第六回 新たな十三号誕生! と昔取った杵柄?



『江口家別邸――ここにまつわるおどろおどろしいエピソードは無数にある。その例がいわずと知れた、十不思議だ。しかし、それらの中でも最強、いや、最恐 といえる場所へと、別邸内を実に四時間彷徨った末に、私……本記者は辿り着いた。
  その全容は、今思い出してみても身体が震えるほどだ。確かに、あそこには、何かがあった。取材してきた中でも、一、二を争う場所だ。霊感のないはずの本記 者が、帰宅後、体調を崩したことも付け加えておく。この症状は、病院では解決することなく、お祓いを受けることで改善された。

 ――話を戻そう。

 この別邸という歪んだ迷宮を訪れた者が、まれに発見できる異物に、本記者は遭遇したのだ。
 
 噂では、呪いのダンボール、と呼ばれているものだ。
 
 江口家別邸は異様な面はあれど、正規の建造物である。
 広く広大な敷地内、区切られすぎて、数個、いや数十あるも同然の中庭――。
 その一角に、呪いのダンボールは存在した。
 異様、である。
 本記者が目にしたそれは、市販のダンボールをわざわざつなぎ合わせて作られた巨大な正方形の箱だった。つなぎ合わせるのに、緑色や赤色のカラーテープを 滅茶苦茶に使用している。記号……図形……なのか。ダンボールの面自体には、妙な落書きがしてある。
 高さと幅は、それぞれ二メートルほど。何故こんな風にしたのか、まったく意図がつかめないが、箱、としか形容のしようがない。少なくとも、本記者は箱 だ、と一見して思った。――箱ではあるが、不気味な。
 一体、中には何があるのか?
 この時、異様だとは思いこそすれ、本記者はまださほどの恐怖を感じていなかった。
 しかし、好奇心のままに、さらに近づいてみると、実に奇妙なことが判明した。
 ……冷たいのだ。
 家に近づくごとに、冷気が強まる。取材した日は、春、それも午後の陽気な気候な包まれた日だったというのに、箱からは――つららが垂れ下がっていた。氷 だ。何故こんなものができるのだろう? ここだけ、真冬だとでもいうのだろうか。
 さらに近づく。冷たさも増す。手で触れられる距離まで来た。
 呪いのダンボールには、扉らしきものがあった。
 扉には文字が書かれている。赤い文字は、残念ながら、滲んで読めない。
 しかし、意図されたことは、予想できる。
 
