15. アレの法則、絶好調? 下
――オレは迷っている。 迷っているようでも、エセ聖女に関することでは即決! を教訓としているこのオレが。 何ということだ。 「邪魔だ!」 「させない!」 くっ。しかし迷っている間にも事態は進行している。リッテがロシェルに向けた魔術のせいで、ロシェルの矛先がリッテに向いてしまった。 「ほう……。小娘。良いだろう。相手をしてやる」 馬鹿野郎。何が良いだろう、だ。ちっとも良くない。お前は判断を誤っている。 ロシェルよ、何故そこでエセ聖女から目を離すのか! エセ聖女の相手をしていてほしい。ついでに敵対関係から一歩進んでまかり間違って愛でも芽生えればいい。オレとしては万々歳だ。 が、現実はというと、エセ聖女の前に、この邪魔しやがった娘をとっとと排除――そんな気配をロシェルが漂わせている。 このままでは兄妹対決が始まってしまう。 「カーツさん! 今のうちに!」 ロシェルに勝てるとは思っていないだろうリッテが、しかし気丈に俺を促す。 くっ。
一、リッテの願いを聞き入れる。 二、リッテを助ける。
ほーれほれ、選ばないと消えるよ? 消えちゃうよ? そうなったらどうなるかわかんないよ? ほれほれほれほれ。といわんばかりに、選択肢が点滅し始めた。 選択肢めが……! どんなに危機っぽく演出されていようとも、エセ聖女は絶対死なないに違いないから、あっちはどうでもいいとして、問題はリッテだ。 リッテは危ない。エセ聖女が不死身すぎて時に見誤りそうになるが、パーティーメンバーだからといって死なないとは限らん! その点、リッテは危ない! そんな気がする。 アレの法則の魔の手がリッテに……? 可能性は高い。 ――しかし! これがオレの心の内を読んだリッテを餌にしたオレへの罠だという可能性もある。さらにこの出来すぎた人物の集い具合……。怪しすぎる。 アレの法則の二段構えの仕掛けに違いない。 悲劇の演出というやつだ……! ロシェルが実の妹と知らずリッテを……想像するのも嫌だが、殺害。その後にあれが怪しい……リッテがいつも身に着けているペンダントだ……。あれがポロリと鎖が切れ、チャリンと落ち――ペンダントはリッテが母からもらったという形見だ――。 先端は半円状のメダルで、もう片方は生き別れの兄が持っている。二つ合わせると円形になる――。 というかだな、ロシェルもそれっぽいの着けてるだろうが! 何・故・気・づ・か・な・い。 鈍いにもほどがある。 オレは思考を高速化させた。 かつてのロシェルとの戦いを回想。
ロシェルもペンダント装備だが――奴はいつもマントを(まあ、会った回数は限られているので実際いつもなのかはどうかは不明だが)着けている。そしてペン
ダントをマントが隠している。そのため戦闘でちょっと本気モードぐらいになり、奴がマントを脱ぎすてないとメダルのペンダントは見えない。 ロ
シェルとのこれまでの戦闘回数は三回。二回目でそれらしきものを俺は見た、が――。この時はエセ聖女の戦闘メンバーねじ込み入りで、結果リッテが後方支援
に回り、リッテはロシェルとたいした接近をしていない。……結論を出そう。リッテはロシェルのペンダントを見ていない。 三回目は最初からロシェルが本気モードだったが、この時はロシェルが肝心のペンダントを着けていなかった……! そしてリッテ! 思い返してみれば、ロシェルとの遭遇時のみ、ローブや外套装備だった……。 なお、本日のリッテ。外套装備。ペンダント見えず。 さらに本日のロシェル。本気モードのようだが、何故かまだマント装備だ。 本人同士限定で、今まで気づかないように仕組まれていたとしか思えない偶然ぶりだ。 これもアレの法則が仕込んでいたとでもいうのか……? ここで互いのペンダント所持がはじめて判明か? そうなのか? だが、この流れでは不味い。判明は判明でも、取り返しの付かない状況下で、とつきそうだ。 やはり、悲劇的結末をアレの法則は狙っている……? そしてエセ聖女に繋げる……。 看過できん! 断じて看過できん。
ならば――!
オレは初期魔法――早口言葉をとなえ出した。普通は発声で正誤を自分でも確認できるが、オレはそれができない。慎重かつ素早く唱えるのに専念する。 選択肢の点滅がいっそう激しくなっている。間に合うか……? 「うーん。チカチカ眩しい……。僕の唯一の取り柄である輝かしき視力に悪影響が……」 聞き捨てならないことをハンスが言ったが。気になるが! 苦渋の思いでここはリッテを優先する! 早口言葉終了。魔法を放つ。
――リッテに。
「カーツ! 何てことを!」 エセ聖女が叫んだが、狙い通りだ。リッテも大きく見開いて、自分に放たれた魔法に目を瞬かせている。 「味方を攻撃するとは、一体何を――」 ロシェルが吐き捨てたが、それも半ばで止まった。 チャリン、という音が響いた。 リッテの外套とペンダントの鎖が切れ、半円のメダルが床に落ちた。 初期魔法――軽度の切り裂き状の風を発生させる。冒険者が真っ先に覚える簡単お手軽魔法だ。 声で「お互いのペンダントを見せ合え!」と伝えられないのならば、どちらかにブツを見せて悟らせてみせよう。 成功だな。ロシェルの殺気が霧散している。そういえば、殺気なんてものも農民をやっている頃はまったく気づかなかったが……。 「うふふ」 …………。……うふふ、だと? 近距離で聞こえた。ハンスが気持ち悪い笑い声を……ではないな。女の声だ。しかし、オレが拘束していたのはハンスだったはずだ。 「カーツさーん! 頑張ってくださいねー! そこのお姉さんがー、あ、いまカーツさんの後ろにいる人でーす。立ち向かって来ないなら見逃してあげるっていうんでー。そりゃ巻き込まれた単なる一般人なんで! もちろん逃げます! 僕は次の街にでも行くんでー」 換金コインを詰め込んだらしき袋を担いだそのハンスが、エセ聖女が作った壁穴の近くにいた。あいつめ、こっちが早口言葉に専念している間にいつの間に……! こんな時だけ逃げ足の速い……! とんずらする気か……! が、オレは追えなかった。 「背中が隙だらけでしてよ?」 上品だが、きつい香水の香りと共に、刃物の冷たい感触が首筋に当てられた。
――ハンス。次に会ったらぶちのめす。
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