第七回 元レッドライダーとショッ○ーの皆さん



 呪いのダンボールから離れ、移動すること少し、二個目の十不思議を発見したところで、幸太の心は折れた。
 こんなのが後八個も?
 だいたい、なんでそのままなんだ。
 幸太が小学生の頃、宅内遭難でしでかした数々が、十不思議とかいう恐怖スポットに変貌しているのは、わかった。わかりたくないけどわかった。
 が。
(改築のついでに掃除もするから幸太は何もしなくていいわよ、とか何とか言ってたはずだ!)
 思い出してきた。思い出してきた。
 本宅に生還し、一日静養した幸太は、母に呼び出された。
 のろのろとぼとぼと小学生の幸太は母、修子の待つ座敷まで歩いた。
 幸太の宅内遭難は江口家にとっても大騒動だった。きっととんでもないお説教がとんでくるだろう。
 しかし、意外や意外、あっさりと終わってしまった。しいていえば、同じことを起こさないように、別邸にみだりに立ち入らないように、ということを言われ たぐらい。
 あの時の自分はきっと、相当挙動不審だった。
 同じことを起こさない。そりゃあ勿論だ。別邸に入るな、なんてのも遭難でこりたので、願ったり叶ったり。
 ただし。
 ――今までと比べて、説教が軽すぎる! ペナルティもないなんて!
 何かの罠のような気がして、「おれ……別邸の掃除、するよ。いろいろしたし」とまで申し出たのに、「そんなことしなくていいのよ、幸太ちゃん」と笑顔で 拒否られた。
 ……おれ、もしかして殺られる? 
 それからも一週間ぐらい、罠? と毛を逆立てた猫のような生活を幸太は送った。
 何もなかったのでそのうち日々の生活の中に忘却されていったのだが。
(これかよ!)
 これだよ!
 じゃじゃーん! はい! 妖精さんのじっかんでーす。
 どう? 派手に登場してみたよ! えへ!
 ところで、気づいた? 気づいた? 前回の第六回、妖精さん、不在なんだよね! 
 一話にしては長くなったからさー。こう、短縮? のために妖精さん自粛。
 ヘーイ語会話のところなんて、妖精さん出たくてうずうずしてたんだけど、ったく翻訳機なんてものが出やが――おっと、何でもないよ! ともかく、今回は 大丈夫さ! ではさっそく、妖精さんの簡単親切安心コーナー! 江口家別邸十不思議を紹介するよ!
 一、呪いのダンボール
 二、呪いの血文字
 三、異次元へ通じる手書きの扉
 四、割れた鏡の怪
 五、惑わしの道しるべ其の一
 六、惑わしの道しるべ其の二
 七、惑わしの道しるべ其の三
 八、開かずの地下道
 九、SOS
 こんなところかな! 道しるべシリーズが多いのはご愛敬! でも妖精さん的には、この道しるべシリーズが一番恐いね。惑わしってついてるだけあると思 う! マジで遭難するから。
 ちなみに、十不思議を巡ろうツアーとか密かにお客さんたちの中では組まれてて人気らしいよ。すべてを巡ると何かが……! 
 起こらないと思うな!
 ……え? 十個目? それは秘密だよ! お約束ってやつさ! 
 ふー。今日は仕事したなあ……。じゃ、バーイ!
「…………」
 妖精さんが説明していったところの、二、呪いの血文字をじっと凝視していた幸太は、決めた。
(……全部、消してやる)
 そんな幸太をよそに、グリーンライダー、もとい、鹿目は十不思議の一つに興味津々だ。
「うわ! これも本物だ!」
 もしかしたら十不思議巡りができてしまうかも? この人すげえ、と幸太についてきただけで二個目の不思議スポットに到達できたので、変な尊敬を幸太に抱 きだしていた。このまま十不思議を案内してもらいたい。知っていそうな気がする!
 ついでに、幸太はバッチリと知っていたりするので鹿目の読みは正しい。
「あ」
 しかし、残念ながら、別れの時がやってきた。
 やあ! さっき退場しだはかりの妖精さんの時間だよ、パートツー!
 説明しよう! 正義の味方陣営の変身スーツは、最近、新技術が搭載されたんだ! それが、仲間を見つけようセンサー! 仲間とはぐれてもこれで安心!  半径五百メートル以内の離れた場所に変身済みの仲間がいると、変身スーツ元の腕時計が振動して教えてくれる! ついでに盤面に位置表示も有! カラーで表 示! レッドライダーなら勿論赤だよ! 発動条件は変身済みであること! あ、でも住吉さんのはアレ厄さんが手抜きした即席だからついてないよ! 居場所 の送信はできても、受信はノー! 
「あのー、ちょっと用ができたんで、もう行きます」
 グリーンライダー鹿目が腕時計の盤面に光る赤い点を見つつ、切り出した。
 いかに十不思議を消し去るかを考えていた幸太は、「え?」と聞き返した。
「俺が言うのもなんだけど、ここってすげえ複雑な経路の家だけど……」
「はい、まあ何とか。じゃあ!」
 言うが早いか、走り去ってしまった。
 何があったのかちょっと気になったが、なにしろグリーンライダーみたいだし、問題はないだろう、と幸太は判断した。
 さて、とかつて、自分が赤マジックで壁に書いた文字に視線を戻す。

