5. 勝ったが負けた


 ……納得いかん。
 何故だ。この現象を経験するのも、はやいものでもう何度目かのことだが、思うことは同じだ。納得いかん。
 オレを含めた選抜メンバー。つまり、オレ、おっさん、リッテの三人は、強敵を先ほど倒したばかりだ。己の実力を出し切り、また戦術を駆使し、勝利した。
 なのにどうしてこうなる!
 ――いや待て。落ち着こうじゃないか。
 話は変わるが、オレは羽というものに浪漫を抱いていた。鳥の羽。翼。空を飛翔する雄大なその姿。所詮人間は地を這うことしかできない。
 農作業に日々を費やしていた過去、額の汗をぬぐい、ふと空を見る。すると鳥が自由に空を飛びまわっているなんてことがよくあった。
 空を舞うのはどんな気持ちだろうか。オレにも羽があったなら、などと感慨を抱いたものだ。あの頃は純真だった。
 今じゃ、羽そのものが嫌いだな。特に白。
 仰々しい出し惜しみな純白の翼を拝むたびにいやーな気分になる。わかっている。多くの鳥にも、そして羽にも罪などない。
 しかし大いなる神よ。何度でも言うが、オレには辛すぎる。
 何故だ。勝ったのはオレたちだろう。なのに何故エセ聖女に救われる状況になんぞ追い込まれるんだ。
 ……無駄だったのか? さっきのオレたち選抜メンバーと敵との戦いは。
 どうして永遠の控えで、大いなる神の意志でたとえ選抜に入れたとしても即効倒される(だから実質二人で戦う羽目になり、相当の苦戦を強いられる)ハネ女が出張るんだ。
「もう二度と……! 殺させはしない……!」
 エセ聖女、もとい、秘めたる力を解放し、その背に白い翼(しかも四枚だ)を生やしたハネ女は、両手を胸の前で組み、宙に浮かんでいる。
 ――納得いかん。
 状況はこうだ。
 本来なら、そんな説明している暇がないところだが、今現在、ハネ女の説教が炸裂していて長くなりそうだから充分時間はある。また敵も何故か説教を聞く。
 わからん。まったくもってわからん。説教なんぞ大人しく聞いてやらずに攻撃してこい。敵すらもヒロイン教か? そんなにオレを絶望させたいのか?
 オレはもちろんハネ女の説教など聞くはずもない。聞き流す。人間というものは偉大な生き物だと感じる瞬間だ。
 聞きたくないことは本当に耳に入って来ない。
 というわけで、状況を説明する。聞いてないから内容は知らんが説教はまだ続いているようだ。問題ないだろう。
 オレたちは仄暗き昼に着き、休息をとることにした。その際、オレだけがハンスとの別れを惜しんだ。あいつは爽やかに去っていった。……惜しいぞ、ハンス。
 だが仄暗き昼が突如の侵攻を受けた。いや、道中、噂は聞いていたが実現してしまったようだ。
 現在、大陸では二国間戦争が曖昧に進行している。一時協定が結ばれていたが破られた。仄暗き昼はその被害をこうむったわけだ。
 そしてオレたちは、はからずも渦中に居合わせることとなった。
 無論、いち旅人としてだ。
 断りをいれておくと、オレにとって、この二国は敵ではない。仄暗き昼も、仄暗き昼に仕掛けている側も。
 オレたちは通行手形を持っている単なる旅人だ。
 というかだな。
 オレたちはこの二国間戦争の中立国から支援を受けて旅をしている。仮に他国でとっ捕まっても、中立国の後ろ盾を与えられている身分でうまくおさまるケースも今まで多かった。
 逆に言えば、それなりの地位をこの中立国から与えられているオレたちがその場限りの正義感で二国間戦争に関与すれば、後々響く可能性があるわけだ。
 その場に居合わせただけならただの旅人。二国のうち、どっちかに肩入れしたらオレたちだけの行動だったとしても、もはや中立とは言えない。
 そもそもオレたちにとって仄暗き昼に侵攻してきた軍は敵ではない。現に仄暗き昼はあっさり占領されたわけだが――占領軍も他国の人間は区別して扱っている。中立国の手形を持っていたオレたちは少し待てば町からの出入りも自由になるはずだ。
 エセ聖女狙いで、因縁がある敵はちゃんと別にいる。占領軍とオレたちが戦う理由も必要もなかった。
 なのに「こんなこと、許されていいはずがありません……!」、エセ聖女が言い出した。
 そりゃあいいか悪いかでいえば、いい事ではないだろうが、違うだろ。
「仄暗き昼の皆さんを解放しなくては!」
 オレは断言できる。
 今はエセ聖女は仄暗き昼寄りだが、まったく同じ状況下で今度は仄暗き昼を仕掛けた側の国にあるどこかの町が占領されたとしても――さっき助けた側が敵で倒した側が救う側になっていても、ただそれだけで町を救おうとするだろう。
