10. カーツのカーツによるカーツのためだけの反逆開始


 何の為に行ったのかわからない魔獣の山を下り、オレたちは仄暗き昼に戻っていた。
 今夜、武官の邸宅に一泊したら、次の目的地へ向 かうらしい。らしい、というのはだな、オレの意向を完全無視して、パーティーメンバーによる『自分たちのために無理をした、どうも消耗が激しいらしいクリ ステル様を癒す会』により、聖女関連の何かに向かう、と決まっていったからだ。
  ハネ女本人は、邸宅までお姫様だっこで(無言の圧力によりそうなった。転移の魔法を使ったので時間自体は短いが、苦行の時間だった……! 貴族ボンボンに 本当に本当に本当にかわってもらいたかった。羨ましそうにしていたから、切にかわってやりたかった!)オレに運ばれ、今はすやすやと就寝中だ。
 大抵はエセ聖女の親切心という我が儘により、寄り道が決定されるわけだが、今回は他の仲間による寄り道、という少々珍しいケースだ。
 オレは一応、その会議に参加していたものの、喋れぬ人間に、そして長い文章を流暢に綴れぬ人間に、一体何ができるだろうか? 愚問だ。
 しかし今回はそもそも会議に参加して、何としても方向性を変えさせようといういつもしている努力を放棄していたので、問題ない。
 会議中、オレはまったく違うことを考えていた。
 山で体験した幻術に関してだ。あれはすべてがまやかしだったのか?
 試しに355、と数字を書き、ユークロアに渡してみたが、反応が微妙だった。
 ……返す返す、喋れないのが不便だ。
 字に書いて問おうにも、長い文章が書けないのが何ともな……。誰かに長文添削を頼み、ユークロアに渡したいが……。
「…………」
 無意識にかぶりを振っていた。
 あの体験をすべて話してもいいと思うような仲間が、いない。おっさんやリッテにはオレは好感を抱いているが、なにしろ彼らにはそれらすべてを無に帰してしまう最大の欠点がある。二人とも、ヒロイン教だからな……。
 むしろ見ず知らずの他人のほうが、この場合、頼りになるだろう。以前、仄暗き昼の街門前で別れたハンス、あいつがいればな……。
 ……まあ、いい。
 幻術にかかったおかげで、オレは気づいたことがあるのだ。

 即ち、オレがここにいるのは、何かの手違いか、本来の運命がエセ聖女パワーなり何なりでねじ曲げられた結果ではないのか? と。

 村にいた勇者っぽいあいつだ。あいつが絶対正規のヒロインの相手だ。

 オレは、勇者ご一行とは無関係だったに違いない。百万歩譲って、関係者だったとしても、控えパーティーのメンバーだ、とか、そんなもんだろう。間違いない。あいつのほうが絶対フラグが立っていた。それっぽい使者とかがたまに来ていたしな。
  そう。オレは単に、エセ聖女に間違った方向に巻き込まれたにすぎないのだ。道理で肩の荷が重すぎるはずだ。そうだよな。ただの村民、農民にいきなり選抜メ ンバーで戦えってお前……。徴兵されるとしたって、訓練は受けるぞ? しかも、その初戦闘が終わった後だからな? 村の自警団から剣の取り扱いの説明を受 けたのは。順番が違う。

 というわけで、オレは、勇者兼雑用兼パーティーリーダーを下りようと思う。

 抜ける。途中交代だ。喉の封印云々は、自力で解決する方向で。
 パーティーの面々の会議が終わると同時に、オレの脳内会議も結論を出し、終了した。

 今後の計画としては、与えられた部屋に戻ったら荷造りをして、街を出る。行き先は、――とりあえず、故郷の村だな。勇者のあいつを新たに旅立たせよう。世界が崩壊するのは困るし。エセ聖女がすべてを何とかしそうだが。