 腹 ヘリ 腹 ヘリ 腹、ヘリ、肉、にく、に、く、 キ、

 腹減りマックスで肉が食いたいなあ……あ、今日の夕飯すき焼きじゃなかったっけ、キ? キ、はなんで書いたのが今の自分にはもはや意味不明。しいて言う ならすき焼きが関係してる?
 という文面だ。
 なのに、呪いの血文字とは……すごくいたたまれない。
 幸太もまた、ダッシュすることにした。
 近所の常人の足なら往復で二時間以上かかる二十四時間営業のコンビニへ向かって。
 買うのはお掃除グッズだ。
 確か、かけて放置するだけでどんな汚れもスッキリの泡スプレー缶もあったはず!
 ――そして準備を整えるまで所用時間十分。
 万全の装備を手に入れた幸太は、十不思議の抹消活動を開始した。


「ヘーイ!!!!」
 一人のショッ○ーの叫び声が木霊した。指先がプルプルと震え、ある一点を指差している。日本語でいうと、「あああっっ!!」という感じだろうか。
 飜訳機が働かなかったので、京語は、ショッ○ーって、単純な叫び声もヘーイなんだな……と暢気なことを思った。
 父、住吉と鹿目の捜索は、滞りなく進んでいる。
 しかし京語の中ではほぼ住吉捜索が主だったりする。鹿目のほうはなんだか大丈夫そうだと苦労性センサーが告げており、問題は親父だ親父、と強く警告を ――ちなみにさっき空まで届く赤い光がピカッと一瞬光って、ショッ○ーの皆さんはまったく気にしていなかったが京語だけは何故か強いストレスを感じた―― 発している。
 にしても、ショッ○ーがどこの何を見て指差しているのか京語には?だった。両目一・〇の標準ではあっても、変身前だと超視力などないから、
「ヘーイ!?」
「ヘーイイイイイ!」
「ヘーイっっっ!」
 と他の皆さんが、まるでムンクの叫びのごとく仮面越しに両頬に手をあて、驚愕していようともやはり? だ。
 ……まあ、変身すればこの場からでも同じ視界を得られるだろうし、京語が突然変身してもショッ○ーの皆さんは気にしないだろうが、そんなことは問題では なく。
(変身なんて絶対、絶対、ぜええええええええええっっったい、しない!)
 と京語はとにかく心に強く固く誓っているので、こんな些細なことで変身するはずがない。幸太の母、修子さんと戦ってから、己の重し――敵と思うものに反 応すると入るスイッチを更に抑えるため、イメージトレーニングは今も常に欠かさず行っている。そう、おかげであの日から今日まで一度も! 変身していな い。
(オレは、この変身しない記録を守ってみせる……!)
 誓いをあらたにしたところで、京語はとにかく指差されたところまで近づいてみた。なにしろ自分以外のショッ○ーの皆さんは、ヘーイ、ヘーイ、と議論して いる。近寄れば何が議論の的なのかもわかるだろう。
 ……で。
「?」
 首を傾げた。
 別邸というところは迷宮に似ていて、そこらじゅうに意味のあったりなかったりする扉がある。しかも和洋折衷混合。和式様式ごちゃまぜ。
 そんな家だが、これは?
 何を指差していたのかは、まあ、わかった。廊下の白い壁にある落書き……? だ。
 赤い乱れた文字で、