 あくまでも、その場限りなんだな。
 いや、その場限りで行動することが正解なこともある。しかし、仮にも聖女として褒め称えられる存在が毎度こうなのはどうだ。
 あるだろうが。普通はもっと深遠な何かが。
 今までエセ聖女のその場限りの行動は例外なく大失敗だった。オレは身に染みて知っている。リーダーとして、勇者としてエセ聖女の後始末をする羽目になるのはこのオレだ。驚異的なことに、一度としていい方向に転んだことはない。まさに疫病神。
 恋愛感情どころかエセ聖女に対し、オレの中で日々まったく正反対の感情が高まってゆくのも無理からぬことだ。
 オレの抵抗むなしく、オレたちは占領軍と戦うことになった。またしゃくなことに、エセ聖女は素か天然か、やり方が巧妙だ。仄暗き昼の住人を先導し、巻き込み、女子供が占領軍に殺されそうになっている場面すら作り出す。悪魔のような女だ。
 オレも血の通った人間だ。しかもエセ聖女のせいで殺されそうになっている人間とあれば見捨てるわけにはいかない。そうして一戦。なしくずしに二戦、三戦。あげくの果てには占領軍の指揮官ととんとん拍子に事態は進んでいた。不本意だったが進んでしまったものは後戻りはできない。退路を絶つのもエセ聖女の常套手段だ。
 指揮官を敵と認定し、オレたちは戦うことになった。選抜メンバーで。
 しかし指揮官は奥の手を用意していた。負けるわけにはいかないと、仄暗き昼もろともを吹き飛ばす兵器を使用。兵器は発動しかけた。
 そこでハネ女だ。
「だめ……!」とか何とか言っていたのは聞こえた。
 ハネ女の秘めたる力でオレたちは救われた。指揮官は茫然とハネ女を見つめている。ハネ女は容色はずば抜けているし今は四枚もの羽も生えている。光ってもいる。
 それっぽく見えるな。
 それは認めよう。
 だが納得いかん!
 だいたいな、実は前から思っていたんだが、忘れられし雨でも羽を出せたんじゃないのか? あの時は出さずにいて何故今回は出せるのか。忘れられし雨で「砲」が使われたのはどう考えてもみてもエセ聖女の説教のせいだったわけだ。
 お前な、あの時にこそ秘めたる力を出せ。
「まさか、あなたは伝説の……!」
 指揮官が感極まった様子で叫んだ。
 ああ。やはり。やはり、こう来たか。エセ聖女は大陸に古くから伝わる伝承でうんぬんらしい。うんぬんの内容? 知らん。オレはいち農民だぞ? そんな蜘蛛の巣かかってるような伝承なんぞ知るか! 道中で説明されたような気もするが、オレの頭では、聞き流したことは一切残らない。むしろ残すはずもない!
 ただ一点、オレの喉の封印と伝承にかかわりがなければオレはそれでいい。頼む。大いなる神の意志よ! 実は密接な関係があったなんて衝撃の真実だけは勘弁してくれ。
 指揮官が、ハネ女に対して膝を折った。兵器を使用していた時とは別人のような顔つきだ。奴も堕ちたか……。
「ご無礼をお許しください……!」
 ハネ女、微笑む。
「理解してくだされば、良いのです。お願いです。兵をひき、町を解放してください」
 それでいいのか……。良いことにしてしまうんだな、ハネ女よ。
「いますぐに! 本国を説得してみせましょう!」
「ありがとう……」
 言った直後、エセ聖女から羽が消え、その場にくずれおちた。リッテ、おっさん、貴族ボンボンが血相を変えて駆け寄る。仮面魔術師が突っ立ったままなのがオレにとっての唯一の救いか。
 エセ聖女の名を呼んでいる仲間の声に背を向け、オレはふっとため息を漏らした。
 ……エセ聖女の心配? 笑止。
 馬鹿野郎。ありゃいつものことだ。一日中寝てれば治る。最初の一回だけはオレも人並みには心配した。エセ聖女が相手だろうが、命は大切だ。……たぶんな。
 それよりも。
 仄暗き昼まで、ハンスが同行していたせいだろう。なんか知らんがヒロイン教に人が染まり、皆阿呆になってゆくような、繰り広げられていたのはそんな見慣れた光景だったはずなのに、たった今改めて絶望した。
 言いたいことは山のようにある。
 エセ聖女を介抱している仲間たちを振り返った。
 言いたいことは山のようにある。
 これで万事解決、という顔で気絶しているエセ聖女にも安請け合いの占領軍の指揮官にも。
 やってられん。オレが。
 孤独が堪えるな。
「度し難いな……」
 その時だ。どこからかくぐもった呟きが聞こえたのは。
 仮面魔術師から。

 オレはもしかしたら仮面魔術師とは良い関係を築けるかもしれない。



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