第五回 迷子の迷子の


 へーい仲間たちを問い正さんと、砂煙を巻き起こしながらショッ○ーパワーで全力失踪していた幸太は、現在、いまだ仲間たちのもとに辿り着いていない。
 では一体何をしているのかというと、見知らぬ少年が電話相手と交わしている話を、耳を大きくして盗み聞きしている。
「だーかーらーさー。行かないって。旅費持ちでもヤダ。はあ? 巨大ロボを運転したくないのかって? ぜんっぜんない!」
 なにしろ、会話内容が気になりすぎる。
(巨大ロボってなんだよ?)
 しかも、少年は真剣に話しているのだ。
 幸太はショッ○ーゆえの、奇跡のスピードで別邸敷地内には入ったのである。
 しかしその途中で、件の少年を目撃した。
 年齢、十歳前後。時間帯が深夜というのはおいておくとして、非常に不本意だが、自宅別邸は観光スポットだし、親子連れでやって来て、子供が迷子――なんてことは、よくある。なにせここは迷宮のような構造だ。
(……本気でな)
 幸太自身、遭難した過去がある。
 というか、家出しようとして別邸から出られなくなり、三日三晩彷徨った。確か、死を覚悟して別邸の扉だったか、壁に赤ペン(たまたま持ってた)でなんか書き残した気がする。
(俺、何て書いたんだったけ? ――あれ、まだ残ってんのかなあ。てか、マジで何書き残したんだっけ? ……気になる)
「あぁっ?」
 過去へと伸びかけていた幸太の意識は、少年の声で現実に引き戻された。
「だーかーらー!」
 少年はかなり苛立っているようだ。幸太が少年を見つけた時、少年は何十かあるうちの中庭の中の一つに面した渡り廊下できょろきょろと周囲を見渡してい た。迷子だな、入り口に送り届けてやろう、と幸太は声を掛けようとしたのだが、その瞬間、少年の持っていた携帯が鳴った。妙におどろおどろしい着メロが鳴 り響き、少年が非常に嫌そうな(それは、京語が観念して父親からの電話に出る時のそれに酷似していた)顔をして出、今に至る。
「パイロット適性なんか知るかよ。巨大ロボの操縦なんか、おれは興味ないの。ほら、他にいるって! てかいたろ? 乗りたそうな奴がクラスに。そんなことよりお前金持ちなんだから生の幽霊でもどっかから捕獲して来い!」
(いや、少年。それも無理があるぞ。無茶言うなって)
「お前ん家の科学技術をこっち方面につぎ込め! それなら協力する。……は? それはお前の間違った趣味だって? 幽霊など存在しない? 科学で説明できる? ばっか、幽霊はいるんだよ!」
 ここで少年は熱く声を震わせた。依然、盗み聞き中の幸太はポリポリと頬をかく。
(まあ。幽霊……はともかく、妖怪? とか、怪人っぽいのなら、いるよな、ウチ)
 その筆頭は、たとえば、巨大三本つららとか。
 自分へと主の思考が及んだのを感じ取ったのか、姿を消してウキウキ気分でいつでも命令待機状態のボンダラビッチが「シャキーン!」と返事をする。
「……呼んでねえよ」
 ぼそっと幸太は呟き、直後、頭を抱えた。
(俺はこんな人外と意思の疎通なんかしてない。してない。してないったらしてない)
 ぶんぶん頭を振る。
「…………」
 なんとなく、幸太のテンションが下がった。そんな幸太とは裏腹に、少年はどんどんエキサイトしているようだった。
「だいたい離島に巨大ロボ施設作ったお前に人の趣味とやかく言われたくねー。小学生しか乗れねー巨大ロボットって、お前、単に自分に合わせただけだろ?  ……いろいろさ、ぶっちぎってるだろ? は? 理解できねーのはこっちだっての。――なに、うんと頷くまで諦めない? つーか説明しただろ! 兄ちゃん が怪我して、今家業の手伝いさせられてるんだって! おれはそっちで手一杯なの! え? 今どこにいるんだって? ど、どうでもいいだろ! ――はあ?  専用ジェットで迎えを寄越す? な んでそんな話になってんだよ。だからおれは離島になんか行かないって……! 敵なんかいねえよっ! とにかく来んな! ウザイ!」
 我慢の限界に達したようだ。少年は息も荒く言い捨てると、携帯の通話ボタンを切った。
 しかし数秒後、また携帯の着メロが鳴り出す。今度は先程鳴ったメロディとは別だ。少年は番号ごとに着メロを変えているのかもしれない。少年が中々でないので、かなり長い間メロディは鳴り続けている。
 ――やあ、妖精さんの時間だよ!
 この頃、毎回毎回妖精さん出てきてウザ! とかなんとか思われてないか心配な妖精さんです! 被害妄想かな? だよね! きっとそうさ!