 腹 ヘリ 腹 ヘリ 腹、ヘリ、肉、にく、に、く、 キ、

 と、たぶん書いてある。しかもその上に、洗剤の白い泡がたくさんついている。
 落書きを消そうとした跡だろうか?
「……?」
 で、これが何だと?
「ヘーイ……(あーあ、せっかくの不思議スポットが……)」
 議論は終了したらしい。
 どこから持ってきたのか、雑巾を手にやってきたショッ○ーがぶつぶつぼやきながら泡洗剤を拭いている。一号とか二号とかついているらしいが、ぶっちゃ け、京語には見分けがつかない。……たぶん二号?
「ヘーイ……(監視不行き届きで減給かなあ……)
「ヘーイヘーイー(誰こんなことしたの、マジでー)」
「ヘーイ(今夜のお客さんの誰か)」
「ヘーイ……(お客様は、かみさまです……)」
「これ、何ですか……?」
 幸太の問いに、ショッ○ーは顔を見合わせた。代表の一人が口を開く。
「ヘーイ、ヘイヘイヘイヘイ……(呪いの血文字っていうスポット。触ると飢餓に陥り、お祓いを受けるまで飢えが続くという……)」
「でも、今触って……」
 ていうか拭いてる。
「「「「「ヘーイ!(だってショッ○ーですから!)」」」」」
 ……あ、そうなんだ。そんなもん?
「ヘーイ!へーいっ(十三号は見習いだから触るの禁止! 中身が生だもんね!)」
「……どうも」
 こういう心遣いがちょっと嬉しい京語だったりする。
(ショッ○ー生活、か……)
 そんなものに思いを馳せる京語の耳に、またしても、ピンポンパーン、という館内放送音が入った。無論、響いてきたのはヘーイ語だ。
「ヘーイイイイイイイイー。 ヘーイ?(緊急事態発生でーす。十不思議スポットの七つまでの破壊を確認しましたー。スポット一、二、五は無事です かー?)」
 あんまり緊迫感を感じない放送だったりする。あと、少なくとも二も無事じゃない。
 続けざまに、ピンポンパーン、と鳴り響く。
 どうやら、放送は別々の場所から行えるらしい。
「へいヘーイイイ! ヘーイ。ヘーイ?(不審人物発見しましたー! えーと、何か赤い人が走り回ってまーす。この人の仕業だったりして?)」
「……?」
 京語は、胸を押さえた。何だろう。今、猛烈に嫌な感じが膨れ上がったような……?
「ヘーイ?(赤いのって、あれじゃね?)」
 拭き掃除を中断し、館内放送に耳を傾けていたショッ○ーの一人が、どこか遠くを指差す。
「ヘーイ(あ、ホントだ)」
 ダッと高速で動く、赤い影――が、一旦は通り過ぎ――、
「むっ?」
 という声とともに、京語らショッ○ーの前まで逆戻りして急停止した。
「お前達は、白き刃の構成員!」
 赤い影、ならぬ、額にVのマークを持つレッドライダーが戦闘体勢のポーズを取った。
「ヘーイ(あ、レッドライダーだ)」
 いや、あれは元で、現役は見習いショッ○ー十三号だ。
 何だか京語は穴があったら入りたい。入りたいったら入りたい。うやむやのうちにショッ○ースーツに着替えることとなったが、今、オレはショッ○ーで良 かった! ほんっとうに良かった! と思った。
「受付の時点で似ている、似ているとは思っていたんだ私は! 鹿目君にそんなわけないよ、おっちゃん(ていうか見学したいんだから構成員とかこの際どうで もいいし、空気読んで邪魔しないでよって冷たい空気を感じた)って言われて自制したけど、やっぱり本物だったんだなっ?」
「ヘーイ?(放送も言ってたけど、十不思議破壊の犯人……このレッドじゃね?)」
「ヘーイ?(そっかなー?)」
「ヘーイ(もうレッドでいいよ)」
 十不思議破壊の犯人は何を隠そう幸太なのだが、住吉は濡れ衣を着せられそうになっている。
「お前たちの陰謀だということはわかっている! さあ、すべて吐け!」
 言われ、ショッ○ーの皆さんは困った様子で顔を見合わせた。
「ヘーイ?(陰謀ってなに?)」
 一人が疑問を投げ、
「へい?(さあ?)」
 一人が肩をすくめた。
 しかし、京語にだけはわかっていた。
 親父、また突っ走ってやがる! と。
 ここは息子として止めるべきだろうが……。
「話し合いが通じないのなら……止むを得ん! 戦うまでだ!」
 止める前に、どんどん事態が進行していってしまった。
「ヘーイ?(お、やる気?)」
「へーい(やるきー)」
 元レッドライダー住吉が一歩を踏み出す。ショッ○ーの皆さんも応戦の構えだ。
「ヘーイ!(ほら、十三号も)」
「君! 君は迷っているんだろうっ? 今からでも遅くはない! 悪の道からは足を洗い、目を覚ますんだ! それに君には何か親近感を覚えるぞっ?」
 京語は父につくか、ショッ○ーの皆さんにつくかの選択を迫られている。
 そこへ、また新たな人物が登場した。
 高速でやってきた緑の影。
「やっと見つけたー! 何であんなに動き回ってんの――って、あれ? 何これ?」
 グリーンライダーが登場した。
 何これ? は、京語も言いたい。
 鹿目、何でお前まで変身している。
「グリーンライダー! 来てくれたか! さあ、共闘だ!」
「え? その声って、おっちゃん? 京語兄ちゃんじゃないの? 何で変身してんの?」
 グリーンライダー鹿目は混乱している。


 その頃の幸太。
「おっし! 終わったー! 次は呪いの血文字の落ち具合確認して消す!」
 惑わしの道しるべ其の一――しかしてその実体は、かつての自分が迷わないように、と書いたが結局は更なる迷いの一端となったお手製巨大矢印――を完全に 消し終わっていた。
 しかし呪いの血文字スポットにはたぶん行かないほうがいい。


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