 ……表札のつもりなのではないか。
 
 ――大きな、箱などではない。
 
 これは、家だ。』
 
 月刊『ヤンデル』六月号、その時私は見た、より。
 
 
「ヘヘヘヘーーーーーーイ! ヘーイ! へいへいヘーイ!(アイス食ってる皆も食い終わった皆も、ちゅうもーく! えー、さっきの放送でわかるように、今 夜は迷子が出たので捜索、回収班の出番でーす。つーことで点呼しまーす! んでは当番の人ー!)」
 一人のショッ○ーが、着用している真っ黒い専用スーツのポケットからミニPCを取り出した。起動し、カタカタとキーボードを打ちながら、仲間たちに呼び かける。すると、次々と声があがった。中には挙手している者もいる。
「ヘーイ、へ!(はいはい、一号!)」
「ヘヘーイ!(二号!)」
「ヘイヘーイっ、ヘイヘ!(三号っす! うっす!)」
「へーいぃ(よんごう)」
「へへへへーい(さっきの賭け試合で負けたんで、五号との交代で七号入りまーす)」
「ヘーイ?(あ、だから五号まだ休憩してんだ?)」
「ヘイヘ(んだ)」
 今の今まで意味不明だったヘーイ語。
(成程な……)
 顎に手をやり、京語はうんうんと頷いた。
(こんなことを言っていたわけか……)
 見掛けだけはショッ○ーの仲間入りをした京語も、これならば納得だ。わかる。ヘーイ、あるいはへーい、は、厳密な規則性などはほとんどなく、各自、ニュ アンスの叫びが言語に変換され、各々に伝わっているようだ。
「ヘーイ!(どう? 役に立つでしょそれー)」
 肩を叩かれ振り返ると、ノラン君がぐっと親指を立てていた。おそらく仮面の下ではイイ笑顔を浮かべているに違いない。
「ヘーイ」
 その気になって京語もヘーイ語で返してみる。
「ヘーイ!(ごめんわかんないやー。それ、飜訳してくれるだけっぽいねえ。京語君は改造されてないカラね!)」
 しかし空振りに終わった。そうですか……と京語はうなだれた。正義の味方陣営である京語は、変身しなければただの人だ。気落ちした京語に、慰めなのか、 ノラン君が明るく提案した。
「ヘーイ!(今度、それ作った博士に頼んでみるよー)」
「え? いやいやそこまでは」
 してもらうわけにはいかない。とりあえず、遠慮しておく。
 ――しかしそれにしても。
「博士……。そっちにもいるんだな、そういう人」
 だよな。いるか。
 独りごち、京語は呟いた。
 館内放送直後、迷子になった人物が自分の知り合いのようなので捜しに行きたい、と断腸の思いで京語はノラン君に伝えた。ノラン君はあっさりと「いいと思 うよー」と頷き、ショ○ーによる捜索班に加わることになったが、問題は京語にあった。
 必然的に、ショッ○ーたちとの行動になるのに、ヘーイ語がわからない。
 そんな京語を見かねたノラン君は、「ひとっ走り」と砂埃をまき散らしながらどこぞへと走り去っていた。そして超速で数十秒後。戻ってきた時に持っていた のが、翻訳機だった。ショッ○ースーツに付属として連結できるようになっているイヤホンタイプのものだ。
 ヘーイ語が時々無性に癪に触る! 奴らは何を言っているんだ! 
 そんな幹部要望で実現した白き刃専属の技術者によるものだという。
「へーい?(どうかした?)」
「……いや、ちょっと、思い出して。こっちの話なんで」
 気にしないでください。
 言い、ショッ○ー用の白い仮面の下で、京語は遠い目をした。
 白き刃に開発要員がいるように――おそらく、このスーツなんかもそうなのだろう――正義の味方陣営にも、いる。ライダーグッズを作るなんたら博士だか教 授が。
(名前は、珍……いや、ヤン……。違った。厄?)
  父、住吉が嬉々として京語が一人住まいをしているアパートに送りつけてくる、厄なる人物作製のライダー用装備、その他諸々。しかも、元ブラックライダーに もいろいろ送りつけていた前科があるらしいと、ここに来るまでの車中で知った。深い共感を抱いたのだが……。あの時は及ばなかった疑問に、京語の思考が到 達し た。
(まさか……今でも送っていないだろうな?)
 嫌な予感がする。ごくり、と唾を飲み込んだ。
(そうだ。最近も何か送ったとか……確か言ってなかったか? 現役をひいてから送ったのは、それ一回きり……)
 なんてことが果たしてあるだろうか?
「…………」
  あると考えたいが、京語の今までの経験が、『ないに決まってるだろ? 親父だぞ?』と全力で訴えていた。