 というわけで妖精さん、アンケートをとりたいと思いま――うん! やっぱり止めよう! 妖精さん、伊達に妖精やってるわけじゃなくてね! 第六感が囁いてるよ!
 仕事にもどろう!
 そう! 少年の着メロ! 少年が誰かなんて野暮なことは妖精さんは言いません! だから、着メロと少年の電話相手について教えるね!
 着メロはねー、聴いたら死んじゃうっていうアレ! そういうクラシック音楽の一番と二番なんだ! 曲調が全く違う一番と二番! え? そんなの癪メ ロ……じゃなかった着メロにしてて大丈夫なのかって! オーケーオーケー無問題! 本当にヤバイのは三番だから! 妖精さん的にも三番はヤバイ! 即ダー イ! 修子さんクラスにヤバイ! 人間って時々こういうの作っちゃうから怖いよね! 妖精さんガクブル。
 あと電話相手はね、少年の超お金持ちな同級生だよ! 宇宙からの侵略を警戒してお小遣いで日本に人型巨大ロボ実装の基地を作っちゃった小学生さ! 出資 する親も親だね! ちなみに弟のほうね! 姉もいるから! ただ今パイロット絶賛募集中だって! 姉弟による目下のターゲットロクオンは勿論、少年だよ!  あとあと……。ん? ……?
 …………。
 なんか江口の幸太さんにじーっと見られててなおかつ睨まれているような気がするからバイバイ! 今日は帰る! ……おっかしーなー、妖精さん、見えないはずなのになー。あの人、本当に人間? なんか混ざってない? 
 妖精さんがぶつぶつ言いつつ去った後、幸太は渋面を作って唸った。
「……なんだ、あれ?」
 バッチリ幸太に目撃されていた。
 ボンダラビッチの主になってから幸太のヨクワカラナイ方面の素質力は確実に上昇している。しかしなまじはっきり見えてしまったが為に、それが数時間前、一人舞台を繰り広げていたハッピー気分の何かと気配が一緒だとは気づいていなかった。
 そんな幸太の耳に少年の絶叫が響く。
「お前ら姉弟、ほんっとウザイ! かけてくんな! つーかそっちは昼でもこっちは深夜だっての! あ? 巨大ロボとライダーとどっちを選ぶのかって、お前らが着いてこない分ライダーのがだんっぜんマシなんだよっ!」
 勢いあまって携帯の電源を切ってから、ハッとした様子で少年が顔をあげる。
「ライダーって、おれ、兄ちゃんが怪我したってだけで家業のこと話してないし、まだ身内しか知らないのになんでお前ら――」
 自分が電源を切った携帯に話しかけ、途中で問いかけても無駄だと気づいたようだ。電源を入れてかけようかかけまいか悩んでいる様子だ。
 そして幸太も悩んでいた。少年が口走った単語。それまでの巨大ロボなんやらも非常に興味深かったが、もしかしたら小学生同士の遊びかもしれないし。でも?
(――ライダー? て、言ったよな? あの少年)
 妖精さんのことはとっくに頭の隅に追いやられ、今現在、幸太の頭を占めるのは、この単語だ。
(ブラックとか赤とかブルーとかの、ライダー?)
 だったりして?
 二秒後。ふっと幸太は笑った。
 ないない。
(そうだな。父親が実はブラックライダーだったり俺自身もブラックライダーだったり、最近知り合いになったバイト仲間も赤ライダーだったりその父親も熱血赤ライダーだったりして、単に過敏になっているだけたな)
 ライダーと言えば、単にバイク乗りだ。
 納得し、幸太は足を踏み出した。少年の後ろ姿へと近づく。とりあえず、少年を別邸入り口まで送って、それからショッ○ー仲間だ。
(あいつら、もしかしたら入館受付にもいるかもしれないしな。……それにしても、ライダーはライダーでも、すぐこっちのほうに思考がいくのはなんとかする必要があるか。――京語じゃあるまいし)
 まさかこの少年がカラーライダーの一人なんてこと、一瞬でも思った自分が馬鹿らしい。
 そんなこと、ないない、な……。
「やっぱりどこだかわかんねえ……。おっちゃん、探してやらないとだし……。ここってすげえ広いんだよなあ……。子供の体力じゃ、走り抜けるのにも限度があるし……あ、そうだ」
 少年がポンっと手を打った。腕時計に触れている。いくら幸太が改造されていろいろ規格外になっていようとも、透視能力があるわけではないので、そんな少年の動きは見えない。
 少年が立っていた辺りが、ピカっと光った。
「え」
 光が収まる。少年が立っていた場所には、見覚えのある、しかし色だけは異なる、緑色のライダースーツに身を包んだ人間が佇んでいた。何故か、体格も成人サイズになっている。
 幸太は思わず指差しになっていた。幸太の呟きを耳にして、少年、もとい、グリーンライダーが振り返る。
 こちらも驚いたのか、
「あ」
 と言葉を漏らした。
 
