーとグリーンの合体技は弱いと。
 ブルー・コスモスからしてああだったわけだから、確実だ。押して知るべし。
「敵と戦っているときの京君からは熱気が迸ってるんだ! そのやる気を常に出そうじゃないかっ」
(ブルーもなあ。進学校生徒ってツラした、知的君で通る外見してんのに。もったいない……)
 ブルーは中身が、本当に、住吉の遺伝子を受け継いでいるとしか思えない正義の味方っぷりだ。
「僕も毎日トレーニングしているよ!」
 トレーニングしていてなお、あの程度のへなちょこパンチなのか。
 ……不憫な。幸太の目頭がまたしても熱くなった。ちゃちゃっと改造したほうが強くなれるのに。
 勝利の不憫さに気をとられていた幸太は、住吉の話を華麗に聞き流していた。
「……なんだなあ」
「はい?」
 何か、言いました?
「いやいや」
 住吉は片手を振った。
「江口君と話していたら昔を思い出したんだよ。サキちゃんと出会った、あの頃を……」
 住吉は完全に過去回想モードだ。
「はあ……」
(? なんで俺と話して昔を思い出すんだよ? つーか俺、適当に相槌打ってただけだし)
「敵ながら、彼女はあっぱれだった……」
「はあ……?」
「彼女の私への対応っぷり。どことなく江口君に相通じるものがある! 感じるんだよ! スメルを!」
 拳を作って力説だ。てか、彼女って誰?
「そう。彼女は――」
 住吉は訴えはじめた。息子が普段聞いてくれないので、とりあえず聞いてくれる幸太に聞かせようとしているのであった。すっげえ迷惑である。
「彼女はね、私とサキちゃんの邪魔をこれでもかっ! これでもかっていうぐらいにっ! してくれたんだよっっ! あー、思い出すだけで腸が煮えくり返るっ! もともと敵だったんだけどさあ! 好敵手としては認めよう! しかし!」
 住吉の様子が鬼気迫ってきた。一っ言も幸太は質問していないのだが、語る。
「一匹狼特別参加隠し玉ライダーのブラックライダーと結局結婚したんだけどね、彼女はっ。私はブラックの結婚後の事が心配で心配で……。彼は変身前は温厚な押しの弱い奴だったから、彼女に生気でも吸い取られているんじゃないかと……」
 察するに。
 そのブラックとやらも、敵陣営の女と結婚した奇特なライダーらしい。何だろう。敵味方結婚って流行ってた? 流行ってたのか。
「そんなに恐ろしい敵だったんですか」
「そうともっ! サキの父親よりも、強敵だった……っ。いや、ブラックと彼女が繰り広げたロマンスは私も認めるんだがねっ?」
「サキさんがジョッリーナ、でしたよね? その人の幹部名は?」
 正義の味方陣営の内情に入りまくりの幸太は、普通にライダートークも、ジョッリーナトークもどんとこいである。
「ボ……」
「ボ?」
「ヨッちゃん! 御坂さんからお電話よー。会社から。機材搬入のトラブルとかで……」
 サキが一階のリビングから叫んだ。
「何ぃっ?」
 おお。京語の親父さん、キリッとしたぞ。幸太は驚いた。会社員モードの住吉は、一階へ走っていった。まともだ。まともに見える。
 数分後、慌しく住吉は戻ってきた。
「すまないね。会社に急遽出勤することになった。江口君も勝利君もゆっくりしていってくれ」
 休日用の普段着からビシッとスーツとネクタイを着こなし、『出来る男』そのものだ。
 元ライダーの住吉は今は企業戦士だった。父親が出勤した後に、京語が呟いた。
「親父もな……いつもああだといいんだけどな……」
 哀しみと諦めのこもった心底本気の口調だった。幸太も同感だったが、わかっちゃいない奴もいる。
「おじさんはいつもカッコいいじゃないか! さすが前代ライダーの中心!」
 目が曇ってる。
 たぶんまともな感性の持ち主である幸太と京語はげっそりした。


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