(一応……江口の親父さんには、会ったら謝っておこう……。会報なんかは、今でも定期的に送りつけていてもおかしくない)
 密かに、元ブラックライダーへの親近感を募らせる京語だった。 
 ライダー会報もそうだが、京語に送られてくる物品は、日常生活では不必要なものばかりだ。でかいトゲ付き棍棒とか。――誰に使えと? 死ぬって。
 もの凄く速く走れるらしいが、履くのが躊躇われるキラキラシューズとか。そういった品々がアパートの居住スペースを圧迫し出している。そこで京語が実行 したのが、元ブラックライダーと同様、受け取り拒否だった。
 ……失敗だった。住吉自ら週末に配達に来るようになってしまった。結果、京語は、実家からの宅配便を渋々受け取るようになったのだ。
 そして、溜まる一方の処分品に頭を悩ませることになる。不燃なのか可燃なのかとか。会報は会報で紙束になるし。燃やしたら大爆発しそうな変な物質が使わ れていそうなのもあるし。その辺、ゴミ焼却炉の強度 はどのくらいですか、爆発しても大丈夫ですか、なんて業者の人に訊きたくても訊けない。京語は一般人でいたいのだ。いやいや、一般人なのだ。
 だが、最近、捨てる以外の選択肢を京語は編み出した。
 この間、ふと思い立ち、比較的無害そうな新グッズをオークションに出したら高値がついた。競り落としたのは女性で、防犯対策として利用し、ストーカーを 退治したという。京語がはじめてライダーグッズが人の役に立った? と感動した瞬間だった。
(あれは良いことをした)
  以来、京語の出品するライダーグッズは人気が出ている。一般人には使い道が不明だったり、そもそも製造ルートが不可解だったりするし、ついでに協力者であ り開発者である厄博士には実は京語は会ったことがないのだが、腐ってもライダー技術だ。性能自体は悪くない。品々も、京語に捨てられたり部屋の隅で埃をか ぶって肥やしになるよりは、誰かに使ってもらえるほうがきっと世のため人のため。
 しかし、ライダーとして役立つように、とせっせと送っている品を息子が売り飛ばしているなどと知ったら、きっと住吉は泣くだろう。なので京語は今後も 黙っているつもりだ。
「ヘーイ!(んじゃそろそろ出発しまーす!)」
「ヘイ? ヘーイ(あれ、一人新入り加わるんじゃないの? ほら、ノラン君連れてきた)」
「ヘーイ! ヘヘイ!(そこのー! こっち!)」
 呼ばれている。捜索、回収班の集団に慌てて京語は駆け寄った。
「すみません!」
 でもオレ、新入りってわけじゃ……、と続けるはずだったが、ショ○ートークに遮られた。
「ヘーイ? ヘ?(あれ、普通言語? まだ改造前?)」
「ヘーイヘイヘーイ(あれだよあれ。この夏、ショッ○ー募集かけてたじゃん。やっと来たんだよ。これはさー、本採用前のお試し期間ってやつ)
「へいヘイヘーイ! ヘーイ?(見た見た、無料誌に載ってた! 応募来たんだ?)」
 いや、違う。応募してない。
 口を挟もうとするも、その隙がない。ヘーイ語会話はテンポが良すぎる。
「へーーーい?(そういや、幸太が昇進して幹部になったからちょうど十三号が欠番じゃね?)」
「ヘーイ!(つまり補充で十三号!)」
「ヘーイ。ヘーイ!(んじゃ、君、十三号ね。あとは適当にショッ○ー感覚掴めば万事オーケー!)」
「…………」
 なんだか、もうこれでいいか、と京語は思った。
「ヘーイ!(では迷子捜しに出発!)」
「「「「「ヘーイっ!」」」」」」
「ヘーイ……」
 京語はショッ○ー十三号になった。
「ヘーイ! ヘイ(ちなみに最初は寒冷ゾーンに行きたいと思います! これ決定)」
「ヘーイ?(あの謎ダンボールハウス?)」
「ヘイ(ヒンヤリ君のとこかー)」
「へーいへい(涼しくていいと思いまーす)」
「へー?(いいけどさー、あんなとこで迷う奴いんの?)」
「ヘイ! へーいへーいへへーい(いるいる! ヤンドルだかデレだかの記者が迷ってた! 七月の当番で見つけたのおれ。なのに声かけたら気絶しちゃって さー。春にも来ててその時も迷子になってたらしいよ)」
「……?」
(? ダンボール? ヒンヤリ? ヤンドル……デレ? ? あ、鹿目が貸してくれた雑誌、名前がヤン何とかだった、ような……?)
 ヘーイ語もわかるようになって、十三号にもなったが、残念ながら話についていけないこともある。