 ――そんなこと、あるある。


 ざっくりざっくり、カップ入りレモンかき氷を京語は食していた。ショッ○ースーツは意外と機能的で、仮面越しに物を食べるのも簡単だ。
「へーい」
「へいへいへいへいへい」
「へーい? へーい、へーい、へーい」
「へい!」
「ヘーイ」
「ヘーイ、へーいヘイヘイ」
 何を言っているのかさっぱり分からない。
 よって、その他ショッ○ーたちに囲まれながら、京語はひたすらかき氷を食していた。ショッ○ースーツに着替えた後、ノラン君に連れられてやって来たのは 即席バスケットコートだった。試合をしていたようだが、買い出しに言っていたノラン君の登場で試合中断。各々、ヘーイ、ヘーイと楽しげにアイスを食べてい る。行きは一人、帰りは二人にショッ○ーが増えていたわけだが、誰一人として気にした様子はない。おおらかすぎる。
 ノラン君に車で聞いたとおり、ショッ○ーたちは「人手が欲しいわ」な修子さん経由、「いいわよ!」の白き刃ボス快諾、で、半強制的にやって来させられた様子だった。迷宮観光スポットで一夏のバイトに勤しんでいる、と。
(お袋……部下に迷惑かけんなよ)
 と京語が悲しくなったのは秘密だ。ショ○ーの皆さんに頭が上がらない。
 さて、そんなショッ○ーたちは、見学客に好評らしい。売店でショッ○ーキーホルダー、携帯ストラップ、なんと簡易スーツまで売っている。ショッ○ーグッズが売り上げ二位に躍り出たそうだ。なお、不動の一位は縁も厄ものけるお守りだそうだ。
「ヘーイ! ヘーイ!」
「ヘイヘイヘイ。へーーーーーーーい!」
 それにしても、会話がわからない。でも、ライダー仲間たちと一緒にいるより、ちょっと落ち着くのはなんでだろう? ちょっと馴染み気味なのはなんでだろう?
(――転職、か……)
 もの凄い高いゴールが設置してあるバスケットコート脇のベンチに座り、京語は夜空を見上げた。
 が、すぐに眉をひそめることになった。
 基本的に、ヘーイ語が和気藹々としている他は静かだったのだが、ピン、ポン、パーン、という電子音の後に、館内放送らしきものが流れたからだ。
『ヘーーーーーーイ!』
 と。
 意味は勿論さっぱりわからなかったが、それを聞いた瞬間、京語が長年培ってきた苦労性センサーが反応した。
「今の、意味はっ?」
 隣にいたショッ○ーを掴まえて、質問してみる。
「へ……。あ、もしかしてヘーイ語わかんない? 意味? 今のやつ? 迷子のお知らせ。チェックポイントに来なかった客をこれで知らせて、当番の奴らが探しに行くの」
 案の定、普通に軽くショッ○ーは答えた。
 ここで止めておけばよかったのかもしれない。しかし京語は、更なる問いを紡いでいた。
「――迷子の、特徴は」
「んーと親子? 中年男性と小学生だって。小学生のほうはチェックポイントに来たんだけど、父親なのかな? 連れが来てないってわかると、探してきますって、一人で行っちゃったってさ」
「…………」
 京語には、心当たりがありすぎた。
(中年男性、は、親父で、小学生は鹿目?)
 その通りだったりする。
(実はまったく別の見学客なんてことは……)

 ――そんなこと、ないない。


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