8. ぐる


 本音の部分に多少、いやかなりの不本意が混じっていようとも、オレは一応勇者である。パーティーのリーダーでもある。おまけに喋れないせいで周りはオレのことを冷静沈着なイイ男だと思っている。その上戦闘面でもそれなりに強い。
 つまり、総合的に見てだ、出来る男、と見なされている節がある。
 そう。勇者ご一行に加わってから感じ始めたことだが、いつの間にかオレは完璧超人になっている、いやされていることが多いのだ。
 何故か?
 たとえばオレの心の中で、五択があるとしよう。
 不意打ちで強敵と戦う羽目になった場面だ。
 選択肢一、正々堂々、全力で戦う。
 選択肢二、様子を見、反撃する。
 選択肢三、全力で逃げる。
 選択肢四、最終的にハネパワーで無事に決まっているからエセ聖女を盾にしてみる。 
 選択肢五、最終的にハネパワーで無事に決まっているからエセ聖女を盾にしてみる。
 これらの五つだ。もちろんオレが選びたいのは四と五だ。三も念頭にある。
 しかし!
 大抵一か二しか選べない。せめて三を選びたい場面でも絶対選びたくない一を選ぶしかない場面もある。拷問だ。完璧超人っぽい選択肢しか選べない。
 実際に戦うオレはひっじょうに辛いんだぞ。
 そもそもオレの真の選択肢である四や五はどこへ消えたのか?
 やはり大いなる神の試練か? 
 謎は尽きない。
 そんなこんなの結果、見た目は精悍で、心も身体も強く、寡黙(だから、これは喋れないだけだが)で、難しい判断を下さなければならない場面でも冷静(だ から、本当に選びたい選択肢は選べないだけなんだが)で、難敵には常に全力で挑み(だからだな……)、万人に親切である、『カーツ』という男が完成する。
 そうであらねばならない。
 なんだか知らんがそういう雰囲気。圧力すらある。
 ――そんなヤツいねーぞ、どこにも。
 勝手に人の人格を作るな、と訴えたいところだが、オレは喋れないし、敵はなんというか、そういう雰囲気、実体のない空気なので、闘いを挑めるものでもない。
 ……まあ、自分が格好良く思われているのは、たとえそれが虚像であってもそんなに悪くはない。虚像のおかげで交渉がうまくいくこともある。こうして内心で本音をぼやきまくるわけだが。
 それにオレは五択で二択しか選べない現象への対処も心得つつある。
 目で見えるものではないがそこかしこに存在しているとしか思えない絶対ルール(主にエセ聖女に関して)破りすれすれの別選択肢を作り上げるコツを。この山に来ているのだって、エセ聖女との恋愛フラグを回避しようとしたがため。
 オレは精一杯流れに逆らっている!
 で、だ。本題に戻ろう。
 以上の理由により、普段のオレは多分に自分を作っている、必然的に作らざるを得なくなってしまった。表情をそんなに崩したりはしないし、動きも機敏だ。
 勇者『カーツ』像を保つよう、努力しているのだ。努力しなければそんな奴が存在するはずがないだろうが、馬鹿野郎。
 が、今現在、オレは生気の抜けきった情けない顔をしている。
 死んだ魚のような目もしているに違いない。
 地面にどかりと腰を降ろし、胡座をかいている。筆記用具にもなる万能剣も投げ出している。隙だらけだ。今この瞬間にたとえ敵が攻撃してきたとしても、迎え撃とうという気がこれっぽっちも湧き上がって来ないので、たぶんそのまま死ぬ。
 膝に手を置いて放心状態だ。半開きの口から魂が飛び出していようとも驚かない。
 そんなオレを、哀れみを込めて見つめているのは、どでかいうさぎのぬいぐるみだ。
「……まあな? お前がおれと一緒の末路を辿るとも限らねえわけだし……。な? ほら」
 何が、な? だ。ほら、だ。
 オレを絶望のどんぞこに突き落としたうさぎはなおも続ける。
「それかほら、クリステルを心の底から愛するようになる可能性もあるわけだ。現におれだって現役の頃はヒロインが結構好きだったぞ。美人だったし」
 ふ、とうさぎが顎に手をやりにやりと笑った。
「ま、女のおれの美少女っぷりには劣るが」
 話を聞き続けていて思ったが、こいつはどうも自分陶酔の性質がある。基本的には物事を客観的にとらえているわりに、自分の容姿や能力に関してはそのへんが抜け落ちている。
 オレは転がっていた剣を掴み、さきほどさんざん筆談が繰り返された地面に再び字を書いた。
『美少女だと? うさぎのぬいぎるみのくせに』
 ……あ、間違えた。ぎ、じゃなくて、ぐ、と。
「……うるせえ」
 ちょっと凹んだらしい。うさぎはしゅんと耳を伏せた。
「ていうか最近忘れてたんだが、やっぱ男に戻りてえなあ……」
 うさぎは哀愁をつぶらな瞳に込め、空を眺めている。