 京語がめでたく十三号に任命され、捜索を開始していた頃、幸太は気まずい沈黙の中にいた。
「…………」
「…………」
 どこからどう見ても、カラーライダーたちの一員としか思えない元少年、(おそらく)現グリーンライダーと、幸太は歩いている。お互い、いまだ自己紹介は していない。名前は知らなくても、会話は可能だし、道案内もできる。
 もっとも、衝撃の初対面を果たした後、何か言わなければ、と焦った幸太がグリーンライダーの少年と交わした会話は、
「う、受付まで、行けるけど?」
「え、あ、はい?」
 というものだった。
  以後、両者無言。とりあえず黙々と歩いている。たぶん、双方、遭遇した時点でそれぞれとるべきふさわしきリアクションというものがあったはずなのだが、そ れができなかったがために、一般人高校生の幸太と、中身は少年、見た目は成人グリーンライダーという、第三者が目撃したらギョッとしそうな組み合わせが気 まずそうに連れ立っている、という珍現象が発生していた。ついでに空気が非常に重い。
 幸太としては、
(グリーン? グリーンなんだよ な? この前、住吉さんに無理矢理顔合わせさせられた、相手も俺も変身済みバージョンだったんでほとんど意味ナシだったあそこにいた人? 印象違うけど、 あれ、中身小学生だった? マジで? 俺も実はブラックだって自己紹介すべき? ……………。……………………嫌だなあ。止めた)
 だったし、グリーンライダーはというと、
(スルーされた。変身したの見られたのにスルーされた……! おかしいって。何この人? 誰? もしかして逃げるべき? 江口家別邸十不思議に関連してん の? 着くの、本当に受付? おっちゃんも探さないとなんだけどなあ……)
 と、警戒心七割強だった。
 このまま膠着状態が続くかと思われたが、事態を動かしたのはグリーンライダーだった。
「あれは!」
 と何かに反応を示し、突然走り出したのだ。変身済みなので、ショッ○ーと互角、いや凌ぐ速度だ。何せ、一秒目を離した隙に姿が消えてしまう。不意打ち だったので、幸太も追いつくのに時間がかかってしまった。
「あのなあ……こっちは受付と反対……」
 方向。
 続けようとした言葉は口の中で消えた。懐かしいものが目に入ったからだ。
(まだあったんだなあ……これ)
「本物……! つららはってる! こ、これが江口家別邸十不思議の一つ、呪いのダンボール……!」
 押し黙っていたグリーンライダーが饒舌に語る。
(呪い、の、ダンボール?)
 幸太は眉を顰めた。
「――呪いのダンボールって、これが?」
 思わずこぼれ出た問いは、グリーンライダーの心の琴線に引っかかりまくったらしい。
「知らないのっ?」
 その一声を皮切りに懇切丁寧なオカルトマニアトークが繰り広げられた。
 呪いのダンボールっていうのは、江口家別邸十不思議の一つで、あ、十不思議っていうのは――以下、三分経過。
「ウェイト! ストップ!」
 途中で頭が痛くなってきた。
「えー。まだあるのに。なんだよ、付き合い悪い」
 興奮に上書きされ、警戒心が大分抜けたグリーンライダーが不満の声をあげるが、幸太は片手を突き出し、かぶりを振った。
「もういい。充分だ」
 幸太も二分間ぐらいは真面目に聞いていた。が、もう耐えられない。自分んちのことなので、いたたまれない。
 ないから。十不思議とか、ないから。それから誰も死んでないから。変な生物(巨大三本つららとか)はいるけど、誰も呪ってないし、呪われてもないから。 なんだ、家の構造が普通とはちょっと――いや、かなりかもしれないが、迷路構造なだけだから。
(つーか、呪いのダンボールって言われてるらしいそれ、俺が小学生の頃に作った秘密基地だから)
 そう。その成れの果て――幸太から見れば、ただの古ぼけたちゃちいダンボールハウス――が、二メートルほど先にある。
 あれは小学五年の冬のことだった。幸太のクラスで秘密基地ブームが湧き上がった。その波に感化され、幸太も自分だけの基地を作ろうとしたのだ。
 そうだ! 別邸広いし、あそこの庭に作ろう! そして家出だ! 作った基地に住むんだ! 俺はもう帰らない!
 何を思ったか、当時の幸太はそう考えた。確か、その近辺に授業参観があって、父に来て欲しかったのに父は妹のクラスに行き、自分のほうはなんと母が来て しまい、悲劇に襲われたのが遠因としてあったような気がする。逆なら良かった。
 ささやかな食糧をリュックに、台車にせっせと集めた空ダンボール箱とガムテープ……がしかし、ガムテープは残り少なかったので余っていたカラーテープ類 を詰み、在りし日の幸太は家の中から意気揚々と出発した。
  ダンボールの家作成は楽しかった、と幸太は記憶している。カラーテープでカラフルに彩り、芸術魂を発揮して、ダンボールの壁面には絵を描いてみた。表札ま で作った。ただいかんせん、たまたま掴んで持ってきていたペンが赤インクのしかなかったので、そこはちょっと不満だった。ともあれ一日がかりで手製秘密基 地は完成し――夕方。
 持ってきた食糧も所詮はおやつ程度。基地は作って満足した。でも腹は減るし寒いし。
 小学生の幸太は、家出のことはひとまず忘れることにした。
 で、本邸のほうへ帰ろうとして――。
(帰れなかった……)
 雪まで降り出し、あまりの寒さに室内――別邸内通路から帰ろうとしたのがまずかった。外から帰れば、まだ良かったのかもしれない。
 本気で遭難した。
 しかし、あの頃の自分が三日三晩の家内遭難期間にしでかした数々の事柄が今日、ことごとく、江口家別邸十不思議なんてものに変貌しているとは。

