11. 例のアレが行く手を阻む


 ハンスと大男のやり取りは続いている。オレは無論、終始無言だ。そのうち、ハッと気づいた。何も、律儀にこの二人の問題が解決するまで見守っていることもない。
 いかんいかん。リーダーとしてパーティー一行の雑用係に勤しむことや、先々で起こる厄介ごとの解決に慣れきってしまったせいか、好きなだけ言い合いをさせてから仲介しようなどとつい思ってしまった。違うだろう。むしろ、今のうちに退散すべきだ。
 が。
「おい、あんた」
 決断が少しばかり遅かった。ハンスに向けられていた大男の矛先がオレに向いた。
「…………」
「なんだ? おれみたいな奴とは喋る気も起きないってか? ……気にいらねえ」
 喋らないでいると、大抵の場合、無口な奴だと解釈される。
 しかしだ。何故、無口であるというだけでスカした野郎だと思われなければならないのか! オレの内面はこれほどに言葉に――主に愚痴だが――溢れているというのに!
「…………」
「おいおい。まだだんまりか?」
「違います! カーツさんはですねえ……ちょっと喋れないんです!」
 ハンスが答えた。
「あ? そうなのか? そりゃ……」
 大男が罰が悪そうな顔をしたが、そんなものはどこ吹く風でハンスが続けた。
「でも表情が語っています! オレが代わりに一勝負してハンスの借金をチャラにしてやるぜ! て言ってます」
 力強く、捏造しやがった。
「…………」
 しかしオレは喋れないので無言で眉間に皺を寄せ、首を振るしかできない。これは地面に「オレは無関係だ」と文章を書くしかないか。
 主語がこうで述語がああで、 と考えていた時だ。
「カーツめ。どこに行ったんだ」
「――カーツさん。様子が、おかしかったです。……すまないって」
「きっと、私たちに心配をかけまいと……」
「あいつはそういう奴だ」
 ……幻聴か? いや、オレは邸宅を出てから、警戒用の常態魔法を自分にかけている。多少なら遠方の声もはっきり聞き取れてしまう。という、ことは。
「…………」
 オレは恐る恐る会話が聞こえてきた方向を振り返った。
「――!」
 いる。いるぞ。
 最初から順に、貴族ボンボン、リッテ、エセ聖女、おっさん、無言で一行に加わっている仮面魔術師ユークロア。遠目だが、間違いようがない。
 何が起こって総出で出歩いているんだ?

 しかも、この様子は――オレを捜している?