 誰が想像するだろう?
 ――これが、英雄譚にも載っている過去の偉人、『ユークロア』の姿だとは。

 いや、オレはうさぎから話を聞いただけだ。聞いただけだから、うさぎの話を信じる必要性など皆無だ。しかし。だがしかし、うさぎの語った話とオレの置かれている状況が非常に似通っているので物凄く信憑性がある。オレの勘もこう言っている。
 うさぎことユークロアは真実を語っていると。
 
 ……くそっ。
 未来に対する危惧感は常に抱き続けてきたが、ここにきて決定的になってしまったような気がする。
 ヒロイン、クリステルという逃れ得ぬ鎖。
 首尾良く敵を倒し、オレ自身の喉の封印なんかの謎も解消されても、行き着く先は――。
 もしやコレか。コレなのか?
 黄昏れているうさぎを見る。泣き出している。うさぎは情緒不安定っぽい。
 オレもこうなるとは限らないが、何しろこいつは『ユークロア』だ。
 めでたしめでたしで終わったかつての勇者(と聖女)の物語の主役。
 勇者は、時代時代に何人か存在する。『ユークロア』はその中でも古参だ。
 農民出身のオレだって知っている。『ユークロア』の物語は非常に有名な活劇譚でありラブロマンスであり現実にあった歴史だ。
 勇者『ユークロア』にはオレだってちょっと憧れていたというのに。
 『ユークロア』。
 オレたち一行の母国では、救国の勇者だ。千年ほど前に世界を救った男。旅の途中で知り合った聖女と結婚し、王になった男。すべてを手に入れた男とも言われている。
 一応の勇者としてオレがお手本にしていたのも、何を隠そう『ユークロア』だ。勇者『ユークロア』にならって、今でも子にその名をつける親は多い。本来は 男性名詞なのだが、時を経て女性名詞としても扱われるようになり、『ユークロア』は男女兼用でつけられる人気の高い名前だ。だから仮面魔術師がユークロア という名前でも何とも思わなかったし、性別も類推できなかったわけだが……まさかの本人。
 しかも本人の口から語られた話からすると、伝わっている英雄譚はかなりの脚色がなされている。むしろ捏造か?
 うさぎユークロアの語りを思い出すと、こうだ。
「ほんっとわっかんねえだよなあ。まず第一次戦役。おれが志願して闘いに行ったってやつ? あれ嘘。大嘘。国家権力を使っての徴兵。でなかったら絶対行か なかったな、あれは。それと仲間だった一人に爺さんがいたろ。偉大な助言者ってことになってるだろ、今。あれも嘘だな。爺さんは快楽殺人が趣味の犯罪者で な、目的が達成されたら用済みだったんだわ。あと最悪なのがやっぱおれの結婚生活な。末永く幸せに暮らしたみたいになってんだろ? ナイナイ。国をあげて の結婚式当日から破綻してたわ、実際。そこからはもう泥沼。世界を救ったはずが、そっから先は小さい問題が山積みだったのも重なってまさに血で血を洗う政 治闘争が――」
 まだまだ続いた。
 夢が砕け散った。オレは心で血の涙を流していた。
 冷静になって英雄譚を思い返しつつ、さらに本人の話を聞けば聞くほどオレとユークロアの境遇は似ていた。
 何故今まで思い至らなかったのか不思議なほどだ!
 
 地面を眺める。

 オレの「ユークロアはどこだ?」の質問に、うさぎユークロアが書いた「ここ」の文字が他の質疑応答に混じって残っている。
 その下には、オレが苦心して書いた等式がある。
 仮面魔術師ユークロア=うさぎのぬいぎるみ=黒髪不少女=勇じゃのユークロア。
 たまに字が間違っているが、オレのせいだ。ぎはぐだし、不は美だし、じゃは者だ。心の動揺が出たのと文字初心者故だ。意味は通じる。
 それに合ってる。
 この三者はすべて同一人物。
 表現を変えるなら、性別年齢不詳、人間?=完全に人外=女で人間=男で人間、になる。
 では、何故こうなっているのか?

 それは、大昔に存在していた当時のハネ女、つまり英雄ユークロアにとってのヒロインに原因がある。 
 


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