「悪夢だ」


 その頃の父、住吉。
 絶賛迷子中。
「おーい! 鹿目くーん!」
  叫びながら何十個目かの扉を開けたところで、一旦立ち止まった。携帯電話で連絡を取ろうにも、使えない。住吉の携帯は、出掛ける前にサキちゃんと長電話を していたせいで充電が残り少なくなっていた。その状況で、まず京語に連絡を取ろうとしたのが不味かった。二分ぐらい鳴らしていたのだが、そのうち、充電切 れになってしまった。
「弱った。連絡も取れないぞ。――それにしても、目を離した隙に鹿目君の姿を見失うとは……。なんたる失態だ!」
 懊悩し、下げた視線の先に、自らがつけている赤い腕時計がうつる。住吉の脳裏で、何かが弾け、繋がった。現役時代、最も働いていた第六感だ。
「これはもしや、白き刃の陰謀なのか……? そうだ! 考えてみれば、この迷宮に足を踏み入れた時から、何か怪人の気配を感じた……。それに、係員だとか いうあいつら、白き刃の構成員にそっくりだったじゃないか……! ここは、敵地かっ」
  何ということだ! ここは友人所有の地。旧友であるブラックライダーは無事なのかっ? 苦手だが、サキちゃんの友人であり、ブラックの妻である彼女も危機 にっ? 同窓だと出掛けていったサキちゃんもまさかまさか一緒に囚われているのかっ? あれすらも白き刃の狡猾な罠か……? あり得る!
 住吉の頭からは、愛する妻の正体なんかはすっかり抜け落ちていた。
「京語が携帯に出られなかったのも、奇襲を受けて……っ?」
 バッと背後を振り返り、周囲を警戒する。警戒を続けること数十秒、異常はない。ひとまず、安全のようだった。
「くっ。騙されるところだった……!」
 緩く首を振りながら、両拳を握る。
「そうか……京語にライダーグッズを送る傍ら、こっそり厄博士に頼んでいたコレの出番がさっそくきてしまったということか……」
 あんまり父親の格好に注意を払っていない京語はちっとも気づいていなかったが、そして万が一気づいたとしても百パーセント突っ込むようなことはしなかっ たろうが、本日の彼が着用している腕時計はひと味違う。
「現役バージョン時よりはやや弱く、一日という限定ではあるが――!」
 スイッチが入らない限り絶対に無理な息子とは違い、父親のほうは素でできる。掛け声とポーズを、住吉はばっちり決めた。往年の輝きがよみがえる。赤光が 一瞬、その場を包んだ。
「……ふう」
 やはり、変身はいい。そこにはかつてのレッドライダーが佇んでいた。息子バージョンとは微妙にスーツデザインが異なり、額にVマークがついている。
「さて……」
 準備運動開始。
「年かなあ……昔はもっとスムーズに……」
 屈伸をし終わったところで、運動終了。
「よーし! まずは鹿目君……いや、現グリーンとの合流を念頭に、巡回だ!」
 ダッと走り出す。息子の憂鬱をよそに、間違った方向に大ハッスルしていた。


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