12.アレより至る、アレの法則
――まずい。
例のアレが来たということは、オレの意思をまったく無視したイベントが続々と発動する可能性大! ということだ。
そう、まるで反動のように。
つまりだ。エセ聖女がこれでもか! とオレに関わってくる。
アレが第二段階にいたり、オレがエセ聖女のためを思って行動した、と曲解される、に発展する――のはハンスを偵察にやって判明している。悲劇は既に起
こってしまった。ヒロイン教の奴らはもうそう思ってしまっている。
この状況下でエセ聖女たちと再会しようものなら、まさに外堀を埋められるに等しい。
神……大いなる意思による法則。
いっそ、アレの法則と言い換えてもいいだろう。
ぜんっぜん違うのに、そういうことになってしまうのだ。普段からそうなりがちだが、アレの法則の場合、その達成確率八割以上。破壊力も違う。しかも実感
として、旅が進むごとに、その率はあがっている。
今回でいうと、いもしない、オレが決着をつけようとしている(らしい。あくまでらしい、だ。そもそもいないんだから知らん)相手が現れ(あくまで傍目に
はそういう風に見えるだけで、単にごろつきにからまれる等、様々だ)、戦う羽目になり、そこへ見計らったかのように「やめて! 私のために!」とエセ聖女
が乱入……。
「…………」
頭痛が、痛い。
「あっれー。どうしたんですかーカーツさん。苦悩してますって感じに突然頭抱えちゃって。手元がおろそかですよー」
我ながらすさまじくあり得そうな想像すぎて、一瞬深く絶望してしまった。表現中枢が崩壊するほどだ! しかし、まさしく頭痛が痛い。オレの心情を表すの
にこれほどふさわしい言葉もない。頭が痛い、では足りん!
このままでは……。
このままでは、「やめて! 私のために!」が現実になりそうな気がする。
おい。誰・が・お・前・の・た・め・に・だ。
「カーツさーん、今度は首をぶんぶん振って何なんですかー?」
……オレとしたことが。
つい、今の段階では単なる想像だとわかっていても、内なる怒りが。
精神的に追い詰められているようだ。
にしても、オレの一念発起の反旗すら、エセ聖女を取り巻く目に見えない絶対加護の前には予定調和の一種でしかないのか?
エセ聖女を容認できないオレは、世界のつまはじき者か? オレが世界の敵なのか? ヒロイン教に染まるまで終わらないのか?
「…………」
――いっそ染まるか?
「……………………」
「カーツさん! カード! カード! それゲーム用ですってば! カードを握りつぶすのはナシで! 追い出されたらどうするんですかー!」
そういえば、賭けゲームの真っ最中だった。
とりあえず、カードにできてしまった皺をのばした。あとで弁償しよう。
賭博場では仄暗き昼発祥の、独特の図柄と古代数字を用いたカードを扱うゲームが主流だ。賭けゲームといえばこれだ。神々や過去の偉人が長方形の厚紙に描
かれ、五枚一組で手元に配られる。その揃え方や揃えた枚数によって有利不利が決まる。
たとえばだ、図柄でいえば、『ユークロア』が五枚揃ったらかなりの確率で勝つ。しかしそれを凌ぐ強さを持つ、名前をあげるなら『キフィン』『フォルト』
などを相手が持っていれば、同図柄二揃いだけで『ユークロア』五揃いにも勝てる。
基本は図柄。それに数字が多少の補助、といった具合だ。
配られるカードの揃い状況を見ながら、勝負に出るかを決める。揃いがなかったら三回までは見送りができる。あとは相手の出方を窺うだけだ。
オレがカード担当だ。ハンスは……少しの間ゲームをまかせてみてわかったが、こいつは顔に出る。いい手が来た時に満面の笑顔でいる。引っ掛けかと思いきや
毎回まったくそんなことはなかった。あえて破滅を望んでいるのかお前? と問いかけたくなるほどだ。借金が膨れ上がったのが頷ける。
結果、オレがハンスから勝負席を奪った。
ゲーム中、相手に表情を読まれないため、オレは別のことを考えることにした。
それが今までだ。
正直言うと、現在進行形でアレの法則のほうが気になる。
いつこの建物内に、パーティーの面々が入ってくるか、気が気ではない。せっかく賭けゲーム自体は良い方向に進んでいるというのに、ちっとも心の慰めにな