 何故だ? 山での騒動が一段落して今はパーティーも休憩中だ。エセ聖女が発端となるおつかい等々も発生していないはず。活動していないで休め! いつもはそうだろうお前ら。
 いや、もしや……アレが発生したのか?
 オレがエセ聖女とはまっっったく関係ない自分の意思で行動し、むしろ全力で避けたのに、何故かエセ聖女に関わってしまうことになる現象。例のアレだな?
 なお、第二段階としては、オレがエセ聖女のためを思って行動した、と曲解される、に発展する。
 ハンスがオレの顔の前で手を振った。
「カーツさーん。どうかしましたー? カーツさ」
 馬鹿野郎! オレの名前を呼ぶんじゃない!
 オレは、ハンスの口を塞ぐと、さっと動き、暗がりへと飛び込んだ。
「ふご! ふごご!」
 ふう。これで一先ずは安心か。
「おい、兄ちゃんよ」
「ふごおおおっ!」
「兄ちゃん、そいつ、そのままだと死ぬぞ」
「ふごっ!」
「…………」
 ハンスの口を塞いだままだったようだ。手を離すと、ハンスが大きく口を開けて息を吸った。呼吸が整うと、オレに向かってきた。
「ひどいですよ! 僕はね、一般人なんですよ一般人! そこらの冒険者と違って繊細なんです!」
 勢いあまってしまったのは確かだ。
 オレは剣を鞘から抜くと舗装されていない地面に字を書き始めた。
 悪かった、と。
 大男がオレの抜刀にハッと攻撃態勢を取りかけたが、筆記用具がわりにしているのを見て、拍子抜けしたような表情をした。頭の後ろを掻き、首を振る。
「あー。おい、てめえら……」
「あ、すいませーん。作戦タイムなんで、少し時間くださーい」
「作戦たいむ? まあ、逃げねえんなら……」
 それで納得していいのか? 
 しかし、オレにとっては大助かりだ。大男はちょうど暗がりと通りを塞ぐ形で仁王立ちし、オレたちの姿を隠してくれている。ナイスだ。
 地面へ向き直り、『悪かった』の後に文を書く。
 一人称の綴りは、と。
「謝罪の次は、これですか? ……うれをかくせ?」
 オレの書いた文を読み上げたハンスが腕を組み、難しい顔をして顎に手をやった。
「うれ? 『ウレ』っていうのを隠すんですか? 僕が? うーん。交換条件でなら引き受けます。でも隠すにしても、僕にできるのって、そこら辺に埋めるぐらいじゃないかなあ。テキトーに?」
 あ、間違えた。うを消して、訂正する。
「ぉれをかくせ? ぉれ? ぉ。ぉ? ――何故小さいぉ、なのか……。ああ!」
 ポン、とハンスが手を打つ。
「『おれを隠せ』、だ!」
 本当は、命令形ではなく、依頼形にしたかったが、こっちのほうが書きやすかった。隠す、の動詞と組み合わせた場合、文章を依頼形にしようとすると、オレが今学んでいる共通言語では、なんと文量が五倍になるのだ。定形外文とかいうらしいが、わけがわからん。
 すぐにハンスが首を傾げた。
「あっれー? でも、近くにほら、仲間の皆さんいましたよねー?」
 気づいていたのか? 中々目ざといな、ハンス。
「しかもカーツさんのこと捜してたっぽいでしょ、あれ」
 あははー、と笑う。しかし、こいつ……。わざとオレの名前をでかい声で呼んだんじゃないだろうな……?
「わかりました。僕が判断したところ、仲間の皆さんに、カーツさんは見つかりたくない、と」
 オレは頷いた。
「そして僕は、借金を共に背負ってくれる人が欲しい、と」
 それはオレには関係ない。
「ちなみに、僕はしようと思えばカーツさんの居場所を仲間の皆さんに今からでも教えられるんですよね! そういうわけで!」
「…………」
「こ こは持ちつ持たれつといきましょう! もちろん、カーツさんに僕の借金を返済しろとは言いません! 僕と一緒に賭博場に行ってくれれば! いやあ、一人参 加枠だと、僕、禁止リストに載っちゃって……。にっちもさっちもいかなくなってたんですよー。誰も組んでくれないし……。あ! 儲けたら分け前は半分渡し ますんで!」
「…………」
 不本意ではある。あるが、どうせ稼ぎは必要だったわけだ。何よりエセ聖女たちに見つかるよりはハンスの申し出をうけたほうが精神的にも断然良い。夜でも賑わっている場所にいれば、目くらましにもなる。
「作戦タイム終了でーす!」
 大男に呼びかけると、ハンスが笑顔で片手をあげた。
「大親友のカーツさんと二人組で賭博に再挑戦します!」
「…………」
 今までオレたちに背を向けていた大男がこちらを振り返り、
「おい、いいのか? そっちの兄ちゃん、滅茶苦茶機嫌悪そうになってねえか……?」
 と尋ねてきたが、
「カーツさんはいつもあんな感じなんで!」
 ハンスは言い切った。

 その直後、ハンスに偵察に行ってもらい、何故エセ聖女たちが早々にオレを捜していたのかが判明した。
 結論を言おう。やはり、例のアレだった。
 アレフィルターで説明しよう。
 実はエセ聖女に魔の手が迫っていた。そのための卑劣な罠がオレにも仕掛けられた。オレは一人でその事実を背負い、決着をつけようと仲間の元を離れた……らしい。このことを知ったパーティーメンバー一行はオレを止めようと捜している、と。
 何がどうして……いや、どこがどうなってそうなったんだ?
 エセ聖女に魔の手が迫っているのはわりとしょっちゅうだが、オレに罠? というかそんな罠なら喜んでかかる。
 残念ながらとんと覚えがない。
 アレフィルターは実に恐ろしい。
 


前のぼやきへ   目次へ   次のぼやきへ