 オレは黙って、痕跡一つ残さず、消えるぞ。

「? カーツさん? どうしましたか?」
 おっさんと貴族ボンボンの姿は、すでに居間にはない。仮面魔術師ユークロアもたった今出ていった。いまだ壁に寄りかかっていたオレに向かって歩いてきたのは、リッテだ。
「あの……幻術から覚めた時から、おかしい、ですよね?」
 クリステルがかかわらなければ、洞察力も観察力もある子なのにな……。
「あ……何か、書きますか?」
 すぐにオレの意図を察して、リッテは腰に下げている革袋から紙と羽ペンを取り出した。
「どうぞ」
 にっこりと笑顔だ。リッテはオレの文字習得に付き合うようになってから、こうして筆記用具を常備してくれている。それを受け取ったオレは、一言、書いた。リッテへと、渡す。笑顔だったリッテの表情が曇る。
「カーツさん、すまない、って……」
 オレが書いたのは、『すまない』と、それだけだ。
 明日、オレの姿は消えている。 心配し、気遣ってくれているリッテを裏切る行為に、胸が詰まる。
 ――だが!
 だが、どうもエセ聖女だけは駄目なんだ!
 ヒロイン教に染まることも不可能!
 沈痛な面持ちで、何か言いたげなリッテをあえて振り払い、オレは早足で歩き去った。


  その夜、闇に紛れ邸宅を後にした。さすが貴族の敷地だけあって、警備の兵がいたが、伊達にオレも場数を踏んでいない。気絶させ、誰にも気づかれずに仄暗き 昼の繁華街に出た。荷物はほとんどない。パーティーリーダーとして管理していた路銀や装備、必要物資は残し、最低限のものだけを持って出てきた。
 故郷の村までは徒歩にしようにも乗り物を利用しようにも圧倒的に資金が足りないので、賭博場に向かうことにする。傭兵として仕事を請け負ってもいいのだが、短期で割合のいい稼ぎを、と考えると難しい。
  仄暗き昼は、娯楽が充実している。賭博場はもちろん、闘技場や、一大市場も存在している。仄暗き昼、という街の名前は、夜に輝く、という隠喩でもある。占 領軍がやってきたり、ハネ女が暴れたりしたが、既にそちらの営業は通常に戻っている。この点でも、少ない元手ででかく儲けるには賭博が一番だ。
 どうせなら、手っ取り早い方法を試してから、勤労にいそしむとしよう。
 負けがこむようなら、イカサマという手もあることだしな。
 ……オレも、村で農業を営んでいたころは、こんなことは思いつきもしなかったのだが。
 ――と。
 足を止める。
「か・ね・が・な・い・だあッ? お前、そんなの通用するとおもってんの?」
 賭博ができる店は乱立している。目についた店に入ろうとしていたオレの耳が、鈍い音を捉えた。進行方向上に、吹っ飛ばされた人間が転がった。若い男だ。目を細める。賭け過ぎて払えなかった客が、叩き出されて暴行を受けている、の図か。
 ――の割には、軽傷だな。
 ついでに、見覚えがあるような気がする。
「いやー、僕もこんなはずじゃなかったんですけどー、おっかしいなー」
 ん? 声も聞き覚えがあるような気がする。
「もうちょっと、もうちょっと、と思っていたら、あるはずのお金がですねえ……」
 男が、顔を上げた。オレを見、驚愕の声を辺りに響かせた。
「あれっ、カーツさんじゃないですかー」
「……ほう、てめえ、そいつの知り合いか?」
 これは、暗がりからだ。
「ここで会ったが百年目っ。カーツさん、やっちゃってくださいっ! さあ!」
 もう間違いない。声も顔も言動も一致した。
 ハンスだ。若い男は、ハンスだった。
 ついでに意味がわからない。ハンスよ、自分の始末は自分でつけろ。
「知り合いってえことは、こいつの借金、払ってくれるかい?」
 用心棒だろう、暗がりから姿を現したのは、体格の良い大男だった。右腕に入れ墨を彫っている。
 借金を払う?
 オレは首を振った。横に。
「えー。そんなー。人でなしー」
 それはお前だハンス。
「だがなあ、そいつからは逆さに振っても何も出て来ないんだよ。兄ちゃん、お友達なんだろ?」
 いつの間に、知り合いからお友達にレベルアップしてしまったのか。ハンスが勢いよく頷いた。てこでもオレを逃がしたくないらしい。
「仲間に勧誘されたこともある、大親友ですっ!」
「ほらほら、そいつもそう言ってる」

 ――ハンス、お前、断ったろ?
 


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