14. アレの法則、絶好調? 中
全員分の飲み物を手に、何事もなかったかのようにハンスが戻って来ると、さっそくゲームが始まった。
オレの中ではまったく解決せず、追究事項になっていたハンスの「うわー」発言を問い正すより暇もなく、だ。意思伝達の手段として文字を書こうにも、そん
な素振りを見せればイカサマを疑われる。
――機会を待つしかない。
黙々と進行役がカードを配り、賭けゲームは一進一退だ。オレが勝てば次にはロシェルが勝つ。ロシェルが勝てば次にはオレが勝つ。向こうの資金力はかなり
のものらしく、ロシェルが負けた場合でも、隣の美女がうっすら笑ってテーブルに手持ちの賭け用の換金コインを投入してゆく。美女の懐は無尽蔵か?
そんなこんなでテーブルの総賭け金がとんでもないことになっている。膨大だが、感覚が麻痺してきたらしい。換金コインの山が、だんだんはした金に見えて
きた。
それにしてもこれだけあれば……パーティーのリーダーとして涙を呑んで諦めたあの装備やあの武器やあの薬が買えるな。選抜メンバーはともかくとして、戦
力外の分まで揃えなければならないあの苦労と理不尽ともおさらばできる。
「…………」
向こうが勝負に出た。オレの負けだ。換金コインがロシェルの側に移動する。
「あ゛あ゛」
未練がましくハンスが声をあげた。テーブルに突っ伏している。かと思えば、「あ」と呟き、上半身を起こした。
「あ、そうだカーツさーん。さっき飲み物を取りに行った時なんですけど、クリステルさんでしたっけ? いました」
――あ゛? いました?
「仲間の皆さんも一緒で。賭博場から浮きまくってたので目立ってましたねーあれ。僕はもちろんこっそり隠れてました! しかもクリステルさんたち、なんか
騒動を起こしそうな気配濃厚でした! まあ、僕はこっちに戻ってきたんですけど!」
――お前な、ハンス。そういうことを何故戻ってきたその時に言わん!
「え? ちょっ。せっかく教えたのになんで首締めるんですか! ひど! 一般人、一般人、僕いっばんじーんっ」
くそ。アレの法則が目立った動きを見せないと思ったら……! 着々と舞台を調えていたのか……! 第三の選択肢を選んだら選んだで、それに合わせてきた
か……!
エセ聖女たちが乱入してくるのも時間の問。
「カーツ!」
だい。
「カーツ……!」
一、クリステルを抱きしめる。
二、ロシェルに斬りかかる。
「…………」
おい、選択肢。
ふう、とオレは深呼吸をした。落ち着け。アレの法則が力を発揮している時こそ、オレは冷静に行動しなければならん。アレの法則がフラグ立てに全力疾走し
てきている気はひしひしとするが、だからといって焦るのはアレの法則の思うツボだ。
まずは状況を整理しよう。
オレたちが勝負をしていた賭けゲーム専用部屋の壁が崩壊し、背中に真っ白な翼の生えた女が現れた。羽がちらほら舞っている。女の名前はオレの気分的に言
いたくない。
同時に、具現化選択肢が再び出現した。
無論、オレは三を選ぶ。
三、とりあえずハンスを前に押し出す、だ。
「えー……。ちょっとカーツさーん。僕役立たずですってばー」
「カーツ……! 間に合ったのね……!」
しかし、女……エセ聖女はその上を行く。真っ直ぐ進めばハンスにぶつかる。右手斜めに進んでから直角に曲がって突進してきた。横から抱きつく体勢
か……!
一、クリステルを受け止める。
二、クリステルを受け止める。
選択肢が変化しやがった。強制のつもりか? 選択肢めが……。
ならばこうだ。
三、ハンスごと身体の向きを変える。
「思うに、僕は関係ないと思うんですよカーツさん」
「この人は……?」
そのまま進めばハンスと抱擁なはずなのに、エセ聖女はきっちりと立ち止まった。へらへらとハンスが片手をあげて振る。
「ハンスでーす。先日はどうもー」
「ハンス……?」
エセ聖女が瞬きする。忘れている。忘れているな、これは。
――と、エセ聖女が顔を険しくした。
「カーツ、避けて!」
叫ぶと、ふわりと宙に浮かび上がる。そういえば、出し惜しみハネパワーを何故解放しているのか。エセ聖女の立っていた場所に、飛び込んできた男……ロ
シェルのふるった剣が空気を振動させた。魔法――いわゆる早口言葉だが、声自体は出さずとも、口を動かせば発動する――で一応ハンス込みで身を守っていな
かったらオレも危なかった。
アレの法則、とばしすぎだぞ!
殺気を漲らせたロシェルが、宙にいるエセ聖女を睨み付ける。
「ロシェル! あなたはまた、人を傷つけるつもりですか……! だとしたら、私はあなたを許せない……!」
「お前の許しなどいつ欲した!」
「…………」
「カーツさーん、これどうなってるんですかー?」
オレもわからん。
ロシェルとエセ聖女の間では敵同士として通じ合っているようだ。加えるなら、ハネ解放のエセ聖女と全力ロシェルなら戦っても互角だろう。というかオレの
予感ではエセ聖女はもう絶対に死なない。たとえ死んでも絶対復活するに違いない。
「きゃあっ?」
まだたいして戦ってもいないし、攻撃を受けてもいないはずだが、早々にエセ聖女が墜落した。そして、何と、羽が消えた。ロシェルがゆっくりとそこへ近づ
く。
一、クリステルを何としても助ける。
二、クリステルを自分の身を犠牲にしても助ける。
三、ロシェルと差し違えてでもクリステルを助ける。
具現化選択肢もまた新たな形へ進化を遂げた。エセ聖女の墜落にアレの法則による作為を感じる。
そもそもこの三つに違いがあるのか?
馬鹿野郎! 当然どれも断固拒否する。
「カーツ……! 逃げて……!」
クリステルがオレへと呼びかける。第三者が客観的に見て、今危ないのはお前だろうエセ聖女。しかし、絶対違うのに、エセ聖女が本当に絶体絶命かのように
見えるから困る。
特にヒロイン教に染まった人間なら確実に騙され――。
「! クリステル様!」
る。くっ。ここでリッテか……!
別行動だったのか、部屋に辿り着いたリッテが、場を見るなり、ロシェルに杖で攻撃を仕掛けた。発動した魔術を、難なくロシェルがはね除ける。
「カーツさん! 今のうちにクリステル様を!」
一、リッテの願いを聞き入れる。
二、リッテを助ける。
はじめて選びたい具現化選択肢が現れた。
しかしこれすらもアレの法則が仕掛けた巧妙な罠に思える。
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