らない。
「カーツさん。勝ったのに、今度はため息ですかー? ま、いいですけどね! いやあ、僕は今最高の気分です!」
オレが表に晒したカードの揃いを見て、ハンスが喜色満面で鼻歌を歌いながら台にのせられていた賭け金を自分のほうに引き寄せた。
二人一組で参加する場合も、用は一人で賭けゲームに挑む場合とほとんどかわらない。
変わるのは勝負席での交代が可能なこと、賭け金として設定されている下限がべらぼうに高い(下限の資金すら用意できない場合でも、店に借金をしてのゲーム参加が可
能だ。ちなみにオレたちがそうだ)こと、よって行き交う金額の額も大きいことだ。一発逆転が狙える。一回勝てば天国、一回負ければ地獄を地で行く。
あとはまあ、一人は人質要員だな。現に、負けが込んできた組がゲームを続ける場合、一人は別室へ移される。席移動、という。
また賭博場内では不正行為を防ぐため、魔法、魔術、これに類する能力の発露は御法度だ。建物の外はともかく、中では暴力行為も禁止されている。捕まりこ
そはしないが、これらの規則を破れば賭博場どころか仄暗き昼を永久立入り禁止となる。そして永遠に目をつけられる。
「ふんふんふ〜ん」
まだ鼻歌を披露しているハンスの前に積まれた賭け金の山を見た。
ゲームに参加するために借りた元手も、ハンスの借金もどうにかなりそうな額だ。もう充分だろう。これ以上続けると、負ける可能性もある。
というかだな、ヒロイン一行が出現する前に、オレは一刻も早く仄暗き昼を出、村へ帰るぞ。そしてアレの法則を吹き飛ばす。
席を立つことにする。
これは勝負をもう降りる、という意味になる。
――が。
「カーツ様、ハンス様組もどうぞそのままで。新たなお客様がいらっしゃいますので、もう一勝負いかがでしょう」
賭博場側、ゲーム進行役に止められた。勝ちすぎたか? 負けるまで続けさせる腹の内だな、これは。
「全然いいですよー」
一瞬の悩む素振りすら見せず、ハンスが笑顔で答えやがった。
――お前な、ハンス。
「え? ちょっ。何ですかー! 胸ぐら掴んで揺さぶるってちょっと! 僕一般人! 一般人! もう一勝負ぐらい、いいじゃないですかー!」
馬鹿野郎! お前、その油断が命取りになるんだ!
「お客様……?」
しかし、これ以上ハンスを揺さぶっていると進行役に暴力行為扱いされかねん。
この場は席におさまるのが妥当か……。
席に座り直し、参加者を待つ。
進行役が行ったとおり、新たな客――組が入ってきた。どうせ強い組か、資金力を豊富に持っているか、いずれにせよ、厄介な相手なんだろう。
と、男女の二人組を見て――正確には男の顔を見て――オレは硬直した。
――まずい。まずいぞ。アレの法則が重要フラグを立てにきた。
「やめて! 私のために!」がまた一歩近づいてしまった。
ごろつきどころではない。これか。これで、エセ聖女たちが言っていたというオレにかけられたそもそも存在しない罠、に信憑性が生じてしまうのか。
「…………」
「…………」
互いの心情は、一致していたろう。
なんでこいつがここにいる? だ。
「新しい参加者の人。美男美女の組み合わせですねー。あれ、カーツさん、もしかして男の人のほうと知り合いだったりします? 向こうの人も、んー、なんか
驚いてますねー」
小声でハンスが問いかけてくる。
知り合いも知り合いだ。
因縁の地。忘れられし雨でエセヒロインの説教により傷を抉られキレて「砲」をぶっ放した敵であり、オレの読みではリッテの兄、という人物。
名前はロシェルだ。
――参った。ここでロシェルが登場してくるだと? あっていいのか?
ここで剣を抜いていきなり斬りかかれとでも?
オレの見たところ、オレの姿を見て奴も動揺しているぞ? やはりロシェルがオレに罠をしかけた相手であり、決着をつけようとしている相手だとヒロイン教の
面々に誤解される筋書きなのか? そこにリッテも絡んでくるという寸法か?
アレの法則め……!
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