13.アレの法則、絶好調? 上

 
 一、ロシェルと戦う。
 二、逃げる。

「…………?」
 ロシェルとの緊迫の遭遇真っ最中ではあるが、少しずれた空間をオレは腕を組み、凝視していたりする。

 一、ロシェルと戦う。
 二、逃げる。

 何だ、これは。
「…………」
 以前、オレは己の心の中の選択肢についてぼやいたことがあった。認めたくはないが、心の中どころか、今や、謎の選択肢が具現化してしまったようだ。
 心の病の発露でないことを祈る。
 たぶんオレにしか見えていない。
 何なんだ? オレの内的不可思議現象か? アレの法則の仕業か? それとも目に見えない何かがオレの知らない間に進化したのか?

 しかも、心の中の選択肢であった時同様、オレの選びたいものがない! 
 これが一番の問題だ。

 まず、一のロシェルと戦う。
 選択肢よ、貴様はオレに死ねというのか? と詰問したい。そうだよな? 日頃からオレを殺す気だよな? だろう? そうだよな? な?
 オレがエセ聖女一行のリーダーになってから、ロシェルとの遭遇は計三回だ。
 しかも、全部戦闘付きだ。
 一回目、選抜メンバーで臨む。超手加減された上の(よって超手加減適当ロシェルだった、とオレは踏んでいる)瞬殺。戦闘後は何故か見逃された。この時 は、オレたちなど眼中になかったのだろう。
 二回目、選抜メンバー……ではなく、これまた何故か強制的に加わってきたエセヒロイン、クリステル込みで挑む。一撃(それでもおそらくかなり適当ロシェ ル)でエセ聖女、倒れる。瞬殺。しかしエセ聖女覚醒でハネパワー炸裂、パーティー全員難を逃れるが、ロシェルとの間に因縁が生まれる。
 三回目、忘れられし雨にて、オレの決して語られることはないだろう必死の抵抗によりエセ聖女を選抜から外し、(本気ロシェルと)戦闘。瞬殺。それから、何 故か、何故か、負けたほうのエセ聖女が説教を展開、ロシェルの逆鱗に触れ、砲がぶっ放されたで終了。
 計三回の純粋な戦闘結果は、とりあえず全部ロシェルによる瞬殺だった。
 振り返ってみて思う。
 負けてもオレたちが生きていることからして、あれは負けることが運命づけられた戦闘というやつだった、と。ロシェル以外の敵でもたまにあるが。
 ――普通、戦闘で負けたら高確率で死ぬからな。
 負け戦闘、とでも命名しよう。
 そして、この流れでいくとだ、この場で戦闘が起こったとして、オレが戦うのは本気ロシェルだろう。あれからオレもさらにそれなりには強くなったが、それ こそ賭けカードでいうと、雑魚カードの一般兵士Aが『ユークロア』五枚並び、『キフィン』『フォルト』二枚揃いに挑むに等しい。楽観的に見ても、それより ちょっとだけ勝率があがるぐらい。
 つまりだ、また負け戦闘に違いないわけだ。
 その後には何が起こる?
 想像するまでもない。
 アレの法則の臭いがプンプンする……!
 ロシェルと戦う? 馬鹿野郎! 却下だ却下。
 続いて二、逃げる。
 一見、素晴らしい選択のように見える。普通の難敵との戦いであり、アレの法則も不発だったならば、選んでもまずくはない。……そうだな。まだ純粋だっ た、旅のはじめの頃のオレなら引っ掛かっていたろう。
 甘い。
 アレの法則のことだ。この状況において、逃げる、ということはだ。逃走に成功した瞬間、エセ聖女に遭遇する、等そんな天国から地獄に突き落とされるよう なことが起こりうるんだ! そして怒濤のようにフラグが立つ……! オレのこれまでの経験がそう告げている。よって逃げるも却下だ。
 一も二も却下。
 具現化した選択肢なんぞ選ばんぞ。絶対に、だ!
 というわけで、オレは選択肢三を作ることにした。
 心なしか、具現化した選択肢がオレのほうに近づき、字も大きくなったような気がするが、オレは視線をそらした。お前なんぞ知らん。
 選択肢からの圧力を感じるが、そのまま席に座り続け、新たな賭けゲームに参加の意思を示す。
 この間、ロシェルを認識してからの実時間、約五秒だ。
 オレも鍛えられた。アレの法則や、エセ聖女にまつわる有象無象はオレが戸惑ったり、まごまごしていようものなら、「え? え? ええ?」とオレが思って いるうちに強引にことを進めてくるからな……。
 どれだけ内心でぼやいていようとも、決断はできうる限り、即決に。オレがエセ聖女一行の中で生きる上で培った、あらゆる意味でのコツだ。
 今回の場合、架空の選択肢三でオレが即決しても、ロシェルがどう出るか、だが……。
 奴も様子見を選んだようだ。席についた。
 ロシェルが勝負席、連れの美人がその隣に。
 オレは二人の様子を観察しようと――。
「…………」
 選択肢の文字列が、近い。オレの目の前にまで移動し、巨大化している。
 非常にうざい。
「うわー」
 ハンスが呟いた。
 しかし、「うわー」だと? 待てよ? 何が「うわー」なんだ? 
 鼻歌は止み、ハンスは宙を凝視していた。ロシェルたちを見ているのでもない。テーブルの賭け金でもない。何もない……しいていえば、

 一、ロシェルと戦う。
 二、逃げる。

 は、しつこくまだある。
 オレはハンスの肩を掴んだ。
 もう片方の手で、具現化した選択肢を指差す。

 ――お前、見えてるのか?

 ハンスが視線をさ迷わせる。
「み、」
 み?
「み、皆さん、喉が渇いてませんか? ゲームの前に一杯ってことで、僕とってきまーす! すぐ行って戻ってくるんで!」
 片手を勢いよくあげ、提案するやいなや、ダッと部屋を出ていった。
 ハンスの奴、オレの訊きたいことは理解していたろうに、話を逸らし、あまつさえかわすとは、怪しい……!
 ハンスもまたアレの法則要員なのか……? 
 それともオレの抜け道となるか……?
 具現化選択肢を間に挟み、正面に向き直れば、ロシェルは最初の動揺を完全に隠し、連れの美女は微笑みつつ進行役と言葉を交わしている。
「…………」
 ようやく諦めたのか、具現化選択肢が、ただの物体のわりにオレを責めるような気配を醸し出しつつボロボロと崩れていった。
 何度でも言おう。
 お前なんぞ知らん、選ばん。

 ひとまず、オレはアレの法則との初戦には勝利したように